村の娯楽
土砂降りの雨が続く夜更け前。
外から聞こえてくる激しい雨音とは反対に、酒場は閑散としていた。
客は村長とジャックのみで、ミリィは一足先に仕事を上がっている。
女将とギアースも仕事を切り上げ、簡単な料理と酒を用意し、四人でトランプに興じていた。
そこにルカが遅めの来店。
結果、ゲームに付き合わされることになる。
開拓時代から、村では数少ない娯楽としてホールデムが流行っていた。
賭け事は治安の悪化に繋がるが、何も賭けないのでは味がない。
そのため飲食代の範囲という条件で、金銭のやり取りが許されている。
村人は週に何回か小遣いを持って酒場にやってくる。
行きずりの商人や冒険者が参加することもあり、小さな交流の場にもなっていた。
今回も、この場の支払いがかかっている。
ルカは正直、辞退したかった。
ポーカーは詳しくなく、酒も飲まないため割に合わない。
だが、これも付き合いだし勉強になるかもしれない。
一応ハンデとして他四人の倍のチップを渡されたこともあり、渋々ゲームに参加している。
ゲーム開始後、しばらくして。
「うーん……オールインで」
「ちょっとルカ、あんた押し引きが極端すぎやしないか」
「もう少し駆け引きを経験しないと上達せんぞ」
女将と村長がカードを投げ捨てて降参する。
他二人も既に降参済み、ルカの手元に小さな額のチップが移動してくる。
「村長のいうことは気にしないでいいですよ」
「ああ、ロングボール戦略は初心者の立派な戦い方だ。
ルカは案外才能があるのかもな」
「えへへ、そうですかね」
ルカはこれまで、善戦できているように見えた。
手持ちのチップは開始時より少しだけ増えている。
以前ちらりと他人の卓を覗いた時は小難しそうに感じたが、意外と簡単なゲームなのかもしれない。
「ちょいとツマミ持ってくるよ」
「女将、俺が」
女将はギアースが代わろうとするのを手で制止。
ふくよかな腹を叩きながら厨房へと向かっていく。
ゲームは一時中断だ。
「そうだ、先生。
お借りしたレポート、読ませてもらいました。
あれ、なんで著者匿名になってるんですか?」
先日ナーシュが言っていたジャックのレポート。
カティが借り受けたついでに、ルカも簡単な部分だけ見せてもらった。
「いやぁ、カティさんが魔術師ギルドに共有したいなんて言い出したので。
私の名前が出ると不都合があるのでね」
前も医師免許を取れない理由があると聞いた。
学会のようなコミュニティから追放されたりしているのかもしれない。
本人にとって良い話のはずもないので、それ以上は聞かないことにする。
「そうですか。
魔人については初めて知りました。
単純な強さより、行動が厄介っていう感じなんですね」
「ええ。
魔獣はその個体の習性等がわかれば、討伐はそこまで難しくありません。
対して魔人はこちらの戦術に対応してくるので」
「平均的なスペックでいうと、お前が遭難した冒険者を探しに行ったときに出た魔獣。
あれと同じ程度といったところだろう」
ギアースが補足する。
何か、ルカの認識とズレているように感じる。
「扱いが軽くないですか?
あの時の魔獣、メチャクチャ大物でしたよ。
細身だったけど、体高が人間くらいありましたし」
「お前さんは初見だからそう感じたかもしれん。
だが、ランツの報告じゃ大したことない奴だと言っとったぞ。
確か、十段階評価の三くらいだったか」
「ランツとレジーナで大した被害なく仕留められた点を踏まえると、妥当なところだ。
レジーナは魔族相手が不得手な方だしな」
「大柄な個体なのは間違いないんですけどね。
剥ぎ取られた素材を見ても、そこまで質のいい物ではありませんでした。
生まれてから日が浅く、魔力量が不十分だったんじゃないかと」
頭がクラクラしてくる。
あれほど理不尽に思えた魔獣が、大したことない部類だったとは。
「じゃ、じゃあ、十の奴だと、どれだけヤバいんですか……」
「私達もそのレベルの魔族と遭ったことはないので何とも。
歴史上で数体確認されている程度と言われていますね」
「直近だと、三十年ほど前に大陸北西で確認された巨象の魔獣が該当したはずだ。
個体名は……ドヴェガジャだったか?
数ヶ月暴れ続け、いくつもの国を半壊に追い込んだ化け物だ」
想像以上のスケールだった。
象が元の魔獣。
その巨体を考えれば、疑いようのない最悪の魔獣だろう。
「最終的に、聖環教の誘導でヨルムートに突っ込んだところで仕留められたんだったか?
ギアースにとっちゃ他人事じゃなかったんじゃないか」
「いや、俺は東の方に住んでいたし、当時子供だしな。
事情を知ったのはこの国に来てからだ」
それほどの魔獣でも、最終的には消耗して討ち取られている。
それを考えると、確かに魔人は厄介なのだろう。
そしてそんな話の中でも垣間見える、聖環教と黎命教の争い。
どちらも相手憎しで、周囲の被害など見えていないのではないか。
「そのくらいになるともう、生物じゃなくて大災害じゃないですか」
「そうですね。
私としては、昔の神話やおとぎ話に登場する怪物も、魔族をモチーフにしたものなんじゃないかと考えています」
村長とギアースが、それは流石にないだろうと茶々を入れる。
実際のところ、どうなのだろう。
文明崩壊前から、薄いとはいえ魔素は存在していたと聞く。
技術が発展するにつれて曖昧な存在は疑われ、魔術由来の現象が抑制されていった可能性があると。
ならば、科学発展前の時代は?
人々が十分な知識を得る前、理解の及ばぬ現象を神や得体の知れない存在の仕業と想像していた頃。
その考えが、想像を現実のものとした可能性もあるのかもしれない。
「お待ちどお様っと」
茶化し合いになった会話を遮るように、女将が厨房から戻って来て大皿を置いた。
その上には燻製肉、チーズ、ナッツ類といった、酒の肴ばかり。
ルカの胃は炭水化物を欲していたが、店仕舞い同然の状況なので贅沢は言わない。
「そういや、ルカは外回りを始めるんだって?」
ゲームが再開されて少し後、女将がルカの今後について聞いてくる。
「まだまだガリガリなのに、大丈夫なのかい?
うちの性悪に無理やり駆り出されてるようならあたしに言いな。
きつく注意しとくから」
「いやいや、おかげ様でちゃんと筋肉もついてきてますって」
「おい、人聞き悪いこと言うなよ。
ルカも否定するとこ違うだろ、お前さんが言い出したことだぞ」
村長のぼやきもごもっとも。
彼の言う通り、その話はルカから願い出たものだ。
「ちょっと経験を積みたくて。
村の東側近辺の見回りに参加させてほしいって相談させてもらったんです。
もちろん一人だと自信ないので、先輩方に同行させてもらえると嬉しいなーって」
少し前に周辺の盗賊を一掃してから、北と西の森はまだ平和が続いている。
人手に余裕がある内に、色々なことに慣れておきたい。
「イビーから、もうすぐこっちに向かうって連絡が来たからな。
できればあいつに任せるつもりだ」
「当初の予定よりかなり遅い到着になりそうだな」
「儂が野暮用頼んじまったからなぁ」
イビーとは確か、用心棒の一人だったはず。
「どんな人なんですか?」
「本名はイビアドゥン、長いからイビーと呼ばれとる。
ある部族の戦士で、ちょいと変わった価値観の男だが……
まあ、変な奴の多いこの村の人間の中では断然まともな方だ」
村長の言に、やれやれといった様子で他の三人が顔を見合わせた。
その人物が村に到着して、同行に了承してもらえれば、外界見回りの開始だ。
それまでにちゃんと鍛えておこう、そう考えるルカだった。
ゲームの方は接待プレイが終わり、ルカがボコボコにされて幕を閉じた。




