カティ先生の初講義
「魔術についてお話することになった、カティです。
ここにいる皆には、これから週に一回くらい講義に参加してもらうからよろしくね」
今日は子供たちに魔術講義を行う最初の日。
アランダの子供は教会の孤児の他、村人の子供も数人いる。
教会ではそういった子供にも勉強を教えているが、この講義の対象は十歳前後から。
村の歴史が浅く、対象年齢がいないため、村生まれの子供は対象外。
講義の対象者は七人、加えて何故か参加しているルカを加えた八人が参加者だった。
後ろの方には様子を見に来たエルディナもいる。
「さて、今回は初めての講義なので、魔術の歴史や考え方について簡単に学んでもらいます。
つまらなく感じるかもしれないけれど、しっかり聞いてもらえると嬉しいな」
講義に関して、エルディナから一点注文があった。
お高く留まった口調をやめること。
カティとしてはそんな意図はなく心外だったが、子供に伝わりにくいのも確か。
そういった背景もあり、なるべく砕けた口調を心掛けている。
「皆は歴史についての勉強も進めていると聞いています。
では質問。
今は再歴何年でしょう。
わかる人!
……ではそこのあなた」
何人かが勢いよく手を挙げ、その内の一人を指名する。
まだ顔と名前の一致どころか、名前自体知らない。
今は話を止めたくないのでお茶を濁すが、後で一人一人尋ねなくては。
「319年!」
「はい、よくできました。
今は再歴319年。
文明崩壊が起きてから今まで、319年が経過しているということね。
これは、魔術の歴史にも関わってきます」
ここから先は、遺跡から出土した僅かな資料から繋ぎ合わせた歴史の考察。
「再歴前、魔術は空想の中の存在だったの。
大昔の事なので、はっきりした記録はありません。
ただ、魔素が少なかったことが原因だったと考えられています。
そんな中でも一部の天才は僅かな魔素で魔術を使い、超能力などと言われていたようです。
とは言え魔素が認知されていない時代。
魔術は科学的に起こり得ないと結論付けられ、偽物だと疑われてしまったの」
信仰のような肯定とは逆、疑惑といった否定による影響。
そんなもの嘘、あり得ないなどという思いが集まれば、それは足枷となってしまう。
科学の進歩と反比例して、魔術の芽は摘まれていった。
「そして文明崩壊が発生。
世界に恐ろしい魔族がたくさん現れて、大勢の人間が殺され、使っていた道具もほとんど壊されてしまいました。
この時から、世界に魔素が溢れ出したと考えられています。
それからまた魔術を使える人間が現れ始めて、今もその原理、使い方を学び続けています。
今日から皆もその一人。
一緒に勉強していきましょうね」
ここで、一人の生徒が遠慮がちに手を挙げる。
「何か質問かしら。
皆も何かわからないことがあれば、遠慮なく質問してね」
カティの頬が自然と緩む。
自分の講義に興味を持ってもらえることは、教師冥利に尽きる。
ここはお堅い講義の場ではない。
臆せずどんどん発言してもらいたい。
「ちゃんと授業受けてたら、皆魔術を使えるようになりますか?」
「ごめんなさいね、全員が使えるようになるとは約束できないの。
例えば……
そうね、皆は泳げるかな?
泳げる人ー」
手が挙がったのは二人。
近くに川があるとはいえ、あれは境界そのものと言っていい。
危険度を考えれば、積極的に泳ごうなどと思わないだろう。
「じゃあ、泳げるかわからない人」
今度は五人の手が挙がる。
その中にはルカも含まれていた。
律儀だな、と笑いそうになるのを堪える。
「泳げる人、泳げない人、そもそも経験のない人。
これは魔術も似たようなものです。
泳ぐためには海や川などの環境が必要ですね。
魔術に置き換えると、魔素の濃い場所が泳げる環境になります。
なので、皆は今、水の中にいるのと同じ」
何人かがキョロキョロと周りを見回す。
「とは言っても、魔素は水と違って溺れるわけではありません。
皆は今、泳ぐ必要性を感じていない状態。
そこから泳ごうとして、結果泳げるようになることが、魔術を使えるようになるということ。
その感覚を掴むのは難しくて、だから魔術を使える人が少ないわけ。
魔素があって、魔術を使おうとしても、魔術が苦手で使えない人は出てきてしまいます」
例として挙げたものの、水の中を泳ぐように実体に対して自分の体で干渉するわけではない。
見えないものを、実体のない感覚で扱わなければいけない。
だが、大小あれど人間には確実にその力が備わっている。
契機さえあれば、使えるようになる。
とても口には出来ないが、とある虫が命の危機に際して初めて飛ぶように。
「一つ言っておくと、魔術が使えるのはすごいことだけど、だから偉いなんていうことはないの。
泳ぎと一緒。
環境と機会に恵まれれば有利になる程度の、人の得意不得意の一つに過ぎません。
皆が魔術を使えるようになるかはわからないけれど、これから学んでいくことは人生の役に立つはずです。
一緒に頑張りましょうね」
元気のいい返事が返ってくる。
実のところ、カティは魔術学校での業務に嫌気が差していた。
魔術の行使に重要となる自信と誇り、それを保つための選民思想の植え付け。
僅かな劣等感が呼び水となり訪れる転落。
貴族社会の汚い部分が濃縮されたような伏魔殿。
そこに比べ、魔術を使えすらしない子供相手ではあるが、ここにそんなものはない。
素直に自分の話を聞いて思い思いに意見を述べる子供たちの、なんと愛くるしいことか。
当初はこんな危険な田舎への赴任について大きな不満を抱いていたが、今はそれもない。
まだ村人からは異分子扱いされているものの、それも薄れてきたように感じる。
特異な魔術に触れることができ、知識欲も満たせている。
もちろん生活レベルの低下と、都会と比較しての不便さは堪えるが。
様々なしがらみに整理を付けた後、この村が許すのならば、ここで生活するのも悪くないかもしれない。
そう思いながら、カティは講義を続ける。




