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聖女と信仰

 村の教会宿舎の一室。

 そこで、魔術に関する講義の打ち合わせが行われていた。

 出席者はエルディナ、カティ、ルカの三人。


「とまあ、おおよそそのような流れでの講義になります」


 魔術学校のカリキュラムを元に、子供向けに調整した講義計画。

 その概要について、カティが説明を終えたところだった。


「なるほどねぇ。

 ルカ、あんたから見てどうだい?

 子供たちにも理解できそうかね」

「対象は十歳くらいからですよね。

 簡単な化学反応のデモも交えるみたいだし、わかりやすいんじゃないですか」


 この場にルカがいるのは、最近魔術の基礎を習い始めた初心者のため。

 子供たちに理解できるか内容か、その判定役として参加していた。


「最初にお伝えしましたが、魔術未修得者を対象にした講義はこれが初になります。

 手探りの実験に近いというのが現状です。

 内容としても、化学と錬金術が大半。

 それを教えることにより、子供たちの可能性を摘んでしまう恐れもありますが……」

「そこまで気にしなくていいさ。

 十歳ともなれば、空想よりも現実と向き合い始める頃だ。

 それに、単に化学を教えてくれるだけでも助かるよ。

 私はその辺を教えられないからね」


 エルディナがからからと笑う。

 ルカも同意する。

 感覚に頼った魔術は使えなくなることもあるし、その魔術が不幸を招く例もある。


「畏まりました。

 では近日中に講義を行いますので、子供たちにもお伝えください」

「ああ、わざわざ出向いてくれて感謝するよ」

「いえ、私もエルディナ様にお聞きしたいこともありましたので」

「ん、なんだい?」

「ルカさんからお聞きしました。

 少し前に、リミエヌルである魔術が研究されていて、貴女がその後始末をされたと。

 その際に回収された資料などあれば、一部でも良いので拝見させていただけないでしょうか」


 先日、ルカの遭遇した事件に興味を示したカティに経緯を語った。

 その中で彼女が最も興味を持ったのが、件の外法だ。

 内容が内容なので、その追求を危うく思うところはある。


「研究していた外道諸共、爆発で全部吹っ飛んじまったよ。

 仮に何か回収していても、内容が内容だし見せてやることはできなかったけど」

「残念ですわ。

 それにしても、何故貴女程の御方がこのような場所にいらっしゃるのでしょう。

 もっと格の高い施設を任されても良いでしょうに」

「……聖環教も一枚岩じゃない。

 主流派からあぶれた人間はこうなることもあるってだけさ。

 それに、今の私は一介のシスターに過ぎないしね」


 雲行きが怪しくなってきた。

 また悪い癖が始まったのではないか。


「それもあるのでしょうけれど、別の事情もあったのではないでしょうか」

「カティ嬢が何を言いたいのかさっぱりだよ。

 回りくどい言い方はやめて、はっきり言ってくれないかね?」

「率直に申し上げると、強大な力を持つアルビノの少女。

 白の聖女と共通点の見られるナーシュ様を目的としていたのでは?」


 本当にやめてほしい。

 ナーシュの忠告以前に、遠慮というものがないのかこの人は。


「五十年ほど前に白の聖女が逝去され、聖環教に陰りが見え始めたと聞きます。

 その後継、次代の聖女候補として、あの御方をスカウトしに来たのではないでしょうか」

「ノーコメント、あんたの知ることじゃない。

 下手な邪推は身を滅ぼすよ」


 この前のようなことは御免だ。

 腰を浮かせ、一言断って逃げようとすると。


「そうですね、申し訳ございません。

 不躾な質問でした」

「……まあ、わかってくれればいいさ。

 以降気を付けとくれ」


 あっさりと引き下がった。

 エルディナもまた、拍子抜けといった表情をしている。


「後は何かないかね?」


 空気が緩んだと同時に、ルカの頭にふと過去に聞いた言葉が思い浮かぶ。

 何の気なしにその疑問を口にした。


「そういえば、以前聖女様の話に混じって白蛇って単語を聞いたんですけど。

 どういう意味なんでしょうか」


 直後に後悔する。

 エルディナの苦々しい顔と、カティの驚愕した顔を見て。

 何か、非常にまずいことを言ってしまったのだと。


「……ルカ。

 その言葉、どこで誰に聞いた?」


 恐ろしい。

 殺気こそ感じないものの、その圧に体が萎縮する。

 どうして立て続けにこんな目に遭ってしまうのか。

 無知故の言動とはいえ、今回はルカに非があるのだが。


「た、確か……ルクシャーナの酒場で周りがそんな話をしていて……」


 只事ではない雰囲気に押され、つい嘘を吐いた。

 その話をした当人に矛先が向けられないように。


「はぁ……

 本当に紛れ込んでそうだね。

 あんたのためを思って言うけど、二度とその言葉を口にするんじゃないよ」


 許された。

 あと数秒睨みつけられていたら、失禁していたかもしれない。

 そこでお開きとなり、ルカは少し内股になりながら歩いて行く。




「貴方も見かけによらず、命知らずですのね」


 教会からアトリエに移動して開口一番、カティが感心か呆れか判別しづらい口調で言った。

 ルカもカティからそう言われるのは不本意だったが、何も言い返せない。


「いえ、ほんとに何も知らなくて……

 どうしてあんなに怒られたんですか?」

「そうですわね、前回のことも含めてご説明しましょう」

「すみません。

 毎回助かります」

「いいえ、こちらも教師としての経験になりますので」


 棚からメモ帳を取り出し、パラパラとめくっていく。


「白の聖女。

 約二百五十年前に聖環教が擁立し、二百年に渡って魔族や敵性亜人から西の地を護った救世主。

 その御髪と肌は純白、五十年前に没するまで少女のままだったと伝えられています」


 なるほど。

 さっきも言われたが、ナーシュと重なる部分がある。

 その話が事実であれば、聖女も信仰の力を元にした長寿だったわけだ。


「信仰や願望による影響を、宗教に深く関わる者は理解していたのでしょう。

 当時黎命教は、聖女の存在により聖環教にそのシェアを奪われていました。

 そこで彼らが取った行動。

 滑稽に思われるかもしれませんが、中傷です。

 彼女は聖女などではなく、人を誑かす蛇だと。

 結果として聖女を貶す言葉として用いられたのが、白蛇」

「そういうことですか……」

「そしてエルディナ様の反応。

 あの人は元聖騎士にして白の聖女直衛、聖女の盾と称された御方。

 白の聖女の強火信者です。

 黎命教に広められた中傷は聖女の信仰を蝕む毒となり、死に至らしめた。

 言わば、白蛇という言葉は聖女殺害の凶器というわけです」


 頭を抱えるルカ。

 ならば、あの怒りも当然だ。

 何という軽率な発言をしてしまったのか。


「一応忠告しますが、今の話だけで黎命教が悪と決めつけるのは早計です。

 二つの宗教は血塗れの争いを続けていて、この話もその内の一つに過ぎません。

 傍から見て、単純にどちらが悪と呼べるようなものではないのです」


 だとしても、聖女は完全に被害者だ。

 人のために動いた結果、そんな争いに巻き込まれて最期を迎えるなんて。


「こうした事例を踏まえて、魔術師ギルドも研究を進めています。

 私も専門ではないので簡単な説明しかできませんけれど。

 聖環教では、今も信仰を利用する仕組みが運用されているようです」


 後味の悪い話を聞かされたからか、信仰という言葉が酷く安っぽいものに聞こえる。


「まずは聖女。

 白の聖女の御名が語られない理由。

 これはその信仰を個人ではなく、『聖女』という座に集めるためと考察されています。

 本人が亡くなられても、その信仰を次代に引き継げるように。

 今は空位のようですが」


 それが先ほどの聖女候補といった話に繋がるのか。


「そして聖騎士と、それが用いる聖遺物。

 聖環教に仇なすものを撃ち滅ぼす存在として、信仰の加護を得ています」

「人だけじゃなく、役職や物に対しても有効ってことですか」

「恐らく黎命教も同様の使い方をしているのでしょう。

 魔術師ギルドとしても運用を試みているものの、難航しているようです。

 ただ信仰を集めるだけではなく、それを扱う側にも相応の力が必要なようですし」


 人心掌握については宗教が圧倒的に上手ということか。

 そして信仰を扱う聖女と聖騎士の実力も。


「比較的身近な例もあります。

 雨乞いのような行為。

 本来であれば、天候を変えるような魔術は人の手に余るもの。

 それを人々の願望とイメージを集め、祈祷師が紡ぐことにより成す。

 これも祈祷師本人が集める信仰、というより信頼と実力が成否の鍵でしょうね」


 逆を言えば、信仰を失えば全てご破算。

 一度ペテン師などとレッテルを張られた祈祷師は再起不能となるのだろう。


「さて、私がお伝えできるのはこの程度です。

 何かご意見やご質問は?」

「すごくわかりやすかったです。

 別件として聞きたいのは、さっきのエルディナさんへの質問ですけど。

 なんだったんですかアレ」


 ナーシュが聖女候補とかなんとか、どうにも脈絡なく聞こえた。


「あれはいわゆるジャブというものですわね。

 エルディナ様がこの村で燻るような御方でないというのは本心です。

 確認したい事柄を適当に投げ、その反応から少しでも情報を得られればと思ったのですが……

 一蹴されてしまいました」


 それで手応えがないため、下手な質問をすぐにやめたというわけか。


「けれど、ナーシュ様と白の聖女に共通点が多いのも事実。

 万が一御本人だとしたらどれほど光栄なことか」

「無理筋すぎませんか……

 聖女様は五十年前に亡くなったって告知されてるんでしょう。

 ナーシュさんの過去だってこの前聞いたばっかりだし」

「ナーシュ様のお話は釈然としない部分があります。

 それに、もしそうだとしたらロマンティックなお話だと思いません?

 黎命教の魔の手により体調の優れぬ聖女を連れ出すエルディナ様。

 報われぬ禁断の恋、掛かる追手。

 安住の地を探し逃避行を続ける二人。

 辿り着いたアランダ村で身分を隠して過ごすささやかな日々……」

「エルディナさんがここに来たの、数年前らしいですけど」

「……わかっています」


 うっとりしながら妄想を垂れ流すカティを現実に引き戻す。


「それに、あんなこと聞いたのがナーシュさんに伝わったらどうなると思ってるんですか」

「あら、ナーシュ様が仰ったのは秘密を口外しないこと。

 それに、秘密保持に協力するのであればもっと詳しく知ることも必要ですわ」

「その理屈が本人に通用すればいいですけどね……

 すみませんが、今後ああいうことは僕のいないところでやってもらえると助かります」


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