日常に潜むもの
「うん、いい香りだ。
こんなに上質な紅茶をいただいたのは、いつぶりだろう」
カティのアトリエにて。
ナーシュの魔術を教えてもらうために彼女を招き、紅茶を振る舞っている。
もちろん淹れたのは、雑事を任されているルカだ。
「ただ、ちょっと後味が悪いね。
少し蒸らしすぎじゃないかな」
「はあ、気を付けます」
「ルカさんには少し前からお手伝いをお願いしていますけれど、飲み込みは良い方ですのよ」
紅茶に詳しいのか、ダメ出しされる。
見ればティーカップを指で挟むように持っており、仕草も上品だ。
今はこんな感じだが、実はいい家の出だったりするのだろうか。
「ふむ、確かにルカの働き振りは様になりつつあるかもね。
もう彼女のメイドにでもなったらどうだい」
全く褒められた気がしない。
それにこの人物の言うことは、冗談に聞こえないから怖い。
「嫌ですよ……
それに、そういうならフットマンとかじゃないですか。
男なんだから」
「いや、一般的には身の回りの世話は同性がするものだよ」
「じゃあ前提からしてダメじゃないですか。
メイド扱いしたって問題は解決しないでしょ」
「あら、それはそれでアリかもしれませんわね」
「……あの、本題に入りませんか?」
カティは見た目や呼び方などに妙な拘りを持っている。
このままでは良くない結果が待っていそうな予感がするため、ズレ始めた流れの修正を試みる。
「やれやれ、世間話程度はこなせた方が身のためだというのに」
小さく肩を竦めながら、ナーシュはティーカップから手を離す。
世間話から最も縁遠そうな人が何を言うのかと思っていると。
ティーカップが独りでに持ち上がり、ナーシュの口元へと運ばれる。
「……」
カップに口を付け、その端から一筋紅茶を零したものの、ティーカップはそのままソーサーへと収まった。
何の違和感もなく異常事態が起こり、反応できずにいると。
「おっと、はしたなくて申し訳ない。
これが私の魔術の基本だ。
一般的には念力とか呼ばれるものだね」
そう補足された。
「……超常現象としては有名な部類ですが、目の当たりにするのは初めてです。
いくつか質問させていただいても?」
「ああ、構わないよ。
答えられないことはお断りするけど」
両手をテーブルの上に置き、緩く指を組むナーシュ。
一方カティは興味津々といった風で少々前傾姿勢になる。
「ありがとうございます。
では、そのお力を扱えるようになった切っ掛けなど覚えておいででしたら」
「お気に召すような話じゃないと思うけど。
小さいころから度々ポルターガイストみたいなものに遭遇していてね。
家族共々鬱陶しく思っていたんだけど、ある日ちょっとした事故に遭ったんだ。
その時に、意図せずこの力を使って解決した。
以降、何となく魔術として使えるようになり、ポルターガイストも収まったというわけだ」
契機としては、ルカと重なる部分がある。
彼女は、子供の頃に見る不可思議現象を自分の力として扱っているタイプか。
今なお使えているのだから、その下地は確かなものだろう。
本人も悩みとは縁が薄そうであるし。
「なるほど。
では、有効な距離や出力はどの程度なのでしょう?」
「うーん、疲れるから程々にしておくけど……」
そう言って周囲を見回す。
視線が止まった数メートル先には、ルカの荷物。
先ほどと同じように、荷物の中から独りでにナイフが引き抜かれ、宙に浮いた状態でピタリと止まった。
程なくして、何かが軋む音が聞こえてくる。
「ちょ、ちょっと……!」
まさかと思い、ルカが制止しようとするも間に合わず。
先端からナイフが折れ曲がってしまった。
「ああああ、何してんですか!?」
「あ、ごめん。
つい興が乗って」
「ちょっと前に買ったばっかりの、そこそこ良い奴だったんですよ!?」
「本当ごめんて……
色を付けて弁償させてもらうから。
いや、思い出の品とかじゃなくてよかった」
「全くですよ……
今後は本当に、マジで気を付けてくださいね」
何を言われても涼しい顔をしていた記憶しかない彼女が、反省の色を浮かべているところを初めて見る。
中身はこんなだが、美少女にこういった表情をされると気勢が削がれてしまう。
二人のやり取りを尻目に、カティはナーシュの意識から離れて落ちたナイフの残骸を見つめている。
刃の厚みは3mm前後。
柄と先端から圧し潰すように力を加えられたようだ。。
結果、先端から中央部にかけて右曲がりに大きく屈折している。
人力では成し得ない芸当だ。
それに、ナーシュ自身の違和感。
いかに熟練した魔術師でも、魔術を行使する際には溜めが要る。
その溜めが、一切感じられなかった。
カップを持ち上げる際も、ましてやナイフを曲げる際にも。
仮に一定の溜めがあったとしても、あの出力は異常だ。
だが、そういったことを可能とする存在には心当たりがある。
不可解な現実に対してある可能性を思い浮かべたカティは、一つの瓶を拾い上げる。
その可能性を確かめずにはいられない。
「ナーシュさん、少々お手をお借りしてもよろしいかしら」
「ん?」
その言葉に、ナーシュとルカが振り向く。
カティの手には、見覚えのある瓶。
数日前に、魔素関連の強さを調べるために使ったものだ。
何のためにそんなものをまた持ち出したのか。
瞬間、ルカの脳裏に嫌な予感がよぎった。
よくわからないが、一線を越えてしまいそうな何かが。
「カティさん、ちょっと待って──」
ナイフの時と同様、今回の制止も間に合わず。
ナーシュの腕に、瓶から液体が掛けられた。
以前のようにスポイト経由ではなく、勢い余って直接ドバっと。
腕に滴り落ちる液体が、全て見る見るうちに深紅に染まっていく。
何故?
ナーシュは眉を顰め、明らかに迷惑だといった顔をしている。
混沌とした状況を整理する前に、その言葉が耳に入ってきた。
「貴女は、もしかして魔族……魔人なのですか?」




