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常識外れの魔術

「ごきげんよう、ロザリーさん」

「あ、こんにちはお二人とも。

 今日はどうされたんですか?

 先生はちょっと出払っちゃってるんですが」


 二人が魔術のことで診療所を訪れたのが昨日のこと。

 そこから間を置かずに今日、再び顔を出している。


「忙しい所ゴメン。

 ちょっと手を切っちゃって、診てもらいたくて」

「折角なので、差し支えなければロザリーさんのお力を拝見できれば、と」


 ルカのこの怪我は、事故によるものではない。

 カティはすぐにロザリーの魔術についても実演を求めるだろう。

 その際、自身の傷を治してもらうのが最も角が立たないと判断した。

 そのため、彼女の負担を小さくするよう自ら掌に小さな切り傷を作り、診療所に駆け込んだわけだ。


「わ、わかりました。

 患部を見せてください」


 利用するようで申し訳ないが、奥では昨日運び込まれた冒険者が横になっている。

 カティもそんな中で、長々と説明を求めるようなことはしないだろう。


 ロザリーはまだ慣れていないのか、緊張した手つきでルカの傷を確認する。

 念のためと、消毒をした後に傷口に手を当てて集中。

 淡い光が漏れ出るのを、カティは身を乗り出してつぶさに観察している。

 少しして。


「ふぅ……終わりました」


 その手を離すと、ルカの切り傷は見る影もなく治っていた。

 カティの反応を気にして、ルカとロザリーが彼女の顔を覗き見ると……

 姿勢を変えず、傷があった場所を見つめ続けている。


「あの……」

「……ルカさん、傷の具合は如何?」

「あ、はい。

 もう痛みもないです」

「そうですか。

 ロザリーさん、素晴らしいものを見せていただき、ありがとうございました。

 では、我々はこれで失礼いたしますわね」


 ルカも改めて礼を言い、診療所を後にする。

 奥に怪我人がいるとはいえ、やけにあっさりと引き下がるものだ。



 アトリエに戻ると、カティは傷があった場所を執拗に確認し始めた。

 見て、触って、揉んで。


「治療していただいた箇所に、何か違和感は?」


 好き勝手に弄られて落ち着かなかったが。

 そう聞かれ、ルカは自分の手の感覚に集中する。


「……ん、傷があった場所だけ感覚が薄いような……」


 観察に満足したのか、ルカの掌を弄くり回していた手を放して立ち上がった。

 どこだったかしらなどと呟きながらあちらこちらと漁り、一つの瓶を持って戻ってくる。

 その中身を少量別の皿に移してスポイトで吸い取り、ルカの掌に数滴落とした。

 透明に見えていたその液体が、徐々に赤色へと変わっていく。


「ふむ」


 そして、そのまま紙とペンを取り、何かを書き始めた。


「あの……」

「え?

 ああ、ごめんなさいね!

 すっかり周りが見えなくなっていました」


 カティは完全に没頭していたようだ。

 集中したいというのであれば、ルカは席を外すつもりではある。

 だが、とりあえず無言で人の手に垂らしてきたこの液体が何なのかくらいは教えてほしい。

 そう思ったが、我に返った彼女は一通り説明してくれるようだ。


「ロザリーさんの魔術跡……

 通常の魔術による治癒とは全く異なっているように見えます。

 見た目は接合の跡が全く見当たらず、感覚が薄いとのことですわね。

 そして、先ほど用いた液体ですが、あれは魔素や、そこから作られたエネルギーの濃さ、強さを調べるためのものです。

 強ければ強いほど赤く反応するというように」


 ルカの掌の上の液体は、今や真っ赤といっていいほどに染まっている。

 指標がないため、これがどれほどの強さなのかはわからないが。


「以上を踏まえて推測いたしますに。

 にわかには信じ難いことですが、魔術による治癒力強化ではなく、欠損部分を補完しているのではないかと」


 その通りだと思う。

 治癒力強化では、内臓破損の回復などできるはずもない。

 だが、以前から思っていたが、どうにも納得いかない。


「魔術って、カティさんも言っていたように『現実に起こりうる現象の再現と操作』なんですよね。

 こんなこと……現実で起こり得るんでしょうか?」

「貴方がご存じかわかりませんが、実例はあります。

 例えば、魔族の身体構造など」

「あ」


 そう言われれば、確かにそうだ。

 以前魔獣が傷を完全に修復している場面を目の当たりにしたことがある。

 それが、魔力による組織の再構成だと。


「じゃあ、これが魔族と同じ……?」

「似たようなものではあるでしょうが、同じではないでしょう。

 あくまで、一例を挙げたに過ぎませんので。

 とはいえ、これは極めて珍しい種類の魔術ですのよ。

 感覚はいずれ回復するのかしら……?」

「回復すると思います。

 他の患者さんの話を聞いた限りでは」


 これは他の患者の話ではなく、ルカの脇腹の経験談だ。

 当時は怪我の後に二日以上意識を失っていたが、起きた時には感覚があった。

 この手も、その内感覚が戻るだろう。


「そんな珍しい魔術なのに、ロザリーに対して全然質問しませんでしたね」

「本当はそうしたかったのですけれどね。

 あの魔術は感覚型の極みというべき類のもののはず。

 安易に掘り下げて、彼女自身の魔術に疑問を抱かせるのは避けるべきですわ」

「そういうことですか。

 それにしても、感覚型の魔術ってズルくないですか?

 なんというか別格というか、面倒な段取りも踏む必要もないのに」

「魔術が別格かどうかは個人の資質に寄りますけれどね。

 理論型でも偉大な魔術師は沢山います。

 感覚型も、メリットばかりに目が行くでしょうけれど、当然デメリットもあります」

「自信とかを失くすと使えなくなるかもしれないくらいでしょう」


 デメリットとしては特大なのかもしれないが、それさえ避ければいい。

 ルカは実際使えなくなってしまった身だが。


「いえ、他にもいくつかあります。

 それに関しては、あなたがもう少し魔術に慣れてからにしましょう。

 それに、ロザリーさんのような例は極稀です。

 魔術を使える子供は大半が感覚型なわけですが、その多くが成長途中で脱落してしまうのです。

 例えば、何でも思い通りになると錯覚していた子供が、ふと現実を理解する。

 自分が世界の中心ではない、自分より上はいくらでも居る、その他諸々……

 または、魔術に対する理解の少ない大人に、魔術で起こした現象などただの夢、気のせいなどと諭されたり。

 それでも、際立った才能により揺るがぬ自信を持ち続けた子、あるいは挫折経験のなかった子が、感覚的に特殊な魔術を行使し続けるのです。

 もちろん、常に不能になるリスクを孕みながらですけれどね」

「なんだか、ナントカと天才は紙一重みたいな感じですね」

「あら、魔術の世界に於いては、言い得て妙かもしれません。

 何はともあれ、事前に聞いていたように、彼女の魔術の規模が小さいことは幸運でしたわね」

「……?

 どういうことですか?」

「先ほど言葉を濁した、リスクの一つです。

 現実に起りづらい現象に関する魔術を一息で行うほど、何らかの反動を受けたりするのですわ。

 とはいえ、小さな傷を治療するレベルであれば影響は小さいでしょう」


 血の気が引く。

 ロザリーの魔術は、あの程度のものではない。

 穴の開いた内臓すらすぐに治してしまうほどの、あるいはそれ以上の。


「傷跡を残さないあの力であれば、女性を対象にした美容外科など適職かもしれませんわね」

「そ、そうですね……

 ちなみに、さっきの反動というのは具体的にどういったものなんでしょうか……?」

「それほどの魔術師自体が少ない上に、それぞれ症状が異なるようなので一概には答えられませんが。

 私の知るところでは、出力に応じた激痛が走るなど」


 ロザリーの様子を見るに、それは違うはず。

 であれば、どんな影響が出ているというのか。

 それを本人は自覚しているのか。

 気付かぬまま、何かを蓄積させてしまっているのか。


「兎も角、彼女の魔術について本人に話すのは避けるべきということになります」


 そして何もわからないまま、本人に確認することも、魔術の行使を止めることも避けなければいけない。

 本人の体を思えば、魔術を使えなくなっても止めるべきなのかもしれないが。

 ルカは頭の整理がつかないまま、アトリエを後にした。


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