突撃!隣の診療所
「ごきげんよう、ジャック先生。
急なお願いにもかかわらず、ご対応いただきありがとうございます」
「こんにちは、カティさん。
今日は手が空いているのでお気になさらず」
ルカはカティに同行し、村の診療所を訪れていた。
事前に先触れとしてジャックに都合を聞き、了承を得た上での訪問だ。
ジャックは書き物をする手を止め、来訪者二人に柔らかく応対する。
奥の方にいたロザリーもこちらに気付いて会釈をしてきた。
診療所の中にはその二人だけで、患者は見当たらない。
「むさ苦しいところですみませんが、奥へどうぞ」
そう言い、小さなテーブルへと案内され、席に着く。
目的は、ジャックとロザリーの魔術に関して教えてもらうため。
ルカは自分がそんな話を聞くのもマズいと思い、同席を控えるつもりだった。
だが、これも見識を高めるためと、カティに連れて来られた。
曰く、教えてもらうのは人に話せる範囲のもの。
何食わぬ顔で付いてくればいい、ダメなら追い出されるはずだ、と。
自分を浅ましく感じてしまうが、今のところ拒まれる気配はない。
粗茶ですが、とロザリーが四人分のお茶を差し出し、彼女自身も席に着く。
「我々の魔術が知りたいとのことでしたね。
とは言え、私のものは人様に乞われるほどのものじゃありませんが」
「ご謙遜を。
仮に仰る通りだとしても、その独自の魔術に触れられるだけで僥倖ですわ。
魔術学校でも、枠から外れたようなものを目にする機会は限られているため」
「であれば、やはりがっかりさせてしまいますね。
勿体ぶるのも何ですので単刀直入に言うと、私の魔術は切断と創傷治癒に関するものです」
物を切ることと、傷の修復。
現象としては珍しくない、日常の延長のようなものだ。
「切断については、刃物で生物を切る力の強化になります」
「切断自体を起こすのではなく?
少々特殊な使い方ですわね」
「ええ。
これは魔術を使おうとしていたわけではなく、ひたすら繰り返す内に使えるようになっていただけでして。
とはいえ中々便利なもので、魔族相手でも皮膚や肉くらいなら比較的楽に切れます。
生物相手に限りますが」
以前、蜥蜴の魔獣との戦闘を思い出す。
ランツやレジーナでも、まともなダメージを与えるのに苦労していた。
それを楽に切り裂けるという。
「治癒に関しては、普通に患者の治癒力を強化するものです。
患者自身の回復力と傷口の程度に応じて、接合したり、埋めたり」
「先生は、どの程度の外傷まで対応できるのでしょうか?」
「うーん?
中々難しい質問ですね……
例で言うと、最近ならルカ君の足が脛あたりで両断されているのを接合しましたね」
「……その節はお世話になりました」
今でも思い返すと身震いする。
あの時の痛みと恐怖。
この診療所で診てもらわなければ、自身の足で歩くことはできなかっただろう。
「まあ、素晴らしいお手並みですのね。
そのレベルともなると、上級魔術医免許をお持ちで?」
上級魔術医免許。
どれほどの難関資格なのかはわからないが、魔術と医学双方の深い造詣を要するはず。
この先生ならそのくらいは持っていてもおかしくない。
「いえ、持っていません」
「あら?
では通常の魔術医免許でしょうか」
「そっちも持っていませんね」
「先生!?」
ロザリーが驚愕している。
ここまで完璧に足を治してもらってはいるものの、気持ちはルカも同じだが。
「魔術医免許持ってなかったんですか!?」
「ええ、まあ、そういうことになります。
闇医者みたいでカッコイイでしょう?」
「じゃあ、私、無資格医療に加担してたことになっちゃうじゃないですかぁ……」
「大丈夫、ここの皆さんはそんなこと気にしません。
タレ込みするような人もいませんよ」
闇医者みたいというか、半分闇医者というか。
ルカの胸に、嫌な予感がにじみ出てくる。
まさか、とは思うが。
「あの……普通の医師免許は、持ってるんですよね?」
「あっはっは、それ聞いちゃいます?
もちろんありませんよ」
「先生ー!?」
顔を覆いながら天を仰ぎ、悲鳴に近い声を上げるロザリー。
ルカも、なんだか左足が痛んできたような錯覚に陥る。
半分闇医者どころじゃない、真っ黒だった。
「結果を出せているのであれば、問題ないのでは?
この村の皆さんに加えて、以前は辺境騎士団の方々もお世話になっていたのでしょう。
であれば、その実力は疑う余地もないかと。
免許の件は一旦脇に置かせていただいて。
可能であれば、そのお力を実際に拝見させていただきたいのですが」
逆にカティは落ち着いている。
魔術医の闇医者など珍しくもないのだろうか。
いや、魔術にしか興味がないだけかもしれない。
「そうは言っても、相手がいないことには……
ん?」
気付くと、外が騒がしい。
その音は、段々と診療所に近付いてきて、勢いよく扉が開いた。
中に入って来たのは、村の自警団の一人だ。
「先生、外に出てた冒険者が大怪我して、今こっちに運ばれてる!
診てやってくれ!!」
「わかりました、すぐに準備します。
ほら、ロザリー君も気を取り直して」
「は、はい!」
「お二人共、この話はまた今度……
そうだ、折角なので見学していきますか?」
それまでの抜けた雰囲気は消え失せ、真面目な表情になったと思いきや、とんでもない提案をしてくる。
「あら、渡りに船ですわね。
ではお言葉に甘えて」
そして、それを喜々として受けるカティ。
「流石にそれはマズいんじゃないですか……!?」
「大丈夫、先生のお手伝いをする振りをしていれば、ギャラリーと気付かれることもないでしょう」
運ばれてきた冒険者は、四人の献身的な治療の甲斐あり、一命を取り留めた。
診療所からアトリエへと戻り、カティは一息つく。
急患について、手伝う振りをするはずが、本格的に手伝う羽目になっていた。
「噂とはかけ離れたお方でしたね」
カティは誰に言うでもなく、小さく呟いた。
雑用をこなしていたルカは、その独り言をそうと気付かず聞いてしまい、何気なしに同意する。
「そうですね。
凄腕の医者っていう外面からは想像しづらい人ですよね。
親しみやすい人ではあるんですけど。
闇医者だったとは知りませんでしたけど、実力は確かですし」
実際、先ほどの手並みは見事だった。
診療所に運ばれた冒険者はあちこちに深手の傷を負って意識不明に陥っていた。
それを、手早く消毒、治療し、生命の危機を脱して安定状態にまで持ち直した。
彼女としては、ルカの言うような意味で呟いたわけではなかったのだが。
独り言を聞かれた気まずさから一瞬の間が空くが、そのまま同意する方向で話を合わせる。
「……ええ。
免許はなくとも、正規の知識を修めておらずとも。
積み上げた経験から、あれほどの医療術を練り上げたのでしょう。
ご自身で理論を組み上げ、試行錯誤と反復で自信を固め、確立したはず。
あの魔術は、理論と感覚の中間と見受けられますわね。
切断魔術も似たようなものでしょう。
今回そちらを目にすることが叶わなかったのは残念です。
またの機会にお願いするとしましょう」
「以前先生にも魔術の秘訣を聞いたことあって、反復あるのみって言われました。
やっぱり、そういったやり方で自信をつけることは大事なんですね」
「そういうことです。
貴方は知識も当然ながら、経験も圧倒的に不足しています。
今日のような体験も、勉強になるでしょう?」
「はい、誘っていただいてありがとうございました」
雑用に戻るルカに、今度こそ聞こえないように呟く。
「……同じ轍を踏まないよう気を付けないと」




