各々の事情
診療所から少し離れた場所。
ナーシュの用事が済むのを待っていた人物がいた。
「だいぶ暴れてきたようですね。
貴女が村の外に出るとは、どういう風の吹き回しですか?
それも無断で」
声を掛けてきたのはジャック。
その言葉には非難めいたニュアンスが含まれていた。
「どうって?
村の脅威となるような連中を放っておけないし、先遣のしくじりが伝われば逃げる可能性もある。
私一人で十分だから行ってきただけさ」
そんな言葉などどこ吹く風、当然のことをしただけだと言わんばかりのナーシュ。
ジャックは首を振り、肩をすくめた。
「一人くらいは生かして連れてきてくれないと困るんですよ。
色々と尋問する必要があったでしょうに」
「大抵の事はこの前の男から聞けた筈。
私の方でも、この辺りに他に仲間がいないことは聞いてきたよ」
「彼らがそう簡単に吐くとでも?」
「確かに真実を聞けた保証はない。
だけど、例え敵でも、それが外道だとしても、人として守られるべき尊厳はある。
久しぶりなせいか、君は羽目を外しすぎてる。
その趣味は周りに気取られると困るだろう、程々にしておくことだ」
ナーシュは諭すように、静かに反論する。
そう言われ、ジャックは両手を上げた。
「仰る通り、重々承知していますとも。
私も貴女も、理由は違えどここ以外ではまともな生き方ができない身ですからね」
その降参とも取れる言葉を受け、俄かに張りつめていた空気が収まる。
「もう一度聞きますが。
貴女がわざわざ出向いたこと、妙な意図はないんですね?」
出だしのような皮肉交じりではない、真っ直ぐな問い。
それに対してはナーシュも誤魔化す気を起こせず、可能な限り真摯に答える。
「申し訳ないが、後ろ暗いことがないわけじゃない。
だけど、皆の不利益に繋がるようなことではないと誓うよ。
君も言った通り、ここ以外で生きていくのが難しいからね」
ナーシュは会話は終わりだと言わんばかりに、ジャックの横を通り過ぎて歩いて行った。
「ナーシュ様」
ジャックと別れ、村中央へと歩を進めるナーシュに再び声が掛かった。
珍しく顔を顰めたナーシュが、その主へと向き直る。
「その態度はやめろと言ったはずだよ、エルディナ」
視線の先には、村のシスターであるエルディナが畏まっていた。
普段のざっくばらんな態度は鳴りを潜めている。
「人目はないので問題はないでしょう。
それよりも、何故御身自ら曲者駆除へと出向いたのですか?
貴女が目的だとしたらどうするのです」
細部は違えど、先ほどと同じ質問。
加えて、今回の質問者の煩わしさもあり、思わず辟易する。
「だからこそ、私が行ってきたんじゃないか。
あの反応からするに、取り越し苦労で済んだけど」
遭遇した時のリアクション。
ナーシュを目的として動いていたのだとしたら、あまりにも淡白な反応だった。
最期の尋問でも、怪しい受け答えは見受けられなかった。
その報告に、エルディナは大きなため息を吐く。
「次回からはご自重ください。
お体に差し障りはございませんか?」
その行き過ぎた過保護にはげんなりするが、何度窘めても直らない。
そのため、ナーシュは余計な問答は控えて、早めに会話を終わらせるよう意識していた。
「診療所にロザリーが来てからか、調子はいいかな。
だから心配は不要だ」
「まあ、あの不器用な娘がお役に立っているのですか。
意外ですね」
「酷い言いようだね……
彼女が来てジャックも余裕が出来たのか、調子が良くなったという人は多いよ」
彼女たちは知る由がないが。
ロザリーは気付かれない範囲で、診療所を訪れる者にその力を使っていた。
「まあ、久しぶりに外に出て気分転換にはなったけど、流石に消耗は少なくないかな。
ギルドで一休みするよ。
君もサボってないで仕事に戻るんだね」
マントから肌を出さない程度に小さく伸びをして、再び村中央へと歩を進める。
エルディナはその背に深々とお辞儀をした。
診療所周辺の出来事とほぼ同時刻、冒険者ギルドの二階。
「結局あいつらはハーシリムだったのか?」
尋問の結果確認のため、ランツが村長の元を訪れていた。
「恐らくな。
教育が行き届いてて、知らない奴とは話したくないって頑固でよ。
最期には仲良くなれて喋ってくれたが、確度は怪しいと言わざるを得んな。
できればもう一人お友達を連れて来れればよかったが、ナーシュがすっ飛んで行っちまった」
「誰があいつに拠点漏らしたんだよ……」
ナーシュは今回のようなやり方に不満を持っている。
拠点強襲の際にも、尋問は程々な所で終わらせるだろう。
だが、ランツはその気持ちを理解できなくはなかった。
自分が相手の立場でこの村に連れて来られることを想像すると、背筋が寒くなる。
もう命はないだろうが、残党は彼女の慈悲に感謝すべきだ。
「で、目的は?」
「資源の強奪と、周辺の注意の目をここに向けるってことらしい。
近々、他所で何か動きがあるかもしれんな」
つまりは陽動。
彼らにはまだ届いていない情報だが、ナーシュが聞き出した、他の仲間はいないという話にも合致する。
「それにしても、ルカがあのレベル二人相手に相打ちとはな。
何が起こったんだ?
あんたの事だから、ルカとロザリーについては調べ終わってんだろ」
この村で周囲の詮索は非推奨とされている。
だが、トラブルを避けるため、村長は入植時に背後関係を徹底的に洗っていた。
明確な悪意を持った入植者を排除するため。
「ルカについてはっきりしたことはわからん。
だが、あいつの村の状況と周囲で起きた事件を突き合わせれば、予想はできる。
けったくそ悪い話だ、知らん方がいい」
そして視線を切り、手元にあった書類に目を通し始める。
それ以上話す気はないということだった。
その意を汲み取り、ランツは部屋を後にする。
当初、周辺の盗賊駆除については、村に居合わせた冒険者にも依頼として協力を仰ぎ、広範囲で行う想定だった。
だが、今回の事件から、万が一同様の手練れが潜んでいた場合に備え、少数精鋭で一つ一つ潰していく作戦となる。
そのメンバーが、村北側の入り口に集っていた。
ランツ、ジャック、アンディの三人だ。
「うーん、外出なんて久しぶりですよ。
お二人共、よろしくお願いしますね」
ジャックが大きく伸びをした後、他のメンバーに話しかける。
「君、本当に出て大丈夫なの?」
その満面の笑みに半信半疑の目を向けるアンディ。
「村長の許可を得ていますし、診療所も優秀な助手がいるから大丈夫ですよ」
「情報収集も大事だが、あんまやりすぎんなよ。
標的はほぼ素人だろうし」
何より気分が悪くなるからな、とランツ。
偵察、戦闘、情報収集の三点を考慮したチームだった。
「にしても、むさ苦しいチームだなぁ……
もうちょっと人選何とかならなかったの?」
「じゃあレジーナさんでも連れてきますか?
貴方が土下座してお金を積めば、同行してくれるかもしれませんよ」
「それだけは勘弁して欲しいね……」
ジャックのからかい交じりの提案を、アンディは全力で拒否した。
「くっちゃべってねえで、準備が出来たらとっとと行こうぜ。
アンディ、一つ目はどっちだ?」
締まらない雰囲気の中、盗賊駆除作戦が開始された。
三日も経つ頃には周辺から盗賊はほぼ一掃され、しばらくは他所との交易が活性、快適なものとなる。




