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非処女は聖女にあらず?~追放された私、隣国では聖女として溺愛されてます~  作者: コトリちゃん
後日談

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ゲラルドの日本語考察

 研究室にて、以前走り書きしたメモを革表紙のノートへ書き写していく。

 一字一句、丁寧に。


 サマ、は一般的、あるいは形式的。

 サン、はサマより親しいが、まだ少しよそよそしい。

 クン、は基本的に、同い年や年下の男性を呼ぶ際に使う。

 チャン、は基本的に、女性や子供へ親しみを込めて使う。

 ただし、組み合わせには名前との相性もある。


 そこまで書いて、私は手を止めた。


 ヒューは、クン。

 殿下も、クン。

 おそらくティムも、クン。

 しかしハルトは、サマあるいはサンだったところを強引に、クン。


 なるほど、なるほど。

 なかなかにニホンゴは奥深いですね……。


 では、リリタンは……?


 殿下がハルトへこっそり教えていた、リリタンという呼び方。


 あれは殿下自らが考案されたレシピに基づき、門外不出となっている甘い菓子の名前のはずですが……

 

 私は記憶していますよ。

 殿下が初めて彼女にお会いになった日。


 公爵邸の使用人食堂で、殿下が彼女を、


「リリタン……」


 と、お呼びになったことを。


 つまり、リリタンというスイーツは、彼女の呼び名から名付けられたのでしょうね。


 彼女の名前は、正確には「リリ」だと言っていました。

 呼びやすいため、ヒューも皆も「リリー」と呼んでいますが、正しくは、リリ。


 リリ。

 リリタン。


 この“タン”とは、一体なんなのでしょう?


 サン。

 チャン。

 タン。


 ふむ、音が近い。

 もしや“タン”とは、“チャン”が進化した形なのでは?


 だとすれば、殿下が彼女をリリタンと呼ぶのも納得できます。

 ニホンで家族だったからこそ呼べる、特別に親しい呼び方なのでしょうか。



――コンコン。


「ゲラルド、まだやっているのか……」

「ああ、ハルト。良いところに!」


 扉を開けて入ってきたハルトへ、私は勢いよく振り返った。


「リリタンですが――」

「やめろ!」


――バチン!


 話を切り出したところで、ハルトに勢いよく口元を押さえつけられた。


 ……痛いじゃないですか。


「んー、んー!」


 口だけでなく鼻まで押さえつけられ、苦しさにハルトのごつい腕を何度も叩く。


「あ、すまん」


 ようやく手が離れたので、大きく息を吸った。


「だが、その呼び方はやめろ」

「違います。私は彼女をそう呼ぼうとしたのではなく、その呼称について研究を――」


「口にするな」

「研究対象の名称すら口にしてはいけないのですか?」


 まったく、困ったものですね。

 どうしたものでしょう。

 あんなに女性を毛嫌いしていた男が、こんなにも変わってしまうとは……。


「私はただ、ニホンゴを研究しているだけです。彼女を愛称で呼びたいわけではありませんから、そう警戒しないでください」


「警戒などしていない」

「では、その冷気を止めてください」


 研究室の温度が、明らかに下がっていますよ。


「それにしても、ずいぶんと惚れ込んでしまいましたね」

「……うるさい」


 痛かったので、少しくらい仕返しをしても構わないでしょう。


「ハルトは、無事にクン呼びになったんですよね」

「……ああ」


 あーあー。

 見ていられませんね。

 無表情を装うその仮面の下で、得意げになっていることが、私にはよくわかりますよ。


「しかし、おそらくティムもクンですよ。明日、聞いてみましょう」

「は?」


 ハルトの顔色が変わった。


「私の予想です。彼女は、親しい男性や、年下の可愛い存在に対してクンを使うと思うので、ティムもきっとクンですよ」


「……可愛い存在」


「ティムは彼女より年下ですし、とても親しくしていますからね。毎日のように厨房で一緒に働いていますし」


 私が話している途中から、ハルトを取り巻く空気が、再び冷え込み始めた。


「……確認しなくていい」

「いいえ。これは私の研究なので、明日必ず彼女に確認します」


「必要ない」

「必要です」


 ハルトは、氷の公爵の異名にふさわしく、自身の周囲へ冷気をまとい始めた。


 やれやれ。

 仕返しはこれくらいにしておきましょう。


「あ、そうだ。せっかくですから、以前お願いできなかったハルトの名前も書いてもらいましょうよ」


 私の言葉に、ハルトはふっと張り詰めた空気を緩めた。

 実にわかりやすい。


 以前、彼女が私とヒューの名前をニホンゴで書いてくれたメモ。

 私の名前はほら、ここに飾ってあります。


「これですよ。彼女が書いてくれた、この――」


 壁に掛けてある額を指し示す。

 ハルトの視線が、額の中に並んだ四文字へ向けられた。

 その表情が、見る見る険しくなっていく。


 私は、ハルトが叩き落とす前に、急いで額を壁から外し、胸へ抱え込んだ。


「これはダメです! 私の研究資料ですから、あげませんよ!」


「誰も欲しいとは言っていない」

「では、そんな恐ろしい顔で見ないでください」


 刺さるほど睨まれますが、私は気にしません。


「ハルトの名前も、明日書いてもらいましょうか?」

「……そうだな」


 まんざらでもなさそうな顔をしていますね。


「では、そのときにニホンゴの文字についても教えてもらいましょう!」


 私は知っているんですよ。

 彼女がここへ来た日、荷物を検めさせていただきましたからね。


 預かっていたパンは、残念ながら皇宮へ持って行ったあと、殿下に引き取られてしまいました。

 けれど、それまでに鑑定で得られた情報は、すべて写し取ってあります。

 それらをじっくり見てみると、ニホンゴには三種類の文字があるとわかりました。


 丸みを帯びた文字。


 カクカクした文字。


 それから、非常に難解な文字。


 これらを組み合わせて、ニホンゴは作られているように思うのです。


「明日はヒューの授業に、リリーさんを呼びましょう」

「……俺も出る」


 ふむ。

 まあ、いいですよ。

 ハルトがいても。


「リリーさんに、ニホンゴの文字を教えてもらいましょうか。できれば、すべて書き出していただきましょう」


「すべて?」


「ええ。丸みを帯びた文字と、角張った文字。それぞれ数十文字ほどでしょうか」


 難解な文字は、もう少し数が多いかもしれませんが。


「……あまり、無理を言うなよ?」


 ハルトが私を睨む。


「大丈夫ですよ。せいぜい、百か二百ほどでしょう」


 実際のところ、ニホンゴは全部で何文字あるのでしょう?

 早く覚えて、私も書けるようになりたいものです。


 ああ。

 明日が楽しみです。


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