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非処女は聖女にあらず?~追放された私、隣国では聖女として溺愛されてます~  作者: コトリちゃん
本編

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52 遠く離れた家族へ

 あれから数日が経った。


「おはようございます、公爵様!」

「ああ、おはよう。少し――」


「すみません! パン種の様子を見なくちゃいけないので!」


 挨拶だけ済ませ、私は足早にその場を立ち去った。


 うん。

 今日もちゃんと、適切な距離を保てたと思う。


 あの夜は、公爵様の胸を借りて思いきり泣いてしまった。

 肩を抱かれて、居心地よくて……。

 しまいには、ずっとこうしていたいなんて厚かましくも思ってしまったけど。


 調子に乗るな、私。


 神殿で守ってくださったのは、ジン君の命令があったから。

 あの夜慰めてくださったのは、私が弱っていたからだ。


 これ以上、甘えちゃダメ。


 廊下で会ったら、挨拶をしてすぐ立ち去る。

 二人きりにはならない。


 うん。

 我ながら、完璧だ。


「リリー!」


 厨房へ入ろうとしたところで、後ろから声を掛けられた。

 振り返ると、公爵様が怖い顔でこちらへ向かってくる。


 ……え。

 なんで追いかけてきたの!?


「はい、なんでしょう?」

「いや、だから――」


「あっ、マルクさんが呼んでるみたいで……」

「呼んでねぇぞ?」


 厨房の奥から、大きな声が返ってきた。


 マルクさん!

 そこは空気を読んでくださいよ!


「あっ、ティムが……」

「僕も呼んでないけど……」


 ティムまで、わざわざ製パンエリアから顔を出した。


 もう!

 こういう時は、たとえ呼んでなくても呼んだことにしてくれなきゃ!


 私が心の中で二人に訴えていると、公爵様が小さく息を吐いた。


「……リリー」

「はい」


「君は、俺を避けているのか?」

「まさか! そんなことありません!」


 私は即座に否定した。

 避けてるんじゃなくて。

 適切な距離を取っているだけなんです。


「では、なぜ俺と目を合わない?」

「あ、合わせてますよ?」


 公爵様の顔を見る。

 透き通るようなアイスブルーの瞳と、まともに目が合った。

 やっぱり今日も、びっくりするくらい綺麗な顔。


「……っ」


 無理。

 一秒で視線を外した。


「ほら、すぐ逸らすだろう」

「いや、それはもとからです!」


 私は得意げに言い放った。


「たしかに。いや、そうではなくて……三日前からずっと、避けられているようだが?」


 き、気付かれてる!

 どうしよう。

 なにか適当な理由を――


「りり」


 その時、聞き慣れた声がした。

 玄関ホールの方を見ると、ジン君がこちらへ歩いてくるところだった。


「ジン君!」


 助かった!

 私は急いでジン君のもとへ駆け寄った。


「来てくれたんだね」

「ああ。手紙を書くんだろう?」

「うん! 待ってたよ」


 振り返ると、公爵様はまだ廊下に立っていた。

 しかめっ面でこちらを見ている。


 ……ごめんなさい。


 でも、この話はまた今度にしてください。

 今は手紙の方が大事だから。


 ◇◆◇


 応接室のテーブルに、女神様からいただいた便箋を広げた。

 淡く光るその便箋には、封筒と同じ麦の穂マークが描かれている。


 ジン君と向かい合って座ったけれど、二人ともなかなか書き始められなかった。


『……なんて書けばいいんだろう』


 思わず呟く。

 伝えたいことは、たくさんある。


 私は無事だということ。

 突然いなくなってしまって、ごめんなさいということ。

 こちらの世界で、優しい人たちに助けてもらったこと。

 美味しいパンを焼けるようになったこと。


 それから――もう帰れないってこと。


 どれから書けばいいんだろう。


『とりあえず、無事だって書けばいいんじゃないか?』


 ジン君が言った。


『うん……そうだね』


 ペンを握る。


 お母さんへ。


 そう書いた途端、文字が滲んだ。

 慌てて涙を拭う。


『泣いてたら書けないぞ』


『わかってるよ……』


 ジン君だって、さっきから白紙の便箋を見つめたままのくせに……


『私は今、ジン君と同じ世界にいます……』


 私の呟きに、


『待て待て!』


 と、ジン君から物言いがついた。


『なに?』


『それだとあの世みたいだろ!』


『あ……』


 ジン君の言葉に、私はもう一度便箋へ向き直った。

 誤解されないように、書き足す。


 ◇◇


 お母さんへ


 突然いなくなってしまって、本当にごめんなさい。

 私は今、〈生まれ変わった〉ジン君と同じ世界にいます。地球じゃないところです。


 こんなことを書いても、すぐには信じてもらえないと思う。

 でも、私は無事です。


 ここで出会った優しい人たちに助けてもらって、元気に暮らしています。


 ◇◇


 そう書いたところで、また涙が溢れた。

 けど、今度は手を止めず、そのまま書き続けた。


 声を聞きたい。会いたい。

 お母さんの作ったご飯が食べたい。

 おじいちゃんとおばあちゃんにも、元気でいてほしい。

 もう会えないかもしれないけれど、私はここでちゃんと生きていくよ。


 最後に、何度も何度もありがとうと書いた。

 それから、お母さんの娘に生まれて良かったって。


『書けた?』


 顔を上げると、ジン君が私を見ていた。


『うん。ジン君は?』

『俺も、あと少し』


 ジン君もたくさん書いているようだった。

 内容を見ないよう、私はそっと目を逸らした。


『覚えてるか?』


 ふいに、ジン君が便箋から顔を上げた。


『何を?』

『昔よく、プリン作ってやっただろ?』


『うん。覚えてるよ。すごく嬉しかったもん』


 そういえば……と、ずっと気になってたことを聞いてみる。


『ねぇ、リリタンってさ……』


 ほら。

 門外不出レシピって言ってたあれね。

 ただのプリンだけど。


『あれって、まさかとは思うけど……』

『あー……』


 ジン君は少し恥ずかしそうに、頭を掻いた。


『だって、この世界にないものを作っておいて、プリンだとか言って広めたら、転生者ってバレるだろ?』


『いや、バレるって誰によ?』


 よくわからない主張に、思わず突っ込む。

 それから二人で笑い合った。


『だってお前、可愛かったんだもん』


 ジン君が、少し懐かしそうに目を細める。


『りりたんのために作ったプリンだから”リリタン”ってな。俺にとって、忘れられない思い出だったんだ』


 ジン君はそう言って、手元に視線を落とした。

 それから、指先をいじり始める。


『俺、生まれ変わった時、自分が若くして死んだことは仕方ないって思ってたんだ』

『うん……』


『こっちでも父上と母上に大切に育ててもらった。皇太子なんて面倒な立場ではあるけど、それでも幸せだった』


 ジン君が小さく笑う。


『だから、前の人生に未練はないつもりだった』


 少し間を置いて、続ける。


『でも、お前がこっちに来たって知って、お前から、みんなの話を聞いたらさ……』


 そこで、言葉が途切れた。


『いろんなもんが溢れてきて……』


 ジン君は唇を噛み、便箋を見つめる。


『ちゃんと、別れを言いたかったなって』

『ジン君……』


『父さんと母さんに、育ててくれてありがとうって。それから先に死んでごめんって』


 震える声でそう言うと、ジン君は再びペンを動かした。

 私はなにも言わず、もう一度、自分の手紙へ向き直る。


 この言葉が、想いが、ちゃんと届きますように――


 遠く離れた、私たちの家族へ。

 

 ◇◆◇


「リリー、こっちだよ!」


 手紙を書き終えると、今度はヒューに手を引かれて庭園へ移動した。

 

 庭園には、写真――こちらでは姿絵と呼ぶらしい――を撮るための魔導具が用意されていた。

 黒い箱に大きな水晶がついていて、撮った姿絵はその場ですぐに出てくるらしい。


 さすが魔法。

 便利だよねー。


「リリーと!」


 ヒューが、私の手を引いていく。


「うん。一緒に撮ろうね」

「父様も!」


 ヒューの声に、公爵様がこちらへ歩いてきた。

 さっきから、なんとなく視線を感じるけど。

 ……気のせい。

 うん、きっと気のせいだ。


「リリー」

「ここで大丈夫です!」


 公爵様がなにか言うより先に、ヒューを挟んだ反対側へ移動する。


 さすがに今のは不自然だったかも。

 でも、ヒューが真ん中だからおかしくないよね?


 公爵様が、なぜかものすごく渋い顔をした。


「りり、お前……」

「ほら、ジン君はここだよ」


 何か言いかけたジン君を、すかさず遮る。

 左右から圧を感じるけど、気にしない気にしない。


 前の列にはジン君と私、真ん中にヒューが座って、反対側には公爵様とゲラルド先生が座った。

 マルクさんやティム、ハンナさんたちは後ろに立っている。

 なんか、集合写真とか久しぶりだなー。


 私とジン君が元気でいること。

 たくさんの人に支えてもらっていること。


 この写真を見れば、きっと伝わる。


「それでは、皆様こちらをご覧ください」


 大きな水晶が白く光り、黒い箱の横から一枚の紙が出てきた。


「もうできたんですか?」

「はい。ご確認ください」


 渡された姿絵には、庭園に並んだ私たち全員が写っていた。


「すごい……」


 ちゃんと、写真だ。

 ヒューは満面の笑みで、ジン君も穏やかに笑っている。

 公爵様は笑っていないけど、それでもいつもよりずっと柔らかい顔をしていた。


「それより、なんでこんなにこっちに寄ってるんだ?」


 ジン君が余計なことを指摘する。


「え? そう?」

「やけにハルトから離れてないか?」


「え、ヒューを真ん中にしただけだよ」

「……ふうん?」


 ジン君は私と公爵様を交互に見た。

 その横で、ゲラルド先生が意味深に笑っていた。


 ……もう。

 そんなに不自然だったかなぁ?


 ◇◆◇


 私とジン君の手紙。

 それから、庭園で撮った写真。

 すべてを、女神様から授かった封筒の中へ入れる。


「これでいいか?」

「うん」


 封筒をテーブルの上へ置き、ゆっくりと封を閉じた。

 直後、封筒が黄金色に輝き始める。


「わぁ……」


 封筒の表面に、麦の穂と鎌のモチーフが浮かび上がった。

 光はだんだん強くなり、部屋中を黄金色に染めていく。


「デメテル様……」


 どうか、届けてください。

 お母さんたちのところへ。

 私たちが無事でいることを伝えてください。


 光に包まれた封筒が、ゆっくりと宙へ浮かぶ。

 それはやがて、小さな光の粒となって消えていった。


「消えたね……」

「ああ」


 ジン君と二人。

 封筒の消えた場所をしばらく見つめていた。

 

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