47 祈りを込めて
休養から数日。
なんと、私のパン作りはとっても順調です!
やっぱり、休養が効いたんだよ。
記憶を整理したことで課題がはっきりしたというか、やるべきことが見えてきたんだよね。
この世界に来てようやくちゃんと眠れたからかな。
心も身体も、なんだかすっきりした。
やっぱり人って、ちゃんと休むことも大切なんだなって実感したよ。
「リリーさん、最近調子いいね」
もはや私の専属アシスタントと化したティムが、満面の笑みで言う。
白パンの生地が並んだ天板を、魔導オーブンにセットしてくれた。
「うん、ティムがいっぱい助けてくれるからね。いつもありがとう!」
「いや、僕は、そんな……」
ティムはほっぺを赤くした。
彼、ちょっとしたことですぐ照れちゃうんだよね。
可愛くて、ついからかってしまう。
それでもティムは、休むことなく手を動かしている。
ほんと、さすがだよ。
シンプルな白パンは、もう失敗しなくなった。
それから今日は、もう一つ試作品を……。
「こっちは、一緒に焼かないの?」
ティムが私の手元を見て聞いてくる。
「うん、こっちは焼き上げの温度が少し高めなんだ」
これ、何を隠そうクロワッサンの試作品なの!
ここ数日、ミニサイズで何度か焼いてコツもつかめてきた。
実はね、お休み明けからこっち、早速クロワッサンにチャレンジしてるんだ。
温度管理がネックだなって、ノートに書き出した時には思ってた。
でもね、ここはやっぱり魔法大国リッツェンだった。
ちゃんと便利な魔導具があるんだよ。
たとえばこの、生地を一定温度に保ってくれる作業台、とかね。
このおかげで、どれだけ作業が楽になったか……
日本ではあれだけ気を遣ってたバターと生地の折り込み作業がめちゃくちゃ楽にできるの!
まぁ、温度管理ができたところで、パン種と小麦粉の相性を確認したり、配合を考えるだけで四日を費やしたけど……それでも予想よりずいぶん早い。
これならジン君に献上する日も近いかも?
うん。やっぱり、魔法って素晴らしいね。
「なんか、小さなお月さまみたいでかわいいね」
ティムが私の手元を覗き込んで言った。
「だよね。これはねぇ、クロワッサンっていうパンなんだ」
「くろわっさん? あ、もしかしてヒュー様が楽しみにしてるパン?」
「そうそう。外国語で三日月っていう意味らしいよ」
「へぇー」
言った後、しまったと思った。
これ、ゲラルド先生なら「それはニホンゴですか?」って絶対突っ込みが入るところじゃない?
私が身構えていると、ティムが不思議そうに首を傾けた。
「ん?」
……セーフ。
ティムでよかったー。
よーし。
三日月型に巻いた生地は、充分に発酵してる。
今日のところは六つだけ。
私が艶出しの卵を塗り終えると、ティムがすかさず天板を持ち上げた。
「じゃあ、くろわっさんはこっちで」
ティムがもう一つの魔導オーブンに、クロワッサンの天板を入れる。
温度と時間は、私がセット。
「よし」
ふう、と一息ついたところで、ティムが首を傾げた。
「ねぇ、リリーさん。なにか忘れてない?」
「え、なに!?」
大事なことを忘れているのかと、急に焦る。
すると先輩たちやマルクさんまで、「あれだよ、あれ」とか言い出した。
「な、なに!? ほんとにわからないんだけど!?」
みんなの顔を見回していると、ティムが両手を組んでおでこにつけるポーズをした。
「ああ、お祈りねー」
なんか、クッキーを焼いた時のあれがみんなの中でツボったらしくて。
ちょっといじられてる感じもするけど、まあいいや。
今日はまだ試作だけど、かなりいい感じに仕上がってると思う。
このまま焼き上がりも成功してほしい。
そしたら、公爵様とヒューに食べてもらうんだ。
よし。
ティムや先輩たちが見守る中、私はノリノリでオーブンの前に立った。
まるで祈りを捧げる聖女のように。
まぁ、一応、本物の聖女らしいし。
どうせなら、願えるだけ願っておこう。
「……美味しくなあれ」
呪文とともに願う。
これを食べた人が、美味しくて幸せな気持ちになりますように。
疲れた心と身体が、少しでも癒されますように。
それと……寂しさや孤独から、解放されますように。
公爵様とヒューを想って、私はそっと祈った。
すると、
――ピコン
来た。
〇~~~~~~~~〇
効果:聖女の癒し(中)
〇~~~~~~~~〇
んん??
なんか、自覚したからかな。
やばい名称が……。
えーっと。
なんなの、その癒しとやらは……。
内容はどうなの……?
たぶん、あやしいものじゃない、よね?
ゲラルド先生の授業によると、私には女神デメテル様の加護がついているんだから。
心をこめて作ったものに、毒とか変な効果がつくはずないもん。
味はともかくとして。
とりあえず、まずはこれを公爵様とヒューに食べてもらうんだ。
それからもうちょっと練習して、完璧に焼けたやつをジン君に……。
――ピピピピピ
焼き上がりの音とともに、ティムがオーブンを開ける。
「おおー、いい匂いだ!」
「今回のパンも絶対美味いぞ!」
先にセットした白パンも、後から焼いたクロワッサンも、ほとんど同時に焼き上がった。
「うん、色もまずまずだな」
マルクさんにもオーケーをもらった。
前回のように、蓋つきのバスケットに白パンを取って入れる。
それから、クロワッサンも二つ。
よーし。
時計を見ると、時間もピッタリだった。
「行ってきます!」
マルクさんに一声かけて、私は二階の昼食用ダイニングへと向かった。
ひとり、長い廊下を歩きながら考える。
フロイラインとのことは、まだ決着がつかないみたい。
もちろん不安はあるけど、もう怖くはない。
ジン君と公爵様、ヒューにゲラルド先生。
それから屋敷のみんなが『ここにいてもいい』って言ってくれるから。
それに、このお屋敷には悪意ある人間や行為を察知する防御魔法がかけられてるんだって。
解決するまで外出できないってゲラルド先生には言われたけど、それでいい。
だって今は、パン作りに必死だからね。
でもいつか、お給料が貯まったら街に買い物に行ってみたいな。
そんなことを考えながら階段を上がると、左手の重厚な扉をノックした。
そして、静かにドアを開けた瞬間――
足元に、丸い銀色の模様が浮かび上がった。
見覚えのない文字が輪のように連なり、青白い光が一気に強まる。
「え?」
驚いて固まる。
さっきまでの安心感とか、幸せな気持ちが、一気に冷えて固まった。
「リリー!」
テーブルについていたヒューが、入り口に立ったままの私を見て叫んだ。
足は、床に張り付いたかのように動かない。
この模様は、ダメだ。
たぶん、魔法陣なんでしょ?
「いや」
青白い光がさらに強まって、怖くなって、思わず目を閉じた。
ああ、あの時と同じだ。
私、もしかして――
そう思った瞬間、私の体は大きな胸に強く抱き寄せられた。
「リリー!」
低く切羽詰まった声が、すぐ耳元で響く。
うそ、公爵様?
え、今、ヒューの隣に座ってたのに……!?
「ヒュー、ゲラルドに伝えろ!! フロイ――」
その声を最後に、視界が白く染まった。




