46 選ばれてなかった
(聖女サーラ視点)
お腹減ったぁ。
昨日からなんにも食べてなくて、さすがにふらふらしてきた。
でも、意地でも食べてやんない。
だって私、本気で怒ってるんだから!
「サーラ様、お身体に障ります。
どうか召し上がってください」
いつもの神官が黒パンとスープをテーブルに置く。
この人、最初はちょっとカッコよくてドキドキしたんだよね。
でも最近、前みたいに笑顔見せてくれなくなった。ずっとビクビクしてるし。
まあ、私がキレ散らかしてるってのもあるだろうけど。
ってか、私ぜんっぜん悪くないし!
「それより、ちゃんとリヒャルト様に伝わってる?」
「あ……はい」
「で、どうなの?」
「いや、それが……」
神官はボソボソと煮え切らない。
「はぁ? なんて!?」
いつもみたいに凄んだところへ、
――コンコンと、ノックの音が響いた。
助かった、というように神官が扉へと走る。
現れたのは、大神官のおじさんだった。
「聖女様、ご機嫌いかがですか?」
「いいわけないでしょ!
で、どうだった? リヒャルト様、なんて? 私と結婚するって?」
私の質問に、大神官は大きなため息をつきながら首を横へ振った。
なによ、その態度……
私が何か言う前に、世話係の神官に部屋から出るよう指示まで出した。
「なによ、大事な話ってわけ?」
内容によっては、聞いてあげないこともないよ?
「リヒャルト様がダメなら、別に他の人でもいいよ?
正直、あの人かなり感じ悪いし、イケメンってだけで別にタイプでもないんだよね」
話している私に、大神官はソファに座るよう手を差し出した。
……はぁ。
仕方ないから言われるままに腰掛けた。
この地味な、なーんの飾り気もないベージュのソファに。
大神官は私の正面に座って、じいっと私の顔を見つめてきた。
「な、なによ? 悪いけど、私、おじさんには興味ないから!」
急に気持ち悪くなって、思わず身震いしちゃった。
だって、無理。
この人、五十歳は軽く超えてるよ?
うちのパパよりおじさんじゃん。
「聖女様」
大神官がすっごい真面目な顔で私を呼んだ。
「……なに」
「貴女は、生涯、結婚することはできません」
…………は?
今、なんて言ったの、この人。
「我が国の聖女は結婚できませんし、一生清い身でいてもらわねばなりません」
硬い表情のまま、大神官が私に言う。
すごく現実味のないことを。
「……え、なんで」
自分の声が少し震えているのがわかった。
「貴女は、清らかなる乙女神アルテミスの愛し子です」
うん。
それは最初に聞いた。
大神官は私と目線を合わせたまま続ける。
ゆっくりと、絞り出すように。
「ですからこの先、結婚することも、子供を産むこともありません。
貴女はここ、聖フロイライン国の聖女ですから」
は?
……嘘でしょう?
そりゃ……私、ついこないだ振られたばっかりだし、大学の推薦にも落ちたけど。
結婚できないって話、聞いてないんですけど。
それに、子供産めないって何?
一体、どういうこと?
「……聖女って、王子様と結婚するんじゃないの?」
頭の中で、いろんなことがぐるぐる回ってた。
でも、口から出たのはそんな言葉で……。
「いいえ。それはどこの国の話ですか?」
「え、普通そうじゃない?」
「……普通?」
大神官の目がじっと私を捉える。
やましいわけでもないのに、なぜか目を逸らしてしまった。
だって、よくある異世界系だと皇太子とか大公とか、魔塔主とか。
聖女って、そんなイケメン達の誰かと結ばれるんじゃないの?
「聖女は結婚してハッピーエンドを迎えなきゃ」
「それは……なんの物語ですか?」
「……物語?」
あ、そっか。
そういうことか!
ここは本とかゲームみたいな世界で、私、なにか選択肢間違えちゃって、リヒャルト様ルートが消えたんじゃない?
きっとそうだ。
「ねぇ、大公とか宰相とか、騎士団長の息子とかいないの?」
「……と、おっしゃいますと?」
「リヒャルト様がダメならそれでいいの! ほら、他にも攻略対象がいるんでしょ!?」
「こ、攻略? あの、一体なんの話を――」
「ほら! 早く教えなさいよ!
じゃなきゃ私、祈ってあげないから!
ご飯だって食べないし、聖女の仕事なんて全部サボってやるんだから!!」
ひと息に言いきると、少し息が切れた。
大神官は呆気にとられたような顔で私を見ている。ずっと、何も言わずに。
「……なによ、何か言いなさいよ!」
その深い森みたいな緑色の瞳が、私の心を見透かすようですごく不愉快だった。
「私は選ばれた人間なの! 聖女なのよ!
あなた、本当にわかってる!?」
私の言葉に、大神官は開いたままだった口を閉じた。
それから、座り直して姿勢を正す。
その濃い緑色の瞳が、私を強く捕らえた気がして急に落ち着かなくなった。
「どうやら、わかっていないのは貴女のようですよ」
大神官はただじっと私を見つめる。
「……はぁ?」
強がって聞き返す。
けど、大神官の顔は女神像を見つめる時みたいに無表情で、なんだか少し寒気がした。
「まず第一に、貴女は選ばれたわけではありません」
選ばれたわけではない。
その言葉に、私の中で何かがひび割れたような気がした。
大神官は続ける。
「そして貴女はこの先、恋愛も結婚も出産もできません。なぜなら、あの時――」
やけに心臓がうるさい。
急に、続きを聞くのが恐ろしくなった。
「や、やめて!」
聞きたくなくて、耳を塞いだ。
けど、大神官の声は私の耳に届いてしまった。
「あの時、あなたはこの先の人生をご自分で捨てたのですから」
……捨てた。
目を閉じ、耳を塞いだまま叫ぶ。
「うるさい! うるさい! うるさい!
まだこれからなの! これから別の大学受けるんだし、好きな人だって見つけるし、いつかは結婚して子供だって……」
私は選ばれたの!
私は特別なの!
私は死んでなんか――
「……もう二度と、戻れませんよ」
大神官の言葉が、広い部屋に虚しく響いた。
「ここは、あちらで貴女が捨てた人生の続きではありません」
……え。
何、言ってるの?
「我々は純潔の乙女を求め、貴女は同時期に命を手放した。
召喚陣が、条件に合う者を引き寄せただけです」
……嘘、よ。
じゃあ、私って……
「貴女には一生、ここで祈りを捧げていただきます」
大神官の緑色の瞳には、光が映っていなかった。
「い、いやああああ――――!!」
私は叫んだ。
喉が痛くて、涙が流れて。
それから――意識が途切れた。




