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非処女は聖女にあらず?~追放された私、隣国では聖女として溺愛されてます~  作者: コトリちゃん
本編

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39 全部、無駄じゃない

 

 パン作りに挑戦し始めて、一週間。

 失敗した数は、もう覚えていられないほど。


 幸い、マルクさんの指示で私の失敗作は毎回、使用人たちの食事へと回されている。

 最初のころは本当に残念なパンだったから、ほんと申し訳なかった……


「僕はリリーさんのパン好きだよ。しかも、どんどん美味しくなってる」


 隣に座ったティムがフォローしてくれる。

 少しそばかすのある顔で笑うティムは、ちょっと、いやかなりの癒し系。


 ほんと、ティムにはずっと助けてもらってばかりだなぁ。


 紹介してもらった仕事も結局お断りしたのに、彼は気さくな好青年のままだ。


「……ありがとう、ティム」


「ど、どういたしまして」


 私の言葉に、照れて頬をかくティム。

 そんな彼の笑顔にまた癒されつつ、手元のパンをちぎる。

 たしかに、最初のころと比べると酸味もずいぶん抑えることができてる。


「このパン、甘くて美味しいじゃないか」

「しかも、食べると元気が出るしな」


 向かいの席からも、先輩たちがフォローしてくれる。

 そう言ってもらえて、嬉しいんだけど……


「……妥協なんざ、できねぇよなあ」


 離れた席から、料理長のマルクさんが言った。


「そうなんです。まだ、足りない……」


 そういうと、マルクさんが豪快に笑った。


「ハハ! それでこそ、パン職人だ!」


 それからまた、みんなで厨房に戻った。

 ティムや先輩たちが、がんばれとか、無理すんなとか、口々に声を掛けてくれる。

 

 思わず泣きそうになってぐっと堪えた。


 いつのまにか、ここが私の居場所になってたみたい……


 よーし。

 今日こそ絶対、成功させるもん!



 ◇◆◇



「リリー、これ見て!」


 午後、今日もパン作りにとりかかろうというタイミングで厨房にヒューが飛び込んできた。


「どうしたの、ヒュー?」


 しゃがみこんで視線を合わせると、ヒューは水色の目を細めて笑った。


「へへっ。父様がね、リリーにすっごくいいものを用意してくれたんだよ。ほら!」


 そう言って、厨房の入り口を指さした。

 ヒューに言われるまま見てみると、紙袋を抱えた使用人たちとゲラルド先生が入ってきた。


「え、これは……?」


 ゲラルド先生に尋ねてみる。


「こちらはすべて農業大国ユンカーで収穫された小麦粉です。あなたがいろいろ試せるようにとご主人様から言付かりまして」


「公爵様から?」


「はい。まだ屋敷にある小麦粉でしか試してないのでしょう? ユンカーは農業国なので、様々な品種があるのですよ」


 ゲラルド先生が淡々と説明してくれる。

 その間も、運び込まれた紙袋が作業台の上に積み重なっていく。


 そっか。

 公爵様が、私のために……


 こないだは失敗作も完食してくださったもんなぁ。

 今度こそ、公爵様にはふわっふわの焼きたてパンを食べてもらいたいな。


「リリー、嬉しい?」


 なにも言わない私に、心配そうな顔をしたヒューが尋ねてくる。

 

「……うん」


 すごく嬉しい。

 そう思ったけど、言葉にできなかった。


 私はただ、目の前のヒューをギュッと抱きしめる。


「ありがとう……ございます」


 まだ成功してもいないのに、鼻の奥がきゅっと痛む。

 ヒューを抱きしめたまま、込み上げる感情を誤魔化すように咳払いをした。


 そして、がばっと顔を上げる。


「よーし! 今日こそ、絶対ぜったいふわふわパンを焼いてみせるよ!」


 私の宣言に、ヒューにゲラルド先生、厨房のみんなが拍手や歓声で答えてくれた。


 は、恥ずかしい……


 それにしても、なんで忘れてたんだろう。


 小麦粉にもそりゃ、品種があるよね。

 粘りが強いやつとか、菓子向きの粉とか。


 手がかりをつかんだ気がして、私は早速作業台へと向き合った。


 作業台の上に並んだ袋を、ひとつずつ開けていく。


 粉といっても、全部が同じ白色というわけじゃない。

 少し黄色みがかったもの。

 真っ白に近いもの。

 粒が細かくてさらさらしたもの。

 指先にしっとり残るもの。


「……全然違う」


 思わず、声が漏れた。


 日本にいた頃なら、強力粉とか薄力粉とか、準強力粉とか、品名を見ればだいたい用途がわかった。

 でも、この世界の袋にそんな便利な表示はない。


 書いてあるのは、産地と、品種らしき名前だけ。

 だから、自分の手で確かめるしかない。


 少しずつ粉を取り、手のひらの上でこすり合わせる。

 香りを確かめる。

 そして水を一滴落として、まとまり方を見る。


「リリーさん、そんなのでわかるの?」


 ティムが不思議そうにのぞき込んできた。


「うーん、正直、勘みたいなものだけど……」


 私は、ひとつの粉を指先でつまんだ。


「……この粉、いい粘りが出そう」


「粘り?」


「うん。パンって、ふわふわにするには生地の伸びが大事なの。こねた時に、びよーんって伸びる力というか……」


 言いながら、私は少しだけ水を足して、指先で練ってみる。


 すると、その粉はほかの粉よりもまとまりがよかった。

 べたつきすぎず、でもぱさつきもしない。

 指に吸いつくような、少し弾力のある感触。


 胸の奥が、どきんと鳴った。


 これだ。

 もしかしたら、これかもしれない。


「マルクさん!」


 振り返ると、マルクさんは腕を組んでこちらを見ていた。


「おう。顔が変わったな」


「この粉、試してみてもいいですか?」


「ご主人様のご厚意だ、思う存分やれ」


「ありがとうございます!」


 粉が変われば、全部が変わる。

 水の量も、こねる時間も、発酵の進み方も、焼き上がりも。


 だから、ここからが本番だ。


 私は袖をまくり直し、作業台の前に立った。


 ここまで失敗だらけだった。

 だけど、その全部が無駄だったわけじゃない。


 今ならわかる。

 前よりも、手がちゃんと覚えている。


 生地が重い時。

 べたつきすぎる時。

 発酵が進みすぎた時。

 酸味が強く出た時。


 全部、失敗したからわかることだ。


「よし……!」


 私は深く息を吸った。


 今度こそ。

 今度こそ、ふわふわのパンにたどり着ける気がした。



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