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非処女は聖女にあらず?~追放された私、隣国では聖女として溺愛されてます~  作者: コトリちゃん
本編

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38 彼女の価値

(ハルト視点)


 執務室の温度が一気に下がる。

 悲鳴が聞こえて外に視線を向けると、真っ白い雪が吹き荒れていた。


 植え替え作業にあたっていた庭師たちが慌てて、花の苗を守ろうと木箱に戻している。


 一体何がここまで殿下を……


 そう思って、殿下が握りしめている抗議文に目をやると、


『女はすでに純潔を失っている』


 その一文が見えた。


 隣のゲラルドを見る。

 彼も俺と同じように驚いた顔を見せたが、すぐに首を傾げて何かを考え始めた。


 彼女を保護したあの日、フロイラインで彼女は……


 目の前には、胸に手を当てどうにか心を落ち着けようとなさっている殿下のお姿がある。

 俺自身も、あの日の彼女の健気な様子を思い出すと、言いようのない怒りがこみ上げてきた。


 そこへ――


「あの、殿下。ハルトもどうか落ち着いてください」


 ゲラルドの冷静な声が割って入った。


「大丈夫です、殿下。保護した時点で、彼女がそのような被害を受けた形跡はありませんでした」


 その言葉に、殿下はゲラルドを睨みつけた。


「なぜわかる?」


 そうだ。俺自身もそれを聞きたい。

 ゲラルドは殿下と俺に目を合わせたあと、ゆっくり手を差し出して着席するよう促した。


 殿下は大きく息を吐き、ソファへと腰を落とされた。俺とゲラルドも続いて腰を下ろす。


 ゲラルドは続ける。


「彼女を保護したあの日、リッツェンへ入国した直後に馬車の中で彼女は倒れました」


「なに!?」


 驚かれる殿下に、ゲラルドは”大丈夫です”と言うようにうなずいた。


「それで公爵邸に着いてすぐ、医師を呼んだのです。身体の診察は医師が行い、私は魔術の痕跡や不審な術式の有無を確認しました」


 殿下がひとつ頷かれる。

 ゲラルドはさらに説明を続けた。


「医師の診察は疲労と魔力酔いとのことで、外傷や暴行を疑う所見はありませんでした。

 加えて、私が確認した限り、拘束術式、隷属術式、精神干渉、記憶操作の残滓も見られませんでした」


 たしかにそうだ。

 あの夜、昏倒した彼女を任せた医師は、命に別状はなく、安静にしていればすぐ回復すると言っていた。


 ……大丈夫だ。

 彼女はフロイラインで暴行を受けたわけではない。


 落ち着かない心臓に、俺は自分で言い聞かせた。


「……そうか」


 殿下はそうおっしゃって、そのままソファの背に身体を預けられた。


 俺もソファに背中を預け、大きく息を吐く。

 窓の外に目を向けると、雪はいくらかおさまっていた。



「聖フロイライン国の最優先事項は処女性です。

 おそらく召喚後、大神官によるステータスの強制開示で、そのような情報を得たのではないでしょうか」


 ゲラルドがそう締めくくった。


「なるほど……」


 ゲラルドの推測に、殿下は大きく頷かれた。

 

 処女性でしか女性を見ない。

 いかにもあの国らしいと、俺は思った。

 彼女の価値は、そんなもので測れやしないのに……


「つまり、あいつらは……」


 殿下の声が低く沈む。


「りりの過去を勝手に暴き、それを聖女失格の証としてつきつけたということか」


 先ほどのように空気が荒れることはなかった。

 だが、窓ガラスに張りついた霜は、まだ溶けていない。


 彼女があの国の連中に何かされたわけでないのなら、よかった。

 だがそれでもなお、あの一文は許しがたいものだった。


「となると……あれか。

 りりには、好きな男がいたんだな」


 ふと、殿下が呟かれた。

 俺はその言葉に、胸の奥をちくりと刺されたような痛みを覚えた。

 だが、それがどうしてなのかはわからない。


「そりゃそうか。あいつも、もう二十四だ……

 これまでに恋愛の一つや二つ、経験しているだろうし……」


 誰に言うわけでもなく、殿下は推測を始められた。


「でも相手は誰だ……?」


 口元に手を添え、記憶をたどるように目を閉じておられる。

 俺もゲラルドもただ黙って、殿下の独り言に耳を傾けていた。


 彼女には彼女の人生があった。

 ニホンという国で、きっとたくさんの人を笑顔にするような美味しいパンを焼いていたのだろう。

 もしかすると、誰かのためにも……


「工藤……か? たしか姉ちゃんが、腐れ縁の男子がいるとか言ってたような……」


 その後もブツブツと、殿下はつぶやいておられる。

 外に目をやると、まだ庭師たちが苗の撤収作業を続けていた。



「ハルト」


「はい」


 思考の海から浮上した殿下に、お声を掛けられた。


「りりの警護を厚くしろ。あの国が、次に何をするかわからん」


「承知しました」


「俺は回答を考えておく」


 殿下は、手の中の抗議文を見下ろした。


「りりが俺にとって、そして我が国にとっても、どれだけ大切な存在かをわからせてやる」


 俺はゲラルドと顔を見合わせ、頷く。

 そうして俺たちは皇宮を後にした。



 ◇◆◇



「クドー……」


「え?」


 帰りの馬車の中でつい口をついて出た言葉。

 ゲラルドが聞き返すので、何でもないと首を横に振った。


 クドー。

 それは男の名前なのだろうか?


 どうしてか、その名前が頭から離れなかった。



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