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非処女は聖女にあらず?~追放された私、隣国では聖女として溺愛されてます~  作者: コトリちゃん


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34 イースト菌がないんです

 

 朝起きて、身支度をする。

 借りているメイド服に白いエプロンを重ね、髪をまとめるとキュッと気持ちが引き締まった。

 

 そりゃ、フロイライン国のことは正直すごく心配だけど……

 でも、ジン君――皇太子殿下や公爵様が対応してくださるらしい。


 だから私は昨日までと同じように厨房へ向かう。

 ……いつも通りに。


「おはようございまーす」


 けれど厨房に入ると、みんなが一斉に私の方を見た。

 そして、そのまま固まる。


 ……え。

 なんだろう、この空気。


 まあ……そっか。そうだよね。  

 昨日、ジン君こと皇太子殿下が私を訪ねて、わざわざ使用人食堂まで来たんだもの。


 みんなの中で、私って一体何者??

 って、なっちゃってるよね。

 

「お、おはよう……ございます」


 あんなに話しやすかったティムでさえ、私の反応をうかがうように、おそるおそる返事をする。

 他のみんなは遠巻きに、こちらを見てるだけ。


 あー、もう。

 イヤだよ、こんなの。


「あの、皆さん!」


 私は思いきって声を張った。

 まずティムを見て、それから周りのみんなにも注目してもらってから深く頭を下げる。


「昨日は大変お騒がせしました。本当にごめんなさい!」


 ざわり、と厨房が揺れた。

 顔を上げると、ティムも先輩たちも口をぽかんと開けてこっちを見ていた。


「でも私、本当に皆さんと同じ一般人なんです。

 皇太子殿下とは……ええと、知り合いというか縁あって親しくさせていただいてるだけで……

 だから、私はただの厨房見習いなんです!」


 みんなはずっと黙ったまま。


 するとそこへ、ピロピローン。

 久々に、あの通知音が鳴った。


=================

 ステータス : 聖女・ただの厨房見習い


 MP : 28020


 特記事項 : 女神デメテルの加護

=================


 ちょっと!

 今、そういうの要らないから。


 っていうか、前はちゃんと”パン職人”だったよね?


 もう、”ただの”とかやめてよー。

 たしかに自分で言ったけども。


 目の前に浮かんだパネルを手で払うと、おお、すごい。

 なんかよくわからないけど、ちゃんと消えた。


 ふと顔を上げる。


 ティムも先輩たちも、そして料理長までもが私を見つめていた。

 少し、不思議そうな顔で。


 ……しまった。

 さっきの、みんなには見えてないんだった。


 今の私、何もないところをささっと払う変な人だったよね……


「えっと、だからその……これまでと同じように接してください!」


 もう一度、ぺこりと頭を下げる。


 厨房が、しーんと静まり返る。


 けれど次の瞬間。

 パン、パンと両手を打つ音が響いた。


 顔を上げてみると、料理長のマルクさんが私の隣に立っていた。


 マルクさんは、いかにも頑固おやじといった風貌の六十代のおじさんだ。

 白髪混じりの髭に、深く刻まれたしわ。

 初日にティムに連れられて挨拶して以来、ほとんど言葉を交わしたことはない。


 そのマルクさんが、厨房全体に向かって声を張った。


「リリーさんは公爵家の客人だ。だが、ここにいる間は厨房の仲間でもある。ご主人様からも、これまでどおり接するようにと言われている。わかったか?」


「「はい!」」


 ティムや先輩方から返事の声が上がる。

 張りつめていた空気が、ほんの少し緩んだ気がした。


 よかった。


「ほら、ついてこい」


「え?」


 マルクさんはそう言うと、厨房の奥へ歩き出した。その先にあるのは――


 やった!

 製パンエリアだ!


「おまえはパンを作りたいんだってな」


「はい!」


「今日からここで、パンを作ってもいいぞ」


「本当ですか?」


「ただし、だ」


 マルクさんが眉間にしわを寄せ、すっごい顔で私を睨んだ。


「この屋敷の黒パンだけは譲らん。あれは俺の仕事だ」


 ああ、なるほど。

 でも、私が作るのは白いパンだもん。


「大丈夫です! 私が作るのは食事用の黒パンではなく……ええと、おやつにもなるようなふわふわパンなので、邪魔はしません!」


「ふわふわ? 柔らかいパンってことか?」


「はい!」


「……ふん、できるもんなら、やってみな」


「よろしくお願いします!」

 

 

 そうしていよいよ、異世界でのパン職人生活が始まったんだけど……


 当たり前すぎて、一番大事なことを忘れてた。


 驚かないで聞いて。


 この世界――パン作りに必須のイースト菌がないんだよ!?



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