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非処女は聖女にあらず?~追放された私、隣国では聖女として溺愛されてます~  作者: コトリちゃん


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33/37

33 切り札

 (聖フロイライン国・王子リヒャルト視点)



「なんだと?」


 執務室にて、側近にリッツェンからの回答を読ませているのだが。


「もう一度言ってみろ」


「で、ですから、ウッシという名の女性は49歳だと――」


「はぁ!? 貸せ!」


 引ったくるように取り上げた回答書には、以下のように書いてあった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーーーーー


 ご照会のありました『ウッシ』という女性につきまして調査いたしました。


 その結果、ご指摘の貴族家に同名の女性はおりましたが、四十九歳の使用人であり、三十年以上同家に仕えていることを確認しております。


 なお、該当者以外に『ウッシ』という名の女性は確認できませんでした。


 再調査をご希望の場合は、対象者の本名、年齢、特徴等をご提示ください。

 確認後、改めて調査を検討いたします。


 

 魔法大国リッツェン

 外交部


ーーーーーーーーー

ーーーーーーーーー



「ふざけるな!」


 回答文を持つ手に、思わず力が入る。


「……つまり、返す気はないと?」


――グシャ。


 私はリッツェンから届いたその手紙を握り締め、床に放り投げた。

 そのまま数度踏みつけるが、なお怒りがおさまらない。


「あの女は我が国が、国費を注ぎ込んで異世界より召喚したのだぞ!!


 それを……リッツェンの公爵かなにか知らんが、よくもかっ攫ってくれたな!


 あの女は私が……私の……!」


 言葉に詰まり、ぐっと奥歯を噛む。


「クソ!」


 回答文書がちぎれるまで踏みにじる。だが、心は晴れない。

 それどころか、苛立ちは増すばかりだった。


 そこへ側近が、小声で申し出る。


「……あの、殿下。もしかすると……同郷の聖女様は彼女について、なにかご存知なのではないでしょうか?」


 私が聖女に会いたくないのを知っているため、側近もかなり気を遣っているようだ。


「……たしかにな」


 聖女とあの女は、あの日同時に神殿へ召喚された。

 それはおそらく、あの瞬間、同じ場所にいたということだろう。


 となれば、あの二人には何かしらの関係性があるとみて間違いない。

 ふむ、聖女の機嫌を取りに行くべきか。


 実はあれから、聖女は毎日私に会いたいと訴えているらしい。

 聖女は召喚の翌日から、休まず我が国のために祈りを捧げてくれている。

 本来ならば、感謝してもしきれない相手だ。


 けれどあの、なんとも下品な振る舞いを目の当たりにしてからというもの、生理的にどうしても受け付けないのだ。


「会いに……行かれますか? その、実は神殿から請願書が来ておりますが……」


「いや、行かぬ」


 もう二度とあのような目に遭いたくない。

 腕に押しつけられた生温かい肉の感触を思い出し、思わず身震いした。


「それでは、誰か代理を……」


 そうだ、いいことを思いついた。


「ここへ呼び寄せろ」


 ここで、護衛騎士や側近を同席させた上で話をすれば良いのだ。 



◇◆◇



「リヒャルト様!」


 執務室へ通された聖女サーラは、入るなりぱあっと顔を輝かせた。


 両手を胸の前で組み、嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくるが、


「聖女様、そこまでで」


 側近が身体を張って止めに入る。

 お陰で、ほどよく机から離れた距離で聖女は立ち止まった。

 よし。なかなか良い仕事をするじゃないか。


 側近に足止めをされ、聖女は一瞬不服そうな顔を見せる。

 が、すぐに気を取り直して言った。


「あの、お会いできて嬉しいです!」

「……ああ」


 思わず目を逸らしそうになるのを堪えた。

 今日は護衛騎士も私の両脇に控えている。

 執務机に腰掛けたまま聖女を立たせて話をすれば、さすがに飛びついてくるような真似もできまい。


「今日、その……私を呼んでくださったのは……?」


 聖女が期待に満ちた瞳でこちらを見るが……

 私はため息を押し殺し、本題を切り出した。


「異世界から共に召喚された女について聞きたい」


「え……?」


 聖女の笑みが固まる。

 なにを期待していたか、など火を見るより明らかだが、あえて気づかぬふりをする。


「もう一人の女だ」


「え、あの、追い出された人ですか?」


 聖女は、心底不思議そうな顔をして私を見た。


「そうだ。あの女の本名を知っているか?」


「いいえ……」


 首を横に振る。

 なんだ。名も知らぬ、とは使えんな……


「では、何か知っていることはないか?」


「……何も知りません」


 聖女は、なぜそんなことを、とでも言いたげな顔を私に向けている。


「召喚の瞬間、同じ場所にいたのであろう?」


「い、いましたけど……本当に偶然なんです」


 そう言って、困ったように笑った。

 同時刻、同じ場所にいたのに顔見知りでもないと?


「たまたま近くにいただけで、これまで一度も話したことはありません」


 私は眉をひそめた。


「本当か?」


「はい」


 ……なんの役にも立たんな。


 静かな空気が流れる。

 切り上げようとした、その時。


「あ、あの!」


 聖女が慌てて声を上げた。


「そ、その人、娼館へ行ったんですよね?」


 なぜか焦ったように聞いてくる。


「……いや」


「え? じゃあ、どこへ……?」


 もしかして、同郷の女を気にしているのか……?


「リッツェンが(かくま)っている」


 気にかけているものと思い、教えてやる。


「……え? リッツェンって……」


「隣国だ。そこの高位貴族に(さら)われたらしい」


 聖女は目を丸くした。

 

(さら)われた……?」


「ああ。あの日神殿を出た後、たまたまこの国を訪れていた貴族に連れて行かれたようだ」


「へぇ……」


 聖女は少し興味深そうに言った。


「何かあるのか?」


 問い返すと、聖女は慌てて首を振った。


「い、いえ」


 だが、その表情には焦りと動揺が浮かんでいた。

 真意を測ろうとじっと見つめると、


「……あの人も、こっちの世界で苦労してるんだろうなって、そう思っていたので」


 そんなことを言う。

 ふむ。やはり心配しているのか……

 知り合いでないとはいえ、同郷のよしみというやつか。


「……どうだかな」


「え?」


 私の言葉に、聖女は再び複雑な顔を見せた。


「若い公爵の目に留まったようだ。案外、贅沢な暮らしをしているのかもな」


 それに、こちらへ返す気がないところを見ると……


「自慢の手管で、公爵の心を掴んだのだろう」


 自分で言いながら、腹の底がじりじりと焦げるような感覚があった。


 くそ。

 本来なら、あの女は私と……


 大きく息を吐き、なんとか苛立ちを抑え込む。


「若い公爵と……?」


 聖女はぎゅっと唇を噛み、俯いた。

 なにか言いたげな様子だったが、正直興味はない。


 私はさっと右手を払った。


「もういい。下がれ」


 そう言うと、聖女の顔が一瞬で青ざめた。


「え? もう? お、お食事は……!」


 聖女がこちらへ駆け寄ろうとするが、護衛騎士がすかさず前へ出て彼女を制した。


「リヒャルト様!」


 私は椅子を横に回転させ、聖女の視線を躱す。


「ちょっ、ちょっと待って!!」


 そのまま返事もしない。

 少し衣擦れの音がして、やがて静かになった。


「……なんで」


 聞こえないふりをする。


「なんで私だけ……」


 その声には、先ほどまでの明るさは欠片も残っていなかった。


 ふん。

 私だけ、なんだというのだ。

 こちらも何不自由なく、生活させてやっているというのに。 

 

 バタン、と扉が閉まる。


 舌打ちをひとつして、私は机へ向き直った。


「外交部へ伝えろ」


 怒りがくすぶるまま側近に命じる。


「再度抗議文を送る」


「はっ」


「特徴を書き加えろ」


 側近は羽ペンを取った。


「黒眼黒髪。年齢は二十歳前後、それから――」


 そこで一度言葉を切る。

 リッツェンが証拠を寄越せと言うなら、こちらも切り札を出すまでだ。


「女はすでに純潔を失っている、と」


 側近の筆が止まった。


「……殿下、それは」


「書け」


「……はっ」


 羽ペンが紙の上を走る。


 この時の私は、まだ知らなかった。

 その一文が、隣国にとんでもない嵐を巻き起こすということを――



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