33 切り札
(聖フロイライン国・王子リヒャルト視点)
「なんだと?」
執務室にて、側近にリッツェンからの回答を読ませているのだが。
「もう一度言ってみろ」
「で、ですから、ウッシという名の女性は49歳だと――」
「はぁ!? 貸せ!」
引ったくるように取り上げた回答書には、以下のように書いてあった。
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ご照会のありました『ウッシ』という女性につきまして調査いたしました。
その結果、ご指摘の貴族家に同名の女性はおりましたが、四十九歳の使用人であり、三十年以上同家に仕えていることを確認しております。
なお、該当者以外に『ウッシ』という名の女性は確認できませんでした。
再調査をご希望の場合は、対象者の本名、年齢、特徴等をご提示ください。
確認後、改めて調査を検討いたします。
魔法大国リッツェン
外交部
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「ふざけるな!」
回答文を持つ手に、思わず力が入る。
「……つまり、返す気はないと?」
――グシャ。
私はリッツェンから届いたその手紙を握り締め、床に放り投げた。
そのまま数度踏みつけるが、なお怒りがおさまらない。
「あの女は我が国が、国費を注ぎ込んで異世界より召喚したのだぞ!!
それを……リッツェンの公爵かなにか知らんが、よくもかっ攫ってくれたな!
あの女は私が……私の……!」
言葉に詰まり、ぐっと奥歯を噛む。
「クソ!」
回答文書がちぎれるまで踏みにじる。だが、心は晴れない。
それどころか、苛立ちは増すばかりだった。
そこへ側近が、小声で申し出る。
「……あの、殿下。もしかすると……同郷の聖女様は彼女について、なにかご存知なのではないでしょうか?」
私が聖女に会いたくないのを知っているため、側近もかなり気を遣っているようだ。
「……たしかにな」
聖女とあの女は、あの日同時に神殿へ召喚された。
それはおそらく、あの瞬間、同じ場所にいたということだろう。
となれば、あの二人には何かしらの関係性があるとみて間違いない。
ふむ、聖女の機嫌を取りに行くべきか。
実はあれから、聖女は毎日私に会いたいと訴えているらしい。
聖女は召喚の翌日から、休まず我が国のために祈りを捧げてくれている。
本来ならば、感謝してもしきれない相手だ。
けれどあの、なんとも下品な振る舞いを目の当たりにしてからというもの、生理的にどうしても受け付けないのだ。
「会いに……行かれますか? その、実は神殿から請願書が来ておりますが……」
「いや、行かぬ」
もう二度とあのような目に遭いたくない。
腕に押しつけられた生温かい肉の感触を思い出し、思わず身震いした。
「それでは、誰か代理を……」
そうだ、いいことを思いついた。
「ここへ呼び寄せろ」
ここで、護衛騎士や側近を同席させた上で話をすれば良いのだ。
◇◆◇
「リヒャルト様!」
執務室へ通された聖女サーラは、入るなりぱあっと顔を輝かせた。
両手を胸の前で組み、嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくるが、
「聖女様、そこまでで」
側近が身体を張って止めに入る。
お陰で、ほどよく机から離れた距離で聖女は立ち止まった。
よし。なかなか良い仕事をするじゃないか。
側近に足止めをされ、聖女は一瞬不服そうな顔を見せる。
が、すぐに気を取り直して言った。
「あの、お会いできて嬉しいです!」
「……ああ」
思わず目を逸らしそうになるのを堪えた。
今日は護衛騎士も私の両脇に控えている。
執務机に腰掛けたまま聖女を立たせて話をすれば、さすがに飛びついてくるような真似もできまい。
「今日、その……私を呼んでくださったのは……?」
聖女が期待に満ちた瞳でこちらを見るが……
私はため息を押し殺し、本題を切り出した。
「異世界から共に召喚された女について聞きたい」
「え……?」
聖女の笑みが固まる。
なにを期待していたか、など火を見るより明らかだが、あえて気づかぬふりをする。
「もう一人の女だ」
「え、あの、追い出された人ですか?」
聖女は、心底不思議そうな顔をして私を見た。
「そうだ。あの女の本名を知っているか?」
「いいえ……」
首を横に振る。
なんだ。名も知らぬ、とは使えんな……
「では、何か知っていることはないか?」
「……何も知りません」
聖女は、なぜそんなことを、とでも言いたげな顔を私に向けている。
「召喚の瞬間、同じ場所にいたのであろう?」
「い、いましたけど……本当に偶然なんです」
そう言って、困ったように笑った。
同時刻、同じ場所にいたのに顔見知りでもないと?
「たまたま近くにいただけで、これまで一度も話したことはありません」
私は眉をひそめた。
「本当か?」
「はい」
……なんの役にも立たんな。
静かな空気が流れる。
切り上げようとした、その時。
「あ、あの!」
聖女が慌てて声を上げた。
「そ、その人、娼館へ行ったんですよね?」
なぜか焦ったように聞いてくる。
「……いや」
「え? じゃあ、どこへ……?」
もしかして、同郷の女を気にしているのか……?
「リッツェンが匿っている」
気にかけているものと思い、教えてやる。
「……え? リッツェンって……」
「隣国だ。そこの高位貴族に攫われたらしい」
聖女は目を丸くした。
「攫われた……?」
「ああ。あの日神殿を出た後、たまたまこの国を訪れていた貴族に連れて行かれたようだ」
「へぇ……」
聖女は少し興味深そうに言った。
「何かあるのか?」
問い返すと、聖女は慌てて首を振った。
「い、いえ」
だが、その表情には焦りと動揺が浮かんでいた。
真意を測ろうとじっと見つめると、
「……あの人も、こっちの世界で苦労してるんだろうなって、そう思っていたので」
そんなことを言う。
ふむ。やはり心配しているのか……
知り合いでないとはいえ、同郷のよしみというやつか。
「……どうだかな」
「え?」
私の言葉に、聖女は再び複雑な顔を見せた。
「若い公爵の目に留まったようだ。案外、贅沢な暮らしをしているのかもな」
それに、こちらへ返す気がないところを見ると……
「自慢の手管で、公爵の心を掴んだのだろう」
自分で言いながら、腹の底がじりじりと焦げるような感覚があった。
くそ。
本来なら、あの女は私と……
大きく息を吐き、なんとか苛立ちを抑え込む。
「若い公爵と……?」
聖女はぎゅっと唇を噛み、俯いた。
なにか言いたげな様子だったが、正直興味はない。
私はさっと右手を払った。
「もういい。下がれ」
そう言うと、聖女の顔が一瞬で青ざめた。
「え? もう? お、お食事は……!」
聖女がこちらへ駆け寄ろうとするが、護衛騎士がすかさず前へ出て彼女を制した。
「リヒャルト様!」
私は椅子を横に回転させ、聖女の視線を躱す。
「ちょっ、ちょっと待って!!」
そのまま返事もしない。
少し衣擦れの音がして、やがて静かになった。
「……なんで」
聞こえないふりをする。
「なんで私だけ……」
その声には、先ほどまでの明るさは欠片も残っていなかった。
ふん。
私だけ、なんだというのだ。
こちらも何不自由なく、生活させてやっているというのに。
バタン、と扉が閉まる。
舌打ちをひとつして、私は机へ向き直った。
「外交部へ伝えろ」
怒りがくすぶるまま側近に命じる。
「再度抗議文を送る」
「はっ」
「特徴を書き加えろ」
側近は羽ペンを取った。
「黒眼黒髪。年齢は二十歳前後、それから――」
そこで一度言葉を切る。
リッツェンが証拠を寄越せと言うなら、こちらも切り札を出すまでだ。
「女はすでに純潔を失っている、と」
側近の筆が止まった。
「……殿下、それは」
「書け」
「……はっ」
羽ペンが紙の上を走る。
この時の私は、まだ知らなかった。
その一文が、隣国にとんでもない嵐を巻き起こすということを――




