30 聖女サーラの不満
(サーラ視点)
「こんなの、もういらない!」
――ガシャーン!!
神官の手を払いのけると、果実水の入ったグラスが床で砕け散った。
あ……
一瞬、手を伸ばしそうになってやめる。
「サーラ様、お怪我はありませんか?」
言いながら、その神官は割れたガラスを素早く片づけていく……
いつも身の回りの世話をしてくれるこの神官は、とっても優しい。
でも……それだけ。
私の言うこと、なんにも聞いてくれないんだもん。
優しくたって意味ないじゃん。
「もう何回も言ったよね? 私は炭酸が飲みたいの! コーラとか、ジンジャーエールとか!」
「……申し訳ありません。そのようなものは……」
「もう! ないない、ないないって。ないものばっかりじゃん!
おまけに、あれもダメ、これもダメって。私は聖女だよ? わかってる?」
髪を振り乱して叫んでみても……
「……申し訳ありません」
って、目の前の神官は謝るばかり。
……わかってる。
どうせこの人、私が欲しいものなんてなんにも持って来れやしないってこと。
「もういい! 一人にして! 部屋から出て行って!!」
私はその神官の背中をぐいぐい押して、彼を部屋から追い出した。
神殿が用意してくれた、この部屋。
聖女とかいうからさぁ、もっと豪華な部屋に住めるって思うじゃん?
だって、あれだけ大騒ぎしてたんだよ?
歓迎の宴とかいって、すっごい派手なパーティーだったじゃん。
誰だって期待するでしょ?
なのに実際はこんな……まぁ、けっこう広さはあるよ?
私の部屋が三つは入りそうだもん……でも、それだけ。
地味なベッドに、机でしょ、それから飾り気のないベージュのソファ。
これだけだよ??
テレビなんてあるわけないし。
持ってきたスマホはもちろん圏外だし……
娯楽がなぁんにもないんだよ!?
マジでなんなの!?
暇すぎて死ぬっての!!
ごはんだって、固くてなんか酸っぱい黒パンと野菜のスープ。
ついてるのはソーセージにゆで卵とか。
まずいわけじゃないけど、なんで三食ずっとそうなの??
もっとピザとか、パスタとかあるんじゃないの?
ほんっと、信じらんないよね!?
飲み物も果実水とかいって、たいして甘くもない果物のジュースばっかり持ってくるし。
あー、カレーが食べたい!
うどんも食べたい!
ケーキとか、クッキーとか……
クロワッサンも食べた~~い!!
ふう。
気晴らしに、窓を開けてみる。
涼しい風が入ってきて、ちょっとだけ気持ちがよかった。
通りのずっと向こうに、白くて大きな建物が見えている。
そういえば、あそこは娼館だったっけ……?
「あは……あははっ!」
……あの人、あそこにいるんだよね?
ウッシだったっけ……
もしかして今頃、誰かの相手してたりして!?
あは、かわいそ!
……でも、しょうがないじゃん。
非処女は聖女になれないんだから。
ふふん。
――チリンチリーン
ベルを鳴らす。
「はい、いかがなさいました……?」
さっき追い出した神官が、少し不安そうに聞いてくる。
もう、そんなに怖がらないでよ。さっきはちょっとイライラしたんだもん、仕方ないでしょ?
「大神官を呼んでくれる?」
「……と、おっしゃいますと?」
なんなのよ、その目は……
まるで私が困らせてるみたいじゃん。
「用事があるの!」
「……よ、用事とは……?」
だからその目、やめてよ!
なんでそんなにビクビクしてんの!?
「リヒャルト様に会いたいの! 私、聖女でしょ? いなきゃ困るんでしょ?」
私が前に出ると、その神官は後ずさりする。
そのくせ、ドアの前で手を広げて通せんぼするの、何なの?
「大神官に頼んでくるから、どきなさいよ!」
私が人差し指を突きつけて命令すると、
「いや……」
とか言いながら、すっごい困った顔してる。
……知らないよ?
あんたたち、私が祈るのやめたら困るんだよね?
聖女がいなきゃ、この国どうなるんだろうね?
「……祈るの、やめてもいいんだよ?」
その瞬間、神官の顔色が変わった。
「……っ」
青ざめたまま、彼はゆっくりとドアの前から退く。
「そうそう。わかればいーの。じゃ、行ってくるね!」
あ、とか言って手を伸ばす神官を置き去りに、私はスキップしながら聖堂に向かった。




