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非処女は聖女にあらず?~追放された私、隣国では聖女として溺愛されてます~  作者: コトリちゃん


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29 知らない世界

(ハルト視点)


 一晩中、雨が降り続いた。

 殿下の心模様を映してか、時折雷鳴も響いていた。


 あの後、殿下のご予定がありそのまま帰宅した。

 皇宮での衝撃が大き過ぎて、正直、俺はまだ理解が追いついていない。


 天気のせいか、なんなのか。

 あまり寝た気はしなかった。


――コンコン


「……ハルト?」


 朝の支度を済ませたところに、ゲラルドが入ってくる。


「もう少しで到着されるそうです」

「わかった」


 そう。

 殿下が、朝イチでうちに来られると仰った件だ。


「もし、彼女が殿下のお知り合いなら……」

「……ああ、フロイラインへは返さないだろうな」


 出迎えのためホールへ向かいつつ、ゲラルドと話す。


 正直、彼女をフロイラインへ返すつもりは俺にも無かった。

 何か事情があることはわかるが、あの国のことだ。どうせロクなもんじゃない。


 だが、彼女の得体が知れないのもまた事実。


 俺を上回る魔力量。

 ニホンという未知の国。

 それに、本人すら自覚していない珍しい魔法。


 たしかに監視目的という面もあるにはある。

 だが、このまま我が家で面倒を見るのも悪くはないとさえ思い始めていた。


 ここ数日だ。

 彼女が我が家にきてたった数日で、屋敷の空気は明らかに変わった。


 厨房から漂う甘い匂い。

 ヒューの笑い声。

 使用人たちの明るい空気。


 一晩考えて、俺が一番引っかかっているのは、殿下と彼女の関係についてだとわかった。


 これは本当に単純な疑問だと思う。


 なぜ、殿下は彼女を知っているのだろうか?


 もし、知り合いだったとして。

 二人は一体どういう関係なのだろうか……



◇◆◇



「おはようございます、殿下」


 馬車から降りる殿下へ頭を下げる。


「おはよう……早くから悪いな」


 そう言ってこちらへ向けられた顔には、隠しきれない疲労が滲んでいた。


 やはり昨夜は、ろくに眠っておられないのだろう。


「こちらです」


 今朝も彼女は厨房で料理人たちと働いているはずだ。


 料理長からの報告によれば、働きぶりはかなり良いらしい。


 手際もよく、人柄もいい。

 厨房の連中も随分懐いているとか。


 特に若手のティムは、やけに彼女を気に入っているらしい。


 ……別に、それ自体は構わないのだが。


 ガタン!!


 思いのほか、力が入っていたようだ。

 使用人食堂へ続く扉を開けた瞬間、派手な音を立ててしまった。


 一斉に視線が集まる。


 俺とゲラルドが先に入って道を開けた。


 その後ろから、殿下がゆっくりと中へ入られる。


 ――次の瞬間だった。


 殿下の視線が、彼女を捉える。

 それまでの疲れた表情が一変した。


 そして殿下は、そのまま駆け出すように彼女の元へ向かわれた。


「……りり!」


 殿下は彼女のことをそう呼ばれた。

 彼女も弾かれたように顔を上げる。


 それから二人は、聞いたこともない言語で話し始めた。


 すぐ隣のゲラルドを見るが、ゲラルドもわからないらしく、小さく首を振るだけだった。


 だが――


 言葉が分からなくても、二人の空気だけは嫌というほど伝わってくる。


 殿下の愛しげな表情。

 彼女の震える声。


 まるで長い間探していた誰かをようやく見つけ出したかのような……


 やがて、殿下の手が親しげに彼女の頭へ置かれる。


「ジーク……」


 彼女は今、たしかに殿下をそう呼んだ。

 愛称を――


 次の瞬間。


「ジーク!!」


 今度は叫ぶようにそう呼んで、彼女は勢いよく殿下へ抱きついた。


 殿下もまた、愛おしむように彼女を抱き締め返している。


 そして二人は、ただ見つめ合って笑った。

 困ったような笑みでも、気まずさを誤魔化すような笑みでもない。


 心の底から安堵したような、泣きそうな顔で見つめ合っている。


 食堂は、水を打ったように静まり返っていた。



 窓の外に目を向ければ、厚い雲の切れ間から朝の光が静かに差し込んでいる。

 まるで女神の祝福が注がれるかのように……


 だが。


 殿下が彼女を抱きしめている。

 俺はなぜか、その光景から目を逸らせなかった。



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