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非処女は聖女にあらず?~追放された私、隣国では聖女として溺愛されてます~  作者: コトリちゃん


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28 その呼び方


「いやぁ、昨日の雷やばかったよなぁ」

「絶対、女神様怒ってたって!」


 厨房では朝の支度がひと段落して、みんなが使用人食堂に集まっていた。

 あちこちで昨日の落雷というか、大荒れだった天気について話してる。


 女神デメテル様のご機嫌、大丈夫かな?


 一晩中降り続いた雨は止み、今は薄曇りの空が広がってる。

 

「ふふん。女神様はご機嫌ななめかもしれないが、実は俺、昨日はいいことあったんだ」

「え? なに、お前も!?」


 そんな言葉が聞こえてくると、隣のティムも話しかけてきた。


「そうそう、実は僕も昨日いいことあってさ。あれって絶対リリーさんの”くっきー”食べたからだよ?」

「えー、そんなわけ。っていうか、どんないいことがあったの?」


 私が聞くと、ティムは嬉しそうにしゃべり始めた。


「それがさ、もう何か月も前に失くしたペンが見つかったんだよ。諦めてたからほんと、嬉しくってさぁ」


 へぇー。

 そういうの、地味に嬉しいかも。


「亡くなった祖母からの贈り物だったんだ」

「うわぁ、それは良かったね」


 私が笑って返すと、


「なに? ティムもいいことあったの? 俺なんかさ、昨日ずっと気になってた子に告白されたんだぜ?」


 って、向かいの席からめちゃくちゃ嬉しそうに割り込んでくる先輩料理人の声が。


「なんかこれ、絶対リリーさんの魔法のおかげだよな?」


 なんてあちこちで言われて、少し恥ずかしくなった。


 昨日、魔法なんて使えないくせにお祈りポーズとか調子に乗ってやったから……

 きっとみんなにからかわれてるんだ。


 もう、いじりとかやめてー。


「ねぇ、リリーさん」


 そこへティムが少し真剣な顔で話しかけてくる。


「なあに?」

「もしさ、まだ行き先が決まってないなら、うちの兄夫婦がやってる宿屋で働かないか?」


 え?

 ……ほんとに?


「料理人のおっちゃんがもう歳でさ、手伝ってくれる人探してるんだって。泊まり込みでもいいからって」

「ほんとにいいの? 私、迷惑じゃないかな?」


 私は食事の手を止めて、ティムのほうを向いた。


「迷惑なわけないって! リリーさんってすごい手際いいじゃないか。兄さんたちもぜひって言ってくれたんだ」


 ティムが興奮気味に褒めてくれて、ちょっと恥ずかしいくらい。


 ありがたい……助かる。

 本当に。


「あと三日でどうしたもんか、本当はずっと考えてたんだよね……」


 そう零すと、

 ティムが「なら良かった」って明るく笑った。


「兄さんたちも絶対喜ぶよ。だってリリーさん料理できるし、お菓子も作れるし!」


 助かった……


 正直、これからどうやって生きていこうってずっと不安だった。


 だから――


「ありがとう、ティム。じゃあぜひ――」


 そう言って笑った、その時だった。



 ガタンッ!!


 突然、食堂の扉が乱暴に開かれた。


「なっ……!?」


 室内の空気が、一瞬で凍りつく。

 入ってきたのは、公爵様とゲラルド先生。


 ――だけじゃない。


 その後ろには、物々しい騎士たちがずらりと並んでいた。


 え?

 うそ……


 バレた!?

 あの王子に私の居場所がバレたんだ!!

 

 反射的に身を縮める。

 連れ戻されるーー

 そう思った。


 でも。

 入ってきたのは、私が見たあのリヒャルトとかいう王子ではなかった。


「こ、皇太子殿下……!?」

「なんでこんな場所に……」


 誰かが小声で呟いた。


 皇太子?


 思わず視線を向ける。

 そこに立っていたのは、息を呑むほど綺麗な男の人だった。


 金色の髪に、吸い込まれそうな青い瞳。

 一瞬、言葉を失った。


 ただ立っているだけなのに、周囲の空気そのものが違う。


 でも――


 その人は、真っ直ぐ私のもとに向かってくる。

 

 え、なに?

 やばいやばい。私、やっぱり捕まっちゃうの?


 両手を胸に抱き、体を丸めたら――



「……りり!」


 って少し焦った声が聞こえた。


 え?


 胸が、変にざわつく。


 なんで私の名前……?


 顔を上げて周りの様子を見てみる。

 騎士たちも、公爵様もただこっちを見てるだけで誰もこの人を止めない。


 食堂は水を打ったみたいに静まり返っていた。


 そして、その人は私のすぐ目の前で立ち止まる。


『……りりたん』


 ――え。


 その呼び方に、心臓が大きく跳ねた。


 今の呼び方。


 その声。


 私を見つめる眼差しがまるで――


『……桜乃川、りり?』


 その瞬間。


 目の前の男の人が口にした言葉は、“日本語”だと気づく。


 違うんだ。


 この世界にきて私がしゃべってた言語は日本語じゃなかった。

 文字と同じで自動翻訳されてたんだ……


 今、聞こえた言葉はちゃんと、日本語。


『え……どうして……』


 震える声でそう返した私の言葉も、日本語だった。


 食堂のみんなが、不思議そうな顔をしている。


 通じてないんだ。


 日本語が分かってるのは、目の前のこの人だけ。


 金髪の皇太子は、泣きそうな顔で笑った。


『……お前、姉ちゃんにそっくりだな』


 ――!?


 その言葉で、全部繋がった。


 “りりたん”って呼び方。


 優しい声。


 どこか懐かしい空気。


 それから――姉ちゃん。


 知ってる。

 こんな風に呼ぶ人、私は一人しか知らない。


『……ジン、君?』


 私はゆっくり立ち上がると、一歩前に出た。


『……ああ』


『ほんとに……?』


 震える声が漏れる。


『ほんとに、ジン君?』


 見上げると、あの頃みたいに優しい手が私の頭に下りてきた。


『そうだよ』


あの頃と同じ声で、ジン君が笑う。


『桜乃川仁だよ』


 それから、ぽんぽんって。

 私の頭を撫でるジン君に、私は勢いよく抱き着いた。


『ジン君!!』



 食堂は、異様なほど静まり返っていた。




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