25 幸せの魔法
「え、リリーさん、ここ続けないの?」
「はい。実はあと四日だけなんです」
今日も今日とて、私は厨房のお手伝い。
朝の業務が落ち着いたところで、今はティムと並んで食事をとっている。
ここは使用人食堂。
飾りっ気無しのシンプルな木製テーブルで、黒パンとウィンナー、それから目玉焼きに野菜スープを頂いてます。
いやぁ、これでも十分すぎるくらい豪華だよね。
公爵家、滞在三日目。
昨日から厨房のお手伝いをさせてもらってるけど、仕事があるって本当に素晴らしいことだよ。
だって時間と心の両面で、思い悩む余裕なんてなくなるから。
「えぇー、ずっとここで働けばいいのに……」
「そうだよ、ご主人様に頼んでみたら?」
別の料理人さんにも声をかけられる。
「いえ、それが……ここへ連れてきていただいた時に公爵様と約束したんです。一週間で出ていくって」
私が言うと、みなさんが残念そうに声をかけてくださった。
「そっか……それは残念だな」
「リリーさんのお陰でお屋敷がすっかり明るくなったし、居てくれたら俺たちも嬉しいんだけど……」
なんて声も聞こえる。
「そうそう! こないだだってなぁ、ご主人様のあの笑顔、見ただろう?」
「――が亡くなられてから、坊ちゃまもすっかりふさぎ込んでいたもんな」
ん?
なにか聞こえちゃいけない単語が聞こえた気がしたよ?
亡くなられた……?
あぁ、やっぱりそうだ。
ヒューのお母さん、つまり公爵様の奥様はお亡くなりになってるんだ。
まだあんなに小さい子が、お母さんに甘えることもできなくて……
それなのに、ヒューは私を励ましてくれた。
そんなことを考えていると、厨房の入り口からかわいい声が聞こえてきた。
「リリー、一緒に遊ぼう!」
「え、ヒュー? 授業はどうしたの?」
私が座るテーブルまで駆け寄って、ヒューはそのままポフッと私の胸に飛び込んできた、
か、かわいいっっ!
そのふわふわの金髪をそっとなでると、「へへっ」と照れたように微笑んだ。
私を見上げる水色の瞳が、宝石みたいにきらきら光ってる。
「今日はね、父様とゲラルドは皇宮へ行かれるそうです。ほら、昨日――」
「あー、あれか……」
そうだった。
なんで私、のんきにご飯食べてたんだろう。
昨日、魔力の測定であのでっかい水晶玉を割っちゃったんじゃん……
「あれ、絶対高価なものだよね? 弁償しなきゃ……」
私が落ち込んでいると、
「大丈夫、大丈夫! 父様なんにも言ってなかったよ?」
「いや、でも」
働いて返せるものならそうしたいけど……でも、あと四日で出ていく身だしなぁ。
うん、これに関してはゲラルドさんが戻り次第相談してみよう。
「今日は授業もないし……僕、リリーと一緒にいたいなぁ」
そんな風に言われたら、断れるわけないよね。
私も、学校が休みの時は家で退屈してたような……一人っ子だったし。
でも、うちには十歳しか年の離れてない叔父がいたんだよね。
叔父っていうか、お兄ちゃんみたいな人だった。
ジン君って呼んでたんだ――
「リリー?」
「あ、ごめんごめん。じゃあ、今日は私と一緒にお菓子作ってみる?」
「えっ、お菓子?」
「うん、クッキーとかどうかな?
ショートブレッドもいいけど、卵が入ったサクサクのやつ。まだ食べたことないでしょう?」
そう尋ねると、ヒューは目をキラキラさせて「くっきー!!」と飛び跳ねてる。
こんな小さい子が、毎日勉強と魔法の訓練を頑張ってるんだよね。
……本当は、まだ甘えたい年頃だろうに。
「よし!」
「うわぁ」
私はヒューを抱き上げると、くるりとその場で一回転した。
「今日は、食べたら幸せになれるお菓子を作るぞー!」
「きゃははっ! つくるぞー!!」
◇◆◇
「リリー、こう?」
「そうそう、ヒューは器用だねぇ」
ふわふわの髪を撫でそうになって、ぐっと耐えた。
危なかった。手にバターとか粉とか、色々付いてるから。
今、私はヒューとクッキーの型抜きをしてるんだ。
型?
ないですよ、そんなもの……
だからほら、小さめのコップで代用してるよ。
「粉を付けて……ぐー、ぽんって」
「ぐー、ぽん! 取れたぁ!」
喜ぶヒューの声が、厨房全体に響き渡る。
私が麺棒で伸ばした生地を、ヒューがコップで押さえて型抜きをしていく。
二枚の天板には、たくさんの丸いクッキーが並んでいた。
「じゃあ、仕上げに魔法をかけよっか?」
私がそう言うと、ヒューがキラキラした目で見上げてきた。
「どんな魔法?」
「お、リリーさん、どうするの?」
ヒューだけでなく、ティムや周りのみんなも興味津々な様子。
あ、なんか、ごめんなさい……
「いや、ほんとの魔法じゃないですよ?」
言いながら、両手を組むと額にそっと押し当てた。
「こうしてね――」
それっぽく目を閉じて、祈るように――
「美味しくなあれ……」
そっと呟いて目を開けると、みんながぽかんとしてた。
一瞬の間――そして、誰かがハハハッて笑った。
そこへ。
「僕もー!!」
ヒューが隣へぴったり並んできた。
そして一生懸命、私の真似をする。
「おいしくなあれ!」
その姿が可愛くて、またみんな笑顔になった。
私はそんなヒューの隣で、もう一度祈りのポーズを取る。
そして願った。
今度は少し真剣に。
ヒューが、寂しくありませんように。
それと、ささやかでいいんです。
これからも、みんなが笑って過ごせますように……
――ピコン。
ん?
今、なんか通知音が――
〇~~~~~~~~○
効果:幸福付与(微)
〇~~~~~~~~○
目の前に光るパネルが浮かび、すぐにスゥッと消えた。
……え?
なに、今の?
あー、まぁ……”幸福”って書いてあるくらいだし……大丈夫だよね?
しかも(微)だし。
オーブンから、甘く香ばしい匂いが漂い始めていた。
「リリー! すっごくいい匂い!」
はしゃぐヒューの声に、また厨房のみんなが笑う。
――うん。
こんな日が、ずっと続けばいいな。




