23 割れた水晶
「わぁ! これなぁに!?」
ヒューの目の前に、ホイップクリームを巻いたロールケーキを置く。
失敗したんじゃないかって?
ふふふ。
メレンゲは盛大に吹っ飛びましたがね、結果はご覧の通りですよ。
……まぁ、種明かしをすると、全部ティムに混ぜてもらったんだけどね。
今日のところは、だよ?
「これはロールケーキっていうんだ」
「ろーるけーき?」
ヒューはお皿に顔を近づけ、キラキラした瞳でケーキを観察している。
かわいいなぁ……
「中に何が入ってるか、わかる?」
「えっと、ホイップクリームと……いちごだぁ!」
へへ、厨房で教えてもらったんだ。
ヒューは苺が好きなんだって。
「あの、ゲラルド先生もどうぞ」
今日はこれから授業の時間。
午前中の大惨事を聞きつけたらしく、急遽、魔導具について教えてもらえることになった。
せっかくだもん。コツとか、基本的なことも色々聞いとかなきゃ。
「……こちらにも卵を使ったのですか?」
「そうなんです。スポンジっていうか、卵を泡立てるとこんなふうにフワフワになるんですよ」
「ねぇねぇ」
そこにフォークを手にしたヒューが、うずうずした顔で見上げてくる。
「あっ、どうぞ召し上がれ」
私の言葉を合図に、ヒューはロールケーキにフォークを挿し込んだ。
「うわぁ! ふわふわだぁ~!」
ヒューは目を輝かせながらスポンジを切り分けると、そっと口に運んだ。
「ん~~、美味しい♡♡」
嬉しそうに頬張る姿に、思わず私の顔も緩む。
隣ではゲラルド先生も、静かにロールケーキを口に運んでいた。
「……これは驚きました。まるで雲を食べているようですね」
ふふ、でしょ?
今日はティムの手を借りたけど、魔道具さえマスターすれば私にもちゃんと作れるもんね。
――と、その時だった。
ロールケーキを飲み込んだゲラルド先生が、眉を寄せる。
そして、胸の前でゆっくりと手を握ったり開いたりしている。
……え?
それ、昨日公爵様もやってたけど、なに?
「ゲラルド先生?」
「あ……いえ、妙ですね。気力が少し回復している気がして……」
え?
ロールケーキで?
ああ、そっか。
「疲れてる時は甘いもの、ってやつですよ」
人差し指を立てて、ゲラルド先生に言ってみる。
「……リリーさんの国の諺ですか?」
真顔で聞き返されちゃった。
いやいや、そんな諺なんてないから。
「常識というか、そんなところです」
なるほど。
ひとつ頷いて、ゲラルドさんはまたロールケーキを口に運んでいる。
そうそう、ついでに確認したいことが……
「あの……ちょっと聞いてみたいんですが、魔力ってMPのことですか?」
「え? えむぴーとは?」
あれ?
MPって、マジックポイントじゃなかったっけ?
「もしかして、リリーさんのお国では魔力のことを“えむぴー”と呼ぶのでしょうか?」
「いや、そもそもあっちの世界に魔法とかないんで――」
「あっちの世界?」
ヤバい。ロールケーキを完食したヒューが、不思議そうに聞いてきた。
「いや、私の国に魔法は存在しないのですが、想像の世界で魔力のことをMPって呼んでた気がしたんです」
苦し紛れにそう説明すると、
「じゃあ、“えむぴー”はニホンゴですか?」
え、マジックポイントって英語だけど?
……いや、やめておこう。
これ以上違う言語出したら、絶対ややこしくなる。
「……まあ、そんな感じです。ところで普通、魔力ってどれくらいなんでしょうか?」
さっき、ティムと話してて思ったんだけど、この機会に標準値くらい知っておきたいよね。
「そうですね。平民なら1000~3000程度でしょうか。下級貴族で5000前後、高位貴族や王族ともなれば10000を超えます」
「へぇ……」
王族でも一万超え。
……え?
じゃあ私、ステータス見間違えたのかも。
28020じゃなくて、2802.0とか?
うん、きっとそうだ。
あ!
それか、マジックじゃなくて真面目の“M”かもしれないし?
顔を上げると、ゲラルド先生と目が合った。
「……では、一度測定してみましょうか」
「え?」
なんか、少しだけ不安。
気にしすぎかな……?
「魔導具を扱う以上、自分の魔力量を把握しておくことは大切ですからね」
「やったー! リリーの魔力を測ろう!」
なぜかヒューがすごく張り切っている。
ゲラルド先生も食べ終わり、立ち上がると隣の部屋から、バスケットボールくらいの大きな水晶玉を持ってきた。
机に置くと、ゴトンと重そうな音が響く。
「リリーって、なんかすごそうだよね?」
机の端につかまって見上げてくるヒューが、すっごくかわいい。
「ふふ、どうだろうね。私、魔法使えないし……」
「そんなことないよ! リリーが作ったもの食べると、毎回すっごい元気出るもん! 絶対魔法使ってるよ?」
いや、まあ……
お菓子は人を幸せにするっていうからね。ある意味、魔法みたいなものかも?
「さあ、リリーさん。こうやって、ここに手を乗せるだけですよ」
そう言って、ゲラルド先生は自ら水晶玉へ手を置いた。
すると――
ぱあっと白い光が広がる。
「うわぁ、きれー!」
「ゲラルド、すごーい!」
「この装置で正確な数値は測れませんが、低い方から赤、橙、黄色、白、そして青白い光を放ちます。大体の目安ですけどね」
「白ってことは、ゲラルド先生はかなり魔力が多いんですね?」
「ええ。私は9000を超えていますので」
「……なるほど」
いや、大丈夫。
私はきっと2800ぐらいのはず。
「ちなみに僕はこんな感じ!」
今度はヒューが椅子の上に立って、ぺたりと小さな手を乗せた。
するとやっぱり白く光る。
「うわぁ、すごいね!」
でも、ゲラルド先生より少し控えめかな。
「あー、やっぱりまだまだゲラルドには敵わないや」
「ヒュー様はまだ四歳ですよ。十分すごいです」
なるほど。
これ、完全に貴族基準なんだ……
「ほら、次はリリー!」
きた。
……なんか、流れ的に嫌な予感がしないでもない。
「大丈夫、できるよ?」
にっこり笑うヒュー。
……なんかその台詞、さっきも聞いた。
ティムから。
でもここで逃げるのも変だよね……
もう、しょうがないな!
「じゃあ、行きます!」
そっと水晶玉へ手を乗せた瞬間――
ぱあああぁぁぁっ!!!!!!
眩しすぎるほどの青白い光が部屋いっぱいに広がった。
「わぁっ!?」
思わず目を閉じる。
その直後。
――ピシッ。
え。
恐る恐る目を開けると、水晶玉に一本のひびが入っていた。
「あ、割れ――?」
「すごいやリリー!! 父様とおんなじ色だった!!」
ヒューはぴょんぴょん飛び跳ねて大喜び。
一方で、ゲラルド先生は割れた水晶を見つめたまま固まっている。
そして、ゆっくりと眼鏡を押し上げた。
「……ハルトに報告しなければ」
そう言い残して、ゲラルド先生は部屋を出て行ってしまった。
えっ。
待って……べ、弁償とか?
これ、もしかしてめちゃくちゃお高いやつだったりするんじゃ……!?




