22 メレンゲ大爆発
「リリーさん、お砂糖はここね」
「ありがとうございます!」
「小麦粉はここに置いとくよ」
「はい!」
料理人のティムという青年が、手際よくサポートしてくれる。
彼は今朝からずっと私についてくれて、食糧庫を案内してくれたり、厨房のルールとかいろいろ教えてくれるんだ。
彼だけでなく、ここで働くほとんどの人が茶色い髪に緑色の瞳。
日本でいう、黒眼黒髪っていう感覚が、ここでいうそれなのかなって思ってる。
ちなみに、ティムは茶色い巻き髪に少しそばかすのある可愛いタイプの男の子。しかもまだ二十歳になってないんだって。
で、ここがどこか、もうわかった?
ふふふ。
公爵様の、あの冷たーい視線に縮こまりながらも勝ち取った、正当な権利ですよ。
今日から私、このリンデンバウム公爵家のデザート係です!
『リリーは明日から、我が家のデザート係ですよね!?』
って、ヒューが念を押してくれたおかげで、無事にお仕事ゲットですよ。
欲を言えば、製パン担当が良かったけど……
まぁ、あと五日でここを出ていく約束だから、そんな贅沢言えるわけないんだよね。
「……それにしても、卵をお菓子に使うなんて思いつかなかったなぁ」
これ、昨日も言われたんだけど。
私からしたら、そもそも材料がこんなにも揃っているのに、卵を使っていなかったことのほうが驚きだよ。
「リリーさんは天才だね」
「いやいや、違いますから!」
天才とか、まじでやめてほしい。
プリンとかレシピ見たらみんな作れるし、そもそも私が考えたわけじゃないのに。
「それにさ……ご主人様って、あんな風に笑うお方じゃないんだよ?」
「そうなんですか?」
「そうだよ! 巷じゃ、氷の公爵様って有名なんだから!」
氷の――とは、またベタな二つ名がついてるんだね。
けど、それでみんなあんな反応だったんだ……
話を聞きながらも、作業の手は止めない。
「あの、なにか泡立て器というか、混ぜる器具ってありますか?」
今日はね、おやつにロールケーキを作るんだ。
本当はシフォンケーキを焼きたかったんだけど、シフォン型がないんだよ……
そりゃね、お菓子に卵を使わないっていう既成概念があるからか、そもそもスポンジケーキが存在してないみたい。
でもオーブンはあるみたいだから問題なし。
ロールケーキなら天板で焼けるもんね。
「混ぜるって、わぁ、どうして白身と黄身を分けたの?」
ティムが二つのボウルに分けた卵を覗き込んでる。
「卵は白身を分けて泡立てた方が、より軽くってふわふわになるんですよ」
「へぇ~、そうなの?」
ティムは話しつつも、あれやこれやと動いてくれる。
「それなら……これ、どうかな? 魔導ミキサー」
ティムが調理台の下からスティック状の器具を出してくれた。
やった、ミキサーあるんだ!
違うのは……電源コードがついてないこと。
ああ、コードレスか。
って、いやいや、聞き逃すところだった。
「ま、魔導……??」
「そう。魔導ミキサー。お粥とかスープとか、撹拌するのに便利なんだよ?
あ、そうか。リリーさんは外国の方だから、あんまり魔法が身近じゃないんだっけ?」
あんまりどころか、これまでの人生で使ったこともないけどね。
「……実は、魔法のない国からやってきたもので……」
「えぇ! 魔法がないの? それは不便だったろうな……え、でも魔力はあるんだろう??」
魔力?
たしか、こないだ倒れる前に出た通知では、MP28020……だったような?
MPって、魔力のことだよね?
……多いのか少ないのかは、わからないけど。
「あー……ちょっとは、あるみたいです」
「なら問題ないと思う。ほら、こうやって使うんだよ」
ティムが、白身だけ入ったボウルにその魔導ミキサーの先端を差し入れた。
すると、ブーンという高い音がして、ヘラの形をした先端の器具が高速で回転し始める。
「わぁ、すごい!」
要するに、電気の代わりに魔力で動かしてるってことだよね?
なにそれ、すごい便利じゃん!
電気代要らないってこと??
「簡単だろ?」
私が感心してる間に、ティムは一旦手を止めて、ボウルごとミキサーを手渡してくれた。
「この銀色のところに指が当たるようにしてね、魔力センサーだから」
ティムが人差し指で示すところをぎゅっと握りこんでみる、けど。
――しーん……
「あれ、おかしいな?」
ティムが首を傾げる。
っていうか、電源とかないんだよね?
「なにか……使うためのコツとか、意思表示とかいるんですか?」
「ああ、そうか。イメージかな、じゃあ」
そう言って、ティムがもう一度私の手からスティックミキサーを取ると実演してくれた。
「こうやって、銀色の部分を握りこむだろう? で、ヘラが回転するイメージを持ちつつここに力を込める……かな。はい」
もう一度私の手に戻ってきたスティックミキサー。
「大丈夫、できるさ」
ティムはにっこり笑って、私を安心させてくれる。
……やめて。
ちょっとドキッとしたじゃない?
かわいい後輩みたいな……いや、教わってるのは私の方だってば。
よし、次は行けるはず。
私はいつも職場で使うスタンドミキサーの回転をイメージしながら、ぎゅっと強く握りしめた。
すると――
ギュイ――――ン!!!!
聞いたこともないくらいのでっかい音と、一瞬でメレンゲが白い柱みたいに立ち上がって――そのほとんどがボールの外に爆散した。
後に残ったのは、顔や頭にメレンゲをくっ付けたティムと私。
一瞬の沈黙。
ぽたっ。
ティムの前髪からメレンゲが垂れた。
次の瞬間、それを見た厨房のメンバー達からドッと笑い声が上がる。
……いや、どうしてこうなった!?




