21 氷を溶かすもの
「うわぁ、リリタンだぁ」
「……」
花が開いたような笑顔のヒューと、無口で無表情な公爵様。
対照的な二人の前に、蒸し上がったばかりのプリンを並べた。
ここはリンデンバウム公爵邸の厨房。
決して近くで見ることのない、ご主人様に坊ちゃまのヒューまでも調理場に入って来ちゃって、料理人の方々めちゃくちゃ緊張してるんだよね……
なんか、私のせいでごめんなさいね。
二人には、料理人さん達がいつも休憩に使ってると思われるシンプルな木製テーブルに掛けてもらった。
そして今、まさに実食タイムが始まろうとしている。
でもその前に……
「あの、公爵様?」
呼びかけに答える代わりに、公爵様はその薄氷色の瞳でじっとこちらを見た。
「もしこのプリン、いや、リリタンが美味しく出来ていたら……その、明日からここでお手伝いさせて欲しいんです」
さっき、食事の時にお願いしたら変な空気になっちゃったよね。
だけど、ぶらぶら暇してるのは性に合わないから。
「……」
勇気を振り絞ってもう一度お願いしてみたんだけど、公爵様はやっぱり無言でした。
ただ、透き通るアイスブルーの瞳でじいっと私を見てるだけ。
その鋭い目つきは、クールを通り越してもはや怖いだけなんだけど、目を逸らすのはなんか違う気がして直立不動で返事を待ったよ。
そしたら公爵様、急に眉根を寄せたと思ったら、
「なぜ、容器に入ったままなんだ?」
って、そんなことを聞いてくるの。
まるで『いつも食べているのと違うじゃないか』とでも言いたげな、ちょっと不満気な声でね。
それが意外というか、なんか雰囲気が少しだけ和らいだ気がしたよ。
「これは先程のリリタンより、少しトロトロっていうか柔らかく作りました。
本日二つ目のリリタンですから、食べやすいほうがよろしいかと――」
あっ、ちょっと!
私が喋ってる間に、二人とも迷いなくスプーンを突っ込んでるし!
「まだ、そんな冷めてないのかも――」
って私が言うと同時に、公爵様がひらりと一度左の手首を振った。
何の音もしなかった。
けれど――
「父様、ありがとうございます! じゃあリリー、頂きます!」
ヒューは、容器に差し込んだスプーンを引き上げると、そのままパクっと食べちゃった……熱くない、んだよね?
もしかして今の、冷やす魔法だった?
「ん~~っっ♡」
ほっぺにもう片方の手を添えて、美味しいって気持ちを素直に表現してくれるヒュー。
隣では公爵様が、ヒューの最高の笑顔を見届けてから、プリンに差し込んでいたスプーンをゆっくりと引き上げた。
多めの卵黄と低めの温度で蒸し上げたから、きっとクリームのように柔らかいはず。
公爵様はまず、じっくりと目の前までスプーンを持ち上げると、そのまま私の作ったプリンを観察した。
無表情ではありながら、しげしげとスプーンにのった柔らかプリンを見つめる様子は、なんだか……
ギャップっていうのかな、ちょっと可愛いかもって、さすがにそれは失礼か。
その間も、ヒューは可愛いお口にぱくんぱくんとプリンを運んでる。
何往復かのそれを見届けて、公爵様もようやく自分のプリンを口に運んだ。
「ふ」
それは静かな、けれど思わず溢れ出たような笑顔で……
見た?
ちょっと、みなさん見ました?
公爵様……今、笑ったよね?
って周りを窺い見ると、料理人さんたちもびっくりしてるみたい。ザワザワしてる。
って、公爵様はもういつもの無表情に戻ってるけど。
それからまた、二口、三口と繰り返しスプーンを動かしていく。
隣では、早々に容器を空っぽにしたヒューが、眩いばかりの笑顔で公爵様を見つめてる。
「父様、どうですか? リリーのお願い聞いてあげられそうですか?」
って、期待に満ちた目で公爵様のお顔を覗き込んでいるんだけど。
「美味しいよね?」って言わんばかりのキラッキラの笑顔ですよ。
もうなんて可愛らしいんでしょうって、見惚れてる場合じゃなくて。
静まり返る厨房。
公爵様は洗練された動きで、ゆっくりとプリンを完食なさった。
で、ドキドキしながら公爵様の反応を待っているんだけど、どうなの?
「……」
公爵様は、右手をグーに握りしめてゆっくりと開く。
それを何度か繰り返してから、手を顎の下に持ってくると何やら考え込んでしまった。
「父様?」
って、ヒューも不思議そうに声を掛ける。
「……ふむ。美味かった」
「あ、ありがとうございます!」
良かった!
とりあえず、嬉しい感想を頂きましたよ!
「じゃあ、リリーは明日から厨房のお手伝いをしてもいいんですよね? ね?」
って、ちょっと強引なくらいヒューが確認してくれるんだけど、
「……ああ」
って。
なんだか、心ここに在らずなお返事。
あのー、ほんとに宜しいのでょうか?
なにやら考え込んでらっしゃるご様子ですけど?
「父様、リリーは明日から、我が家のデザート係ですよね?」
絶賛思考中の公爵様に、ヒューが横から畳みかけるように声を掛けたら、
「ああ、そうだな」
って、今度はちゃんと顔を上げて答えてくれたと思ったら――
公爵様、ヒューの頭に手を置いてぽんぽんってしながら、柔らかく微笑んだの。
それはさっきちらっと見せたほほ笑みより、もっと穏やかで、優しい笑顔。
……そっか、そうだよね。
公爵様だってお父さんなんだもん。
って、感心して見ていたら、当のヒューはびっくりした顔で固まってるし、周りの料理人さんたちは逆に静まり返ってるし。
……え? なに?
……なんなの!?




