20 これが聖女……?
(リヒャルト視点)
「あ! やっぱりリヒャルト様だぁ~♡」
聖女は許可もなく執務室へ入り込み、ドカッとソファに腰掛けた。
そう、私のすぐ隣に……そして顔を覗き込んでくる。
「リヒャルト様ぁ?」
あまりに無作法。
あまりに下品。
聖女のもといた世界では、これが当たり前なのか?
私が呆けている間に、身体をぴたりと密着させてきたと思ったら、左腕まで取られてしまった。
しかも、抱き込まれた左腕には――柔らかな感触が否応なく押し付けられている。
「聖女様!! 不敬ですぞ! 今すぐおやめください!」
大神官が大慌てで立ち上がり、声を張り上げた。
私はというと、聖女の一連の行動に頭が追いつかず、反応できずにいた。
しかし、大神官の大声でようやく我に返る。
同時に、聖女が巻きついた腕を振り払いながらなんとか立ち上がった。
「きゃっ、ひどいですぅ! リヒャルト様は私に会いに来てくれたんじゃないんですかぁ!?」
どうして?
と、心から不思議そうな顔で、聖女はソファに腰掛けたまま私を見上げている。
どうして?
それを聞きたいのは、こっちのほうだ。
そもそも誰が私の名を呼んでいいと言った?
「大神官、私は夢を見ているのか?」
「やぁだあ、リヒャルト様ったら。夢なんかじゃないですよぉ」
「殿下、私も信じられないのですが、どうやらこれは現実のようです」
「そうだよぉ。サーラ、リヒャルト様に会いたくて、朝からお仕事頑張ったんですぅ。
だから、会いに来てくれてとぉっても嬉しいなぁ」
私と大神官の会話に割り込みながら、聖女は両手を広げて、また私に抱きつこうと寄ってくる。
私はすかさず、対面のソファへと回り込んだ。
「もう! リヒャルト様ったら、どうして逃げるんですか?」
……この女、アホなのか?
あ、しまった。
彼女は女神アルテミスが我が国のために渡して下さった、正真正銘の聖女なのだ。
大神官も立ち上がり、私を背に庇いながら聖女に向けて言い放つ。
「聖女様、ひとまずお部屋にお戻りください。これから夕食だと先程申し上げましたでしょう?」
「えー、でも、リヒャルト様は私と一緒にご飯を食べるためにいらっしゃったんでしょう?」
はぁ?
何を言っているんだ、この女は?
「殿下は急ぎの用があってこちらを訪ねて来られたのです。決して貴女様に会うためではございません」
「えぇー、なにそれ!」
女は、プンプンっとか言いながら頬を膨らませた。
――?!
なんの真似だ?
もしかして、機嫌を損ねたという意思表示か?
うわ……なんだこの面倒臭い女は……
「聖女様、ひとまずお下がりください。私は殿下と大切な話がございます」
大神官が、執務室のドアを開け聖女の退室を促す。
「お前たち、入りなさい」
大神官は、ドアの外に控えていた若い神官二人に声を掛けた。
そうして部屋に招き入れると「丁重にご案内しろ、わかるな?」と言った。
若い神官のうち一人は黙って頷き、もう一人は「えっ? あっ、はい」と少し動揺を見せたが、すぐさま揃って聖女の両側に立った。
そうして、
「えっ、ちょっと?」
「ささ、サーラ様、どうぞこちらに」
「待っ、やぁだ! リヒャルト様っ、助けて――」
「サーラ様、本日もご馳走様をご用意しておりますよ」
「果物もたくさんご用意しておりますからね」
優しく声をかけつつも、二人の神官は両側から聖女の腰、背中にそれぞれ手を添えて強引に前へと歩かせていた。
聖女が振り返ろうとしたのが見えたので、私は慌てて顔を背けた。
――ガチャリ
ドアの閉まる音がして、私はようやく背けていた顔を正面に戻すことができた。
「ふぅ……大変失礼致しました、殿下」
見れば、大神官も胸元に片手を当て、大きく息を吐いている。
嵐が去ったような静けさの中、私も深呼吸を繰り返した。
「すごいな、あれは……」
「はい。実は先程まで、あの方に、殿下はいついらっしゃるのかと詰め寄られておりました」
私と聖女は、昨日召喚直後に、歓迎の意を込めて晩餐を共にした。
ただ、それだけだ。
次の約束など、していないというのに。
「そうだ! とんだ邪魔が入ったが、追跡魔法だ!」
私は気を取り直して大神官に声を掛ける。
「ああ、そうでございました。しばしお待ちを……」
もう一度ソファに腰掛け、胸の前で手を組み祈りを捧げる大神官。
「女神アルテミスよ、かの者への道をお示しください」
そう唱えた後、大神官は一瞬で目を開けた。
追跡魔法は、対象への距離が遠ければ遠いほど、長く目を閉じているものだ。
こんなにすぐ目を開けたということは……?
「殿下、身分証の反応はすぐそこにございますぞ!」
「おお、やはりか!! 行くぞ!」
思わぬ邪魔が入ったが、これは思いがけぬ幸運だ。
そうして、神殿からものの五分でたどり着いた路地裏で、私と大神官が発見したものは――
外壁のひび割れにねじ込まれた推薦状と、あの身分証だけ。
――肝心の女の姿はどこにもなかった。




