19 じゃない方の女
(リヒャルト視点)
「何だと……来ていないとはどういうことだ!」
今日は早めに仕事を切り上げた。
聖女と共に現れた、もう一人の異世界の女。
遠目にもわかる整った顔立ちに、すらりと伸びた細い手足。
黒眼黒髪という物珍しさを除いても、私の好みにぴたりとはまる女だった。
だから今日、私はその女に逢うことばかり考えていた。
そうして、日が傾く頃には娼館ヒルデガルトを訪れたというのに、支配人がとんでもないことを言った。
『殿下の推薦状を持った黒髪の女性ですか?
いいえ、昨日も今日も、訪ねてきておりませんが……』
は?
一体どういうことだ?
「まさか、隠しているのではあるまいな!?」
「いえ! そんなっっ、滅相もございません! 本当です。本当に、昨日から誰ひとり訪ねてきておりません!」
身振り手振りで必死にそう訴える支配人を見て、私はとりあえず大きく息を吐いた。
もしや、ここへ来るまでに迷ったのか?
いや、神殿からここまでは一本道だ。女の足でも十五分もあれば辿りつける。
……ならば、攫われたか。
あの容姿だ、十分にあり得るな。
しかもこの国の女性ではないから、頭部を隠すことさえしなかったかもしれない。
……ふぅ、落ち着け、大丈夫だ。
あの女は、女神アルテミスがわざわざ聖女と共に我が国へ渡してくださったのだ。
遠くへ行けるはずもない。
まずは居場所を……そうだ、あの女にはアレを持たせたではないか!
推薦状と共に、神殿特製の身分証プレートを!
◇◆◇
「大神官! 大神官はいるか!?」
神殿に着くなり、私は近くの若い神官に声を掛けた。
「急用だ! 大神官はいるか?」
「あっ、今は聖女様と共に祈りの間においでです」
はやる気持ちが抑えきれず、言いながらも足は大神官の執務室へと向かっている。それなのに、
「やはり、本日おいでになるご予定だったのですね!」
小走りでついてくる若い神官が、なぜかそんなことを言う。
「いや、今日は来る予定ではなかったが?」
「え? でも、サーラ様が殿下の訪問を心待ちにしておいででしたから……」
サーラ様?
しかもなぜ、聖女が私の来訪を待っているのだ?
「……どうしてお前は聖女を名前で呼ぶのだ?」
「あっ、それは聖女様がぜひそうしてほしいとおっしゃって……」
ほう。
我が国では、親しい間柄でしか異性の名は呼ばぬことになっているのだが、聖女の国では違うのだろうか……?
まあいい。
今はそんなこと、どうでもいいことだ。
「聖女に会うつもりはない。部屋で待たせてもらう。早く大神官を呼んでこい」
◇◆◇
「殿下、一体どうなさいました?」
祈りの間から戻ってきた大神官は、少しくたびれた様子だった。
いつも隙のない男が珍しいこともあるもんだ。
「あの女が……行方不明なのだ」
「えっ、ヒルデガルトには行ってなかったのですか?」
「ああ、支配人にそう言われた」
大神官は驚いて目を見開き、そのあと考え込むように指先で自分の顎を撫でた。
「申し訳ございません……彼女もまた、女神アルテミスが渡してくださった女人。
もう少し丁重に案内すべきでした」
大神官の言う通りだ。
「私も、聖女の召喚に成功した興奮でそこまで気が回らなかった」
「迷子……ではありませんよね。拐かしでしょうか?」
だろうな。
だから心配しているのだ。物珍しさで攫われたに違いない。
「身分証プレートを追え。わかるな?」
あの女にはウッシ、という我が国では一般的な名前を授けてやった。
聖女が、同じ国の出身だからと好意で選んでくれた名だ。
彼女達の国の言葉と似た響きを持つ名らしい。
きっと、気に入ったはずだ。
「わかりました、追跡魔法ですね」
「ああ、今すぐ頼む」
そうして、大神官が祈るように両手を組んだ瞬間だった。
――コンコン! ガチャ!!
「あ! やっぱりリヒャルト様だぁ~♡」
返事をする前にドアが開けられた?
と思ったら、やけに甘ったるい、媚びるような女の声が耳に飛び込んできた。




