18 ただのプリン
カチャ……
ナイフとフォークがお皿に当たって、どうしても音が鳴る。
カチャ……
ああ、また。
さすがに夕食メニューにもなると超豪華だし、この静けさは辛い。
……正直、味わって食べる余裕なんてない。
「リリー、緊張してるの?」
対面からヒューが心配そうに声を掛けてくれたから、正直に「うん」って答えた。
「ふふ、大丈夫だよリリー」
って、柔らかく笑って励ましてくれるヒュー。
「今日はね、リリーのために特別なデザートを用意してもらったんだよ」
眩しいくらい目を輝かせて教えてくれるから、私もつられて笑顔になっちゃうよね。
「どんなデザートなの?」
「出てきてからのお楽しみだよ」
そう言いながら、ヒューは小さなお口にお肉を一切れ運んだ。
もぐもぐ咀嚼するその様子さえ可愛くて、見ていたらすっかり和んでしまった。
この長いテーブルの端っこ、お誕生日席みたいな真ん中には公爵様が座ってる。
私は公爵様から見て右横に、私の対面、窓側の席にはヒューが掛けてるんだけどね。
朝食の時、後ろで控えてたゲラルド先生の姿も今はない。
まだ十人は座れそうな長いテーブルなのに、私たち以外は誰もいないの。
部屋の隅、給仕のために男性が二人立ってるだけ。
「どうだ、口に合うか?」
「あっ、はい、とても美味しいです」
公爵様が声を掛けてくださって、慌ててそう答えた。
このお屋敷で頂く料理はとっても美味しい。食材も味付けも幸いなことに日本とそんなに変わらないんじゃないかな……
だけど、私が緊張してる一番の理由はね、この豪華なお部屋や食事に圧倒されてるからじゃないんだ。
実は今日一日ずっと考えてた。ちゃんと朝食の時から気づいてたんだ。
このお屋敷にはね、若い女性がいないの。
メイドさんはみんな母親世代より上だし、あとは男性ばかりが目につくんだよね。
ねぇ、ヒューのお母さんはどうして一緒じゃないの?
私、この席に座ってて大丈夫?
もしかしてお母さん……私が来たから気を悪くされたのかな……?
それとも、事情があって出てこられないのかも……
あー、ダメダメ!
よその家庭事情について、詮索したらダメなんだからね!
しかも私、厚かましくもお邪魔してる身なんだし。
よし、決めた。
どっちにしたって私、こんなVIP扱い受けてちゃダメだよ。
「あ、あの、公爵様にお話があります」
みんながメインディッシュを食べ終わり、給仕の人がお皿を引いたタイミングで声を掛けた。
二人とも私の方を向いてくれる。
私には、公爵様のアイスブルーの瞳を見つめる勇気がやっぱり足りなくて、とりあえず彼の美しく通った鼻梁を見つめながら言った。
「明日から、お屋敷のお手伝いをさせてください!」
しーーんと静まりかえる室内。
「君は客だ。要らぬ気を遣うな」
「そうだよ、リリー。ここではゆっくり過ごせばいいんだよ?」
「いえ、そうじゃなくて……」
公爵様は強面でガタイもいい。あと、なんかよく分からない迫力もある。
要するに、ちょっと怖い。
でもがんばれ、りり。
ちゃんと、言いたいことは言わないと。
「あの、何もせずにこんな待遇を受けていては申し訳ないと言いますか……」
「そこは気にするなと言っている」
無表情の公爵様は、相変わらずさっぱり考えが読めない。
でも、働かざるもの食うべからずって言うじゃない?
私はただ一週間、施してもらうだけの怠け者にはなりたくない。
「……何か企んでいるのか?」
「は? いえ、そんなつもりはありません!」
いやいやいや。
企むとか、やめてくださいよ。そんなわけないし!
ヒューは、私と公爵様の会話に割り込まないようにしてるのかな、心配そうにこちらを見てる。
「私にできることって、それくらいしかなくて……自分の焼いたパンを、その、皆さんにも食べていただけたらって……」
あと、デザートも作れるんだけどどうかな……?
「……ほう、お前の作るパンはうちの料理人が出したものより美味いと、そう言いたいのか?」
「いえっ、決してそういうわけじゃないのですが……」
なんだろう、すごく棘のある言い方をされてしまった。
お前とか呼ばれちゃったよ……?
じいっと、まるで睨みつけるように私を見る公爵様。
無理、イケメンの無表情ってほんと怖い。
んー……お屋敷のパンは美味しいけど……正直、硬いんだよね。おまけにちょっと酸っぱいし。
もっと柔らかくすることもできると思ったんだけど……でもそっか、そうだよね。
私みたいな怪しい女が、公爵様の口にされるパンを作りたいだなんて、そっちのほうが厚かましいお願いなのかもしれない。
ちょっと空気が重い。
結局、それ以上良い言葉が見つからなくて口をつぐんでいると、目の前にデザートのお皿が運ばれてきた。
「リリー、実はこれ、父様が特別に皇宮から取り寄せてくれたんだよ?」
「皇宮から?」
小さなスプーンをぷるぷる揺れるそれに差し込みながら、対面に座るヒューが可愛い笑顔で教えてくれる。
なんとも言えない気まずい空気も、そんなヒューの気遣いですっかり霧散する。
そのデザートは、真横から見ると台形で、上から見ると円い。
卵の黄身とミルクの混ざりあった色は、優しいパステルイエローで……
てっぺんにはカラメルソースがかけてある。ってかこれ、どう見てもプリンだよね?
「これ『リリタン』って言うんだけど、とっても美味しいんだよ!」
「え、りりたん?」
「そう、リリーの名前に似てるね」
皇宮からわざわざ取り寄せたプリン?
ということは、なにか特別な材料でも使ってるのかな?
私はその柔らかなプリンをすくいとって口に運んだ。ゆっくりと舌の上で吟味する……
あー、うん、プリンだね。
もっといえば、オーソドックスなやつ。
なんだろう、でも……なんか、すごく懐かしい味。
「どうした、美味すぎて声も出ないか?」
一口食べてもなんのリアクションもない私に、公爵様が不思議そうに尋ねてきた。
顔を上げると、ヒューも不安げに私を見つめてる。
「あ、美味しいです、とっても」
慌てて、とりあえず感想を口に出したら、
「そうだろう、そうだろう。製法が門外不出ゆえ、取り寄せることしかできなくてな」
へー、門外不出かぁ……って、ただのプリンが?
「あのー……私これ、作れますけど?」
お手伝いのきっかけになるかと思い、口に出してみると、
「なに!?」
「えっ、リリー、作れるの??」
大きく見開いた目と半開きの口。
ふふ、二人ともさすが親子だね、そっくりだよ?
「はい。これ、ただのプリンですよね?」
「いや、これは”リリタン”だ!」
真顔で「りりたん」と言い換える公爵様がなんかちょっと可笑しくて、初めて親しみやすさを覚えた。
しかも「りりたん」ってさ、実は私の愛称だったりする、恥ずかしい!!
小さい頃、一人っ子の私は家族からそう呼ばれて溺愛されて育ったの。
さすがに中学に上がる頃にはやめてって話になったけどね……
「私の国ではこれを“プリン”って呼んでいます。
とても人気のあるおやつで、簡単に作れるんですよ」
「えっ、今からでも作れる?」
「もちろん!」
驚く二人には申し訳ないけれど、食べれば食べるほどただのプリンだからね?
そうして私は、半ば強引にお屋敷の厨房へと連れて行かれた。




