13 夢みたいな現実
あれ?
今日、早番じゃなかったっけ!?
「ヤバっ!」
慌てて起き上がる。
けど、そこは見たこともないゴージャスなお部屋で……
そっか……
そうだった。
ここは異世界なんだった。
「ハハ……」
乾いた笑いが漏れる。
仕事帰りに交通事故に巻き込まれたかと思ったら、まさかの異世界召喚。
非処女だからって神殿を追い出されて、娼館への推薦状まで渡されて……
ほんと、何それ。
あの時――
ヒューと出会ってなかったら私、いったいどうなってたのかな……
ベッドサイドに、私の仕事バッグが置いてあった。
中を確認すると、ショールにスマホ、財布に例の巾着袋までちゃんと入ってる。
中、見られてないよね……?
スマホに触れるとロック画面が点る。
あれ、時間が止まってる?
時計はあの日の21時過ぎで止まっていた。充電はまだ82%。
電波はもちろん圏外で、あ、でもメッセージが一件未読だ。
「お母さん……」
受信日時はあの日の19時過ぎ。私が試作のパン焼いてるときだ。
『夏には帰れるの?』
たったそれだけのメッセージ。
でも――
胸の奥を、ぎゅっと掴まれたみたいだった。
ふっ……うぅ……
堪えきれなくて、そのまま綺麗なお布団に突っ伏して泣いた。
……帰りたい。
帰りたい、帰りたい――
泣き始めたら、急に外から「ざぁー」って窓を打つ激しい雨音が聞こえてきた。
……さっきまで、晴れてなかった?
なんだか私の心みたいって、ちょっと呑気に思った。
そのうち、雷が鳴り始めて……ん? やけに近くない?
泣いてる私より、なんか空模様が荒れてて……ちょっと、冷静になってきた。
ふぅ……
泣いてる場合じゃない。
起きなきゃ、起きて何か仕事をもらわなきゃ。
コンコン――
ノックの音がして、とりあえず返事をする。入ってきたのはうちの母親くらいの、二人のメイドさんだった。
「お嬢様、体調はいかがですか?」
ふぁ??
「私……ですか?」
「はい。旦那様と坊っちゃまから、お嬢様をおもてなしするよう仰せつかっております」
ニッコリと柔らかく微笑んで話かけてくれたのは、薄茶色の髪に黄緑色の瞳をした女性。
その後ろには、タオルの入ったカゴを抱えた女性。同じく薄茶色の髪に、緑の瞳。
私はベッドから降りて姿勢を正した。
「あの、身体はもう大丈夫です。
私はリリーと申します。
お嬢様と呼ばれるような立場じゃないので、どうか、リリーと呼んでください」
二人に向かって勢いよく頭を下げた。
「まぁ」
「ですが……」
二人は困ってしまって、眉根を寄せている。
「あと、私にもあなた方を名前で呼ばせていただけませんか?」
「……では、我々はリリー様とお呼びいたします」
「様はいりませんよ」
「いえ、そういう訳には参りません。私たち使用人は主の大切なお客様をおもてなしすることも仕事ですから。それに……」
二人は更に私のほうへ近づくといきなり頭を下げてきた。
「リリー様。ヒュー坊ちゃまを助けてくださってありがとうございます。どうかこの一週間ごゆっくりお過ごしください」
「いえ、あのっ、私は何も。それより私の方こそ、こうして泊めて頂けて本当に助かります。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げたら、なぜか二人にフフっと微笑まれてしまった。
「リリー様はとても礼儀正しいお方ですね」
「それに謙虚でお優しくて、何よりこんなにもお美しいなんて」
「エェ!?」
いやいや、それはない。と慣れない褒め言葉に動揺してる間に、二人はあれやこれやと忙しなく準備をし始めた。
「あのっ」
私は年上っぽい女性のほうに声をかけた。
「ハンナでございます、リリー様」
「ハンナ様、あの、今からなにを?」
彼女は困ったように笑って、
「どうか、呼び捨てにしてくださいませ」
いやいや。
目上の方にそれは出来ないよ。私、ただの庶民だし。
「じゃあ、ハンナさんでお願いします。そして、あなたは?」
もうひとりの、カゴを持って別の部屋に入っていった彼女が戻ってきたところへ声をかけると、
「ウッシでございます」
でた、ウッシ!
私が目を見開いたものだから、ウッシさんはびっくりして、
「あの、何か不都合がございましたか!?」
って、慌てさせてしまった。
「いえ、違うんです。知っている名前だったので、驚いただけです」
ニッコリ笑って返した。
……ほんとにいるんだ、ウッシさん。
「さぁ、リリー様。まずは朝のお支度にかかりましょう」
パチンと両手を合わせて、ハンナさんが言った。
「こちらへどうぞ」
と、今度はウッシさんがさりげないようでわりと強引に背中を押して促す。
「え、あの」
さっき、ウッシさんが出入りしてたドアはなんと浴室に繋がっていた。
うわー、ヤバい。
これ、ホテルなら一泊数十万円とか、そういうレベルの客室なんじゃない?
薄紫色の艶やかなバスタブにはたっぷりとお湯がはられてる。
何のお花か知らないけど、ピンク色の花びらがたくさん浮かんでる……この香りはお花の香りなのかな。
床は真っ白で、大理石のようなツルツルした石が継ぎ目もなく敷かれている。
「いや、自分でっ」
とか、頑張って抵抗したんだけど……
あ、ちょ、待っ――
……健闘虚しく、身ぐるみ剥がされてしまいました。
「まぁ、なんてお美しいのでしょう!」
「まあまあ、見てくださいウッシ、このきめ細やかなお肌を!」
なんか……無心の境地だよ……
でも確かに、お風呂に入って気づいたんだけど、肌がめちゃくちゃキメ細やかになってた。
毛穴、どこいった?
……いや、それだけじゃない。
鏡を覗き込んで、息が止まった。
私の黒い瞳の奥、星みたいな形の金色の模様が浮かんでる。
これって異世界に召喚された時からなのか、リッツェンに来てからなのかはわからない。
背中まである黒髪は「素晴らしい!」だの「ずっと触れていたいです!」だのと二人から絶賛され、あっという間に「え、これからパーティ?」ってくらい美しくまとめられてしまった。
ちなみに、目覚めてすぐ泣きはらしてしまったあの目元は、ハンナさんたちもさすがに気付いてたらしい。
お化粧のついでにと、なんと回復魔法で癒してくれました。
いやぁ、魔法って素晴らしいね!
……夢なら、どれだけよかっただろう。




