11 変な女
(ハルト視点)
屋敷に戻り、執務室で今日投げっぱなしにしていた仕事を片付けているとゲラルドが入ってきた。
「どうだった?」
「原因は、疲労と魔力酔いの両方じゃないかと医者は言っています」
馬車の中で倒れてしまったあの女、いや、彼女を客室に運ばせて世話はメイドに任せた。
「で、これが彼女の荷物ですが……」
ゲラルドが彼女の持っていたバッグを検める。機能的なデザインのそれには、見た事のないものが色々入っていた。
布切れは今日頭にかぶっていたものだが、それはなんだ?
「魔道具か?」
「さぁ、どうでしょう……」
俺はゲラルドから、手のひらサイズの手帳のような物を受け取った。
表紙を捲るように開くと、中身は金属なのかガラスなのかわからないが、真っ黒で表面がツルツルしている。
コツコツと、爪の先でつついても変化はない。
「鑑定」
と、ゲラルドじゃないが俺自身も試してみるが……なんだこの難解な記号の羅列は??
「これか、お前が言っていたのは……」
「そうです、さっぱりわからないでしょう?」
困ったように眉を寄せつつも、ゲラルドは俺の手の中のものから目を離さない。
振ったら何か起こるかと手を揺り動かすと、
「あっ」
「光りましたね」
真っ黒だった画面が急に明るく光って、謎の記号と、見たこともない鮮やかな鳥の絵が表示された。
一体どんな魔道具なのだろうか……いやこれ、そもそも魔道具か!?
「魔力を感じるか?」
俺は思わずゲラルドを見つめて問うた。
「いや、全く」
「だよな……」
ならば、何を動力としているのか……
「彼女、一体何者なんでしょうね?」
バッグの中からじゃらっと音を立てて巾着袋を取り出したゲラルドが、中から数枚の金貨を取り出して俺に見せた。
「これは……」
聖フロイライン国の金貨じゃないか。
「盗んだ……わけないよな?」
「そうですね。私も女性は信用しませんが、彼女からそういう卑しさは感じられませんよね」
同感だ。
「……訳あり、か」
「ええ、そのようですね」
聖フロイライン国にも黒眼黒髪の人間は珍しいはず、というかおそらくいない。
一体なにがあって、ニホンという国からやってきたのだろうか……
「それにしても、ヒューがあんな風に笑うのを見たのは久しぶりだな。あんな話し方をするのも」
「……そうですね。もしかすると姉さん達が亡くなってからは一度も……」
兄夫婦が亡くなってもうすぐ一年。
まだ三歳だったヒューを遺して逝ってしまった二人に代わり、俺が公爵領を治め、ヒューの父親代わりとなった。
ヒューの母親はゲラルドの姉だ。
つまりヒューは、俺にとってもゲラルドにとっても甥にあたる。
ゲラルドは、また別の財布を見つけたらしく、中を検めている。
「ああ、この文字ですよ!」
銅貨のほかに銀貨らしきものも大小色々あって、あの謎の記号に加え、様々な彫刻も施されている。
ゲラルドはそれらを嬉しそうにしげしげと見つめ、俺の机から筆記具をとるといくつかの記号を書き写していた。
「ニホンって言ってましたね」
「ああ……」
「正直、どこにあるのか検討もつきませんけど……」
ゲラルドが、調べるため出した物を一つずつ丁寧にバッグに戻していく。
「家に帰してやりたいとは思うが……」
「厄介な案件じゃないといいですね……」
ふと馬車の中、ヒューに慰められ涙する彼女の姿を思い出した。
最初から、得体が知れなくはあったが落ち着いた印象ではあった。
男のような服を着て、俺たち貴族にも媚び諂うことなく淡々としていた。
そうかと思えば、馬車の中では子供のようにはしゃいでみたり……
挙句の果てには四歳児に慰められ、頭を撫でられては無垢な涙をこぼす。
今日一日、いや出会ってまだ半日だが、印象がコロコロ変わって不思議と目が離せなかった。
「……変な女だ」
俺のその言葉に、ゲラルドは大袈裟に目を瞬いた。
「なんだ?」
「……いえ、私もそう思ってました」
「ドレスを……」
「はい?」
「いや、服をいくらか手配してやってくれ」
「ハルト?」
なぜ?
と、言いたげな顔だな。
「……彼女はそのバッグのほかには何も持っていないのだろう?」
「まぁ、そうですね。あとは例のパンですか……」
ああ、あれか。
「あれは、お前が解析にかけるんだろ?」
「もちろんです!」
いつもながら嬉しそうな顔をして、ゲラルドは眼鏡を中指で押し上げる。
「睡眠はきちんととるように」
「ハハ、わかってますよ」
どうだかな。
「とにかく、彼女に似合う服を何着か用意してやってくれ」
「承知しました」
男のような服を着ていたが、着飾ればそれなりに見えるのではないか。
……別に、興味があるわけではないが。
「……ハルト、気づいてますか?」
「何が?」
ゲラルドは口の端を吊り上げて、意地悪く笑った。
「あなたが女性のために服を用意するのは、これが初めてですよ?」




