10 魔法大国リッツェンへ
馬車で空を駆けてしばらく経ったころ、気になったので聞いてみた。
「あの、お屋敷までどれくらい時間がかかるのでしょうか?」
だって国が違うってことは、あの皇太子の力の及ばないところまで逃げられるってことだよね……??
とにかく出来るだけ遠くに行きたい。
そう期待して尋ねたんだけど。
「もうすぐですよ」
と、ゲラルドさん。
「え? い、意外と近いんですね」
少し残念に思いつつ返すと、また眼鏡をくいっとあげて不敵な笑みを向けられてしまった。
「リリー、あのね。リッツェンの国内に入ったらね、瞬間移動が使えるんだよ」
へ?
ヒューが横から助け舟を出してくれたんだけど。
「……瞬間移動?」
「はい。国内に入ればその許可を持つものは自由に使えますので。
リンデンバウム公爵家はもちろん、王家や高位貴族の許可を得た馬車にはその魔法陣が組み込んであるのです」
「……魔法陣?」
理解が及ばず、ただ単語を繰り返すだけの私。
「ふふ、リリーってかわいいね」
「ふぇっ??」
突然ヒューにそんなことを言われ、変な声が出てしまった。
「大丈夫だよ、リリー」
いつの間にか座席に膝立ちになって私の頭に手を伸ばすヒュー。
いいこ、いいこって言いながら頭を撫でてくれる。
「いきなり知らない街に飛ばされて、リリーも不安だったでしょう?」
小さなヒューが急にそんなことを言うから、思わず真顔で見つめ返してしまった。
「それなのに、僕のことを守ってくれた」
膝立ちになったヒューの目線は今、私と同じくらいの高さ。
「リッツェンは聖フロイライン国のような厳しい国じゃないし、たくさんの魔法にあふれてる楽しい国なんだよ?」
私の頭を繰り返し優しく撫でる。
そうしながら心配気に顔を覗き込まれると、今まで考えないようにしてたことに意識が向いてしまった。
帰りたいな……
私、何にも悪くないのに、神官達にあんな目で見られてすごく不快だった。
アバズレとか言われて、正直めちゃくちゃ腹も立った。
知らない街で自分だけ浮いてて……常識もわかんないし、本当はすごく不安だった。
私……本当に、もう日本へ帰れないのかな……
「泣かないで、リリー」
そう言われてやっと、自分が泣いていることに気づいた。
ヒューがポケットからハンカチを出して、そっと涙を吹いてくれる。
「大丈夫だよ。リリーもお家に帰れるよう、僕もゲラルドも父様も協力するからね」
私の頭を撫でながら、ヒューはそう言ってニッコリ微笑んでくれた。対面に座る保護者二人も静かに頷いてくれる。
「家には……」
もう帰れない、と言いそうになってやめる。
ヒュー達がいくら違う国の人達だとは言え、下手なことは言えない。だって芋づる式に聖女と一緒に召喚された話になりかねないから。
言ったらきっと巻き込んでしまう、だからキュッと唇を噛みしめた。
「ん?」
心配そうにヒューが私を見つめてきた。
私は、なんでもないと首を横に振る。でもこれだけはしっかりヒューの目を見て伝えなきゃ。
「ありがとう」
ヒューは柔らかく微笑んで、それからまた私の隣にすとんと腰を下ろした。
聖フロイライン国では出来ないって言われたけど、魔法大国リッツェンには日本に戻れる魔法があるかもしれない。
あまり期待しちゃいけないってわかってるけど、希望を持つくらいはいいよね……
「さぁ、そろそろ国境ですよ。国境を超えたら、御屋敷まではすぐですからね」
ゲラルドさんがさっきまでより少しだけ柔らかい口調で話してくれた気がした。
はい、と返事をしようとした。
その瞬間。
ピロピロピローン!!
これまでより大きめな効果音が鳴って、また私の目の前に白く発光した通知板がスライドしてくる。
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ステータス : 聖女・パン職人
MP : 28020
特記事項 : 女神デメテルの加護
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「……え?」
伏字だった箇所が、なぜかいきなり公開されたと思ったら……まさかの「聖女」⁉︎
これ、一体どういうこと……??
「リリー、大丈夫!? リリー!!」
ヒューが、私を呼んでいる。
あ、カッコ書きの「非処女」が消えてる……
そう思ったのを最後に、意識がふっと途切れた。




