第249話 :摩天楼の檻 〜 全国ネットワークという名の暴力 〜
本日最後です。
海浜幕張、海側。
かつて国鉄が頓挫し、放置されていたヘドロの土地は、五代(京急)が火中の栗を拾い、泥仕事をすべて引き受けたことで、眩いばかりの『黄金の消費特区』へと変貌しつつあった。
巨大コンベンションセンター、ショッピングモール、そしてそれらを結ぶ赤い弾丸(京急の新線)の動線。
五代は、関東一円から客を吸い上げる完璧な「戦略的勝利」を確信し、高層ホテルのスイートで葉巻を吹かしていた。
一方、その「海側」の利権から完全に弾き出され、幕張の「山側(内陸部)」へと追いやられた外資の再建請負人・ジョウカ。
彼の仮設オフィスでは、かつてないほどの冷たく、どす黒い怒りが渦巻いていた。
「……五代。関東の土建屋ヤクザふぜいが、私の最適解を盗み、海を制したつもりか」
ジョウカは、机の上に広げられた日本地図を冷酷な目で睨みつけた。
彼の背後には、首の皮一枚で彼にすがるJR東日本の役員たちが控えている。
「あなた方(JR)は、幕張の局地戦ではあのヤクザに完全に負けた。海側の一等地も、主要施設もすべて奪われた。……しかし、あなた方にはまだ、世界で唯一、あの男(京急)が絶対に持っていない『最強の武器』が残されている」
ジョウカは、赤いペンで日本地図の【東京駅】を起点に、北は東北、西は関西・九州へと伸びる太い動線を描き殴った。
「全国ネットワーク(新幹線)だ」
JR役員たちが息を呑む。
「京急がどんなに早くとも、それは『関東圏の客』を奪い合うコップの中の争いに過ぎない。だが、我々(JR)は違う。北海道から、大阪から、福岡から。日本中のあらゆる都市から、人間というリソースを直接引き抜くことができる」
ジョウカの瞳に、狂気に似た冷たい理性が灯る。
「プランBを修正する。山側の我々の土地に、採算度外視で『全国チェーンの超大型ホテル群』と『バスターミナル』を建設しろ。そして……全国のみどりの窓口と旅行代理店をフル稼働させろ!」
それは、グローバルファンドの頭脳と旧国鉄の遺産が悪魔合体した、究極の【戦術的カウンター】だった。
「幕張メッセでのイベントチケット、新幹線の往復券、そして山側の我々のホテル宿泊券。すべてを『超格安のパッケージツアー』として全国でバラ撒け! 関東の客などくれてやる。我々は、地方から何十万という人間を『JRのレールの上だけ』を歩かせて、山側へと強制連行する!」
***
数ヶ月後。
五代は、自らが支配したはずの海浜幕張駅のコンコースを見下ろし、持っていた葉巻を落としかけた。
「……なんだ、あの人の波は」
海側の京急側モールにも客はいる。しかし、山側(JR側)の改札から吐き出される人間の「質量」は、五代の想像を絶していた。
キャリーケースを引き、関西弁や東北訛りで話す、おびただしい数の「地方からの宿泊客」の群れ。彼らは京急の赤い電車には一切乗らず、新幹線から京葉線へと乗り継ぎ、ジョウカが用意した山側のホテル群へと、まるで巨大なベルトコンベアに乗せられたように吸い込まれていく。
『……どうですか、五代専務。列島の外側から流し込んだ「人間の津波」の味は』
五代の携帯電話から、ジョウカの冷徹な声が響く。
『あなたは幕張という「点(戦略)」を制した。しかし私は、日本列島という「線(戦術)」を使って、あなたの海を山側から飲み込んでみせた。……これで、少しはフェアな戦いになりましたね?』
五代はギリッと奥歯を噛み鳴らした。
大局(法律と土地)は握っている。しかし、目の前で繰り広げられる圧倒的な「全国ネットワークの集客力」という戦術的暴力の前に、五代の描いた完全勝利の図面は、無惨にもへし折られていた。
「……上等だ、外資のモヤシ野郎。泥仕合にしてやるよ」
幕張の海と山を分断するように。
関東を制覇する『赤(私鉄連合)』と、日本列島を支配する『銀(JR&外資)』の、絶対に交わらない血みどろのインフラ冷戦が、ここに極限の膠着状態へと突入した。




