第247話 :泥濘のカルテル 〜エリートたちの墓標と、空っぽの玉座〜
霞が関。
そこは日本で最も偏差値が高く、最も冷酷な頭脳が集う【国家の中枢】である。
しかし今、成田のインフラ利権を巡る「大蔵省」と「運輸省」の全面戦争は、ヤクザの抗争すら生ぬるく見えるほどの、血みどろの消耗戦(泥沼)と化していた。
「運輸省のダミー会社をすべて潰せ! 予算の蛇口を完全に締め上げろ!」
「大蔵の連中が裏で動かしているゼネコンの不正をマスコミにリークしろ! 公安を使って大蔵官僚の身辺を徹底的に洗え!!」
特捜部、マルサ、公安、そしてマスコミ。
あらゆる国家権力と暴力装置が乱れ飛ぶ中、霞が関の廊下からは、連日のようにエリート官僚たちが姿を消していった。
ある者は特捜部のフラッシュを浴びて連行され、ある者は左遷の辞令を受け取り、またある者はすべての責任を被って不可解な「自殺」を遂げた。
大蔵省は「国家予算」という最強の武器で運輸省を圧倒したが、窮地に陥った運輸省が最期に放った【公安のリークと道連れの内部告発】により、大蔵省側も致命的なダメージを負っていた。
「……ここまで、か」
大蔵省の最奥、事務次官室。
これまで大蔵省を率い、五代を操って成田を制圧しようとしていた冷徹な【大蔵省のドン(事務次官)】が、静かに万年筆を置いた。
運輸省の刺客が掘り起こした過去のインフラ汚職の証拠が、彼の首に完全に巻き付いていた。引責辞任。それは霞が関における完全な『死』を意味する。
ドンが去り、有能な局長たちも、切れ者の先輩や同期たちも、全員が成田の泥沼で相打ちとなって消え去った。
大蔵省・主計局の執務室には、死屍累々の墓標と、奇妙な【権力の空白】だけが残された。
***
その数日後。
焼け野原となった大蔵省で、奇跡的に「無傷」で生き残っていた一人の男がいた。
五代(京急)の裏工作によって、直接的な矢面に立つことを避け、安全圏から運輸省を叩いていただけの男——**【桜田審議官】**である。
「……次期、事務次官のポストだが」
大蔵省の幹部会は、頭を抱えていた。
本来そこに座るべき優秀な人材は、もう一人残らず「物理的・社会的」に死滅している。消去法で選ぶしかなかった。
「……経歴に傷がなく、生き残っているのは、桜田しかいない」
かくして。
実力でも人望でもなく、**「他が全員死んだから」**というあまりにも滑稽な理由で、桜田は霞が関の頂点へと押し上げられることになった。
***
同刻。大蔵省、事務次官室。
主を失ったばかりの巨大なマホガニーのデスク。その最も偉大な椅子に、桜田はゆっくりと腰を下ろした。
本革の感触が、彼の背中を包み込む。
「……ははっ。はははははっ!!」
真新しい『大蔵事務次官』の辞令を握りしめ、桜田の顔が歓喜と傲慢に歪んでいく。
「俺だ。俺が国家だ! 予算も、法律も、すべてこの俺の指先一つで決まる!! 運輸省の豚どもめ、見たか!! 先輩どもも、ドンすらも泥に沈んだ! 最後にこの椅子に座ったのは、俺だ!! 俺こそが、大蔵省の……いや、日本の頂点だ!!」
自分が「消耗戦の生き残り(タナボタ)」であることにすら気づかず、すべてを自らの圧倒的な実力だと完全に錯覚し、狂ったように高笑いする桜田。
そこへ、ノックの音と共に五代が静かに入室してくる。
「……おめでとうございます、桜田事務次官。いや……日本の新たな『神』の誕生ですね」
五代は、これ以上ないほど恭しく、深く頭を下げた。
桜田は傲慢にふんぞり返り、手招きする。
「おお、五代くん! 君には成田の泥かきで世話になったからな。君の会社の直通路線の認可でも、羽田の予算でも、この『大蔵事務次官』のハンコでいくらでも通してやるぞ!!」
「身に余る光栄です。……さあ、事務次官。今夜はその歴史的就任を祝して、新宿に最高級の『しゃぶしゃぶ』をご用意しております。存分に、勝利の美酒を味わってください」
「ガハハハッ! 行こう、何杯でも奢ってくれ! 俺は国家だ! 誰にも俺を裁くことはできない!!」
自分が何者であるかを完全に見失った豚が、五代の差し出す極上の餌に喰いついた。
自らが【大蔵省という古い神を終わらせるための、最後の生贄】であることなど露知らず。
最後の大蔵事務次官・桜田は、すべてを終わらせる破滅の歓楽街へと、足取りも軽く向かっていくのだった。




