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第197話 『羽田聖戦編(21) 狂奔する希望と、消えた死神の影』

 昭和54年、冬。

 運命の『運輸審議会』当日の午前八時三十分。

 霞が関、運輸省・合同庁舎の一角にある控室。そこには、数ヶ月の地獄のような日々を耐え抜いてきた東京モノレールの面々が集結していた。部屋の中に漂うのは、緊張感よりも、むしろ「解放感」に近い熱気だった。

「……社長、たった今、特捜部前にいる『スパイ』から至急報が入りました! 依然として正面玄関には数百人の記者がひしめき合い、大蔵省の公用車は一台も外に出てきていないとのことです!」

 秘書の報告に、室内は爆発的な歓喜に沸いた。

 技術者たちは互いに肩を叩き合い、整備班長は油の染みた帽子を握りしめて天を仰いだ。

「……勝った。本当に、勝ったんだな」

 モノレール社長は、窓の外を流れる冬の雲を見つめながら、震える声で呟いた。

「予算を盾に、我々の技術を『鉄くず』呼ばわりしたあの死神(桜田)は、今頃はまだ、取調室で検事たちに絞られている。……天は、我々を見捨てていなかった……!!」

 彼らがこの時、耳にしていた「記者たちが動いていない」という情報は、紛れもない事実だった。しかし、それは桜田が地下の裏口から消えたことを、マスコミすらも察知できていないという「絶望の裏返し」であることに、誰一人として気づいていなかった。

「……さあ、皆。仕上げだ。大蔵省が欠席のまま審議が始まれば、もはや技術論で我々に勝てる者はいない! 京急の地下案がいかに無謀で、我が社の拡張案がいかに迅速で経済的か、目にもの見せてやるんだ!」

 社長の檄に、技術者たちは「新・待避線計画」の分厚い資料を鞄に詰め、誇らしげに胸を張って部屋を出た。彼らの足取りは軽く、その瞳には日本の空のインフラを自分たちの手で守り抜くという、エンジニアとしての純粋な誇りが燃えていた。

 一方、虎ノ門と霞が関を繋ぐ、地獄の渋滞のど真ん中。

 ピクリとも動かない黒塗りの公用車の中で、桜田は五代専務から届いた「モノレール側、完全に油断して会場入り」という無線報告を聴き、満足げに目を細めていた。

「……へーき、へーき。……次官、見てくださいよ。歩道を歩くモノレールの社員たちが、まるで凱旋パレードのような顔をしている。……希望をたっぷり吸わせて、パンパンに膨らませてやるんです。……その方が、針を刺した時の音が綺麗に響きますから」

 公用車は、排気ガスの霧に包まれながら、死神の冷笑を乗せて一ミリずつ、確実に会場へと近づいていた。

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