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第195話 『:羽田聖戦編(19) 泥濘(でいねい)の祝杯と、明日なき設計図』

 昭和54年、冬。

 運命の『運輸審議会』の前夜。

 浜松町、モノレール本社近くの古びた居酒屋は、異常な熱気に包まれていた。

 詰めかけたのは、現場の整備士、設計技師、そして経営陣。誰もが安酒を煽り、煙草の煙に目を細めながら、肩を抱き合って笑っていた。

「……見たか、今日の夕刊を! 大蔵省のあの傲慢な連中、まだ特捜部から出てこれないらしいぞ!!」

「ザマあ見ろ! カネで羽田を売ろうとした罰だ。……社長、俺たちの勝ちですよ。明日の審議会、委員の過半数はもうモノレール拡張にハンコを捺す準備ができています!!」

 油にまみれた作業着のまま駆けつけた整備班長が、涙を流しながら叫ぶ。

 テーブルの上には、居酒屋の醤油や酒の滴で汚れた待避線増設計画の図面が広げられていた。それは彼らにとって、もはやただの設計図ではない。政治の暴力に立ち向かい、自分たちの居場所を守り抜いた聖遺物であった。

「……ああ、そうだ。現場の皆には、本当に苦労をかけた」

 社長は、安ビールの入ったコップを高く掲げた。

「……我々の技術は、古臭い鉄くずなどではない。日本の空を守り、羽田を支えてきた世界一のシステムだ。……明日の審議会で、そのことを日本中に証明してやろう。……乾杯!!!」

「乾杯ッッッ!!!!!」

 その怒涛のような歓喜の渦は、冬の夜の冷気を焼き切るほどに熱かった。

 彼らは信じていた。正義は勝つ。技術は政治を越える。

 自分たちが明日、輝かしい羽田の覇者として再び君臨することを、一ミリも疑っていなかった。

 ――同じ時刻。

 品川の京急本社・役員室。

 五代専務は、窓の外で煌々と明かりが灯る、モノレール本社の方角を見つめていた。

 その傍らには、相鉄の川島社長が静かに座り、一通の電報を眺めていた。

「……五代さん。先ほど、虎ノ門の草から連絡がありました。……神が、釈放されたそうです」

 五代は、手にした葉巻を灰皿に押し付け、闇のような笑みを浮かべた。

「……へーき、へーき、ってか。……あいつらしいぜ。特捜部の検事どもを逆ネジで脅し上げ、国家予算を人質にして、正面玄関から堂々と出てきやがった」

「……モノレールの連中、今頃は居酒屋で祝杯を上げている頃でしょうね」

 川島が、哀れむように目を細める。

「……いいじゃねえか。最後に美味い酒を飲ませてやれよ」

 五代は、卓上の電話機に手を伸ばした。

「……明日。審議会の中盤、モノレールの連中が勝利の宣言をしようとしたその瞬間だ。檻から戻った死神を、会場へぶち込む。奴らが泣きながら抱きしめてるあの設計図を、一瞬でただのゴミ屑に変えてやるんだよ」

 雪が降り始めた。

 歓喜に沸く浜松町の居酒屋。その窓ガラスの向こう側で、闇に紛れた死神の足音が、一歩、また一歩と、審議会の扉へと近づいていた。

 彼らが流した歓喜の涙は、明日の朝、この冬の寒さの中で凍りつき、刃となって自分たちの喉元を貫くことになる。

 天空の城が見る最後の夢は、あまりにも美しく、そして残酷な静寂の中にあった。

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