第194話 『羽田聖戦編(18) 天空の逆襲と、技術者たちの夜明け』
昭和54年、冬。
霞が関を吹き抜ける寒風が、ついに「風向き」を変えた。
「大蔵省主計局に特捜部のメス!」
その報が東京モノレール本社に飛び込んだ瞬間、静まり返っていた会議室は、震えるような歓喜に包まれた。予算の蛇口を握り、冷酷にモノレールを切り捨てようとしていた「絶対神」たちが、スキャンダルの渦中に消えたのだ。
「……勝機だ。これ以上ない、千載一遇の勝機が来たぞ!!」
モノレール社長の咆哮に、徹夜続きで目を血走らせた技術者たちが立ち上がる。彼らが抱きしめていたのは、ゴミ箱から拾い上げ、涙で汚れた「羽田拡張計画」の青写真だった。
彼らはすぐさま、運輸省内に残る「良識派」の審議委員たちへの、最後にして最大の攻勢を開始した。
場所は、薄暗い技術検討室。
技術者たちは、日立製作所と共に磨き上げた「アルウェーグ式」の誇りを、図面の一線一線に込めて熱弁を振るう。
「……見てください、先生! 京急が何年もかけて地下を掘り進める間に、我々はこの待避線一つで、明日にでも輸送力を倍増できる! これこそが、空の玄関口を守り続けてきた我々の、現場の意地なんです!!」
大蔵省という「予算の重圧」から解放された委員たちは、初めて純粋な目でその図面を見つめた。
「……なるほど。既存の設備をここまで効率化できるのか」
「政治の泥沼はともかく、インフラの継続性として、モノレール案は……極めて合理的だ」
賛成票が、雪崩を打つようにモノレール側へと流れ始める。
委員の過半数、いや七割が「モノレール存続・拡張」へ。
会場にいた誰もが、天空の城の逆転勝利を確信し始めていた。
だが。
同じ頃、虎ノ門の東京地検特捜部・取調室。
殺気立つ検事たちに囲まれ、数時間に及ぶ執拗な追求を受けているはずの男――大蔵省主計官・桜田は、平然と脚を組み、窓の外のどんよりとした空を眺めていた。
「……桜田主計官! 黙秘しても無駄だ! 貴様が受け取った接待の全容は、すでに掴んでいるんだぞ!!」
検事が机を叩き、怒鳴りつける。
しかし、桜田は眉一つ動かさず、むしろ退屈そうに唇の端を吊り上げた。
「……検事さん。君たちは正義を語るが、私は『現実』を管理している。……いいかい? 明日になれば、君たちのボスに電話が入る。……『桜田を檻に入れておくと、日本の予算が止まるぞ』とね」
桜田の瞳には、一切の動揺も、罪悪感もない。
ただ、自らが握る「予算」という絶対の権力への、狂信的なまでの自信。
「……へーき、へーき。……さあて、私のいない審議会。モノレールの連中が、勝ったつもりで涙を流して祝杯をあげようとするその瞬間……。私が扉を開けた時に、どんな表情を見せてくれるかな」
檻の中にいながら、彼はすでに「審議会の支配者」であった。
モノレール側が積み上げた、技術者の誇りと賛成票。
それは、この死神が解き放たれるその瞬間、すべてが「無」に帰す砂の城に過ぎない。
運命の開会宣言が近づく中、天空の城は、最も美しく、最も残酷な「最期の夢」を見ようとしていた。




