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第193話 『羽田聖戦編(17) 偽りの福音と、檻の中の微笑』

 昭和54年、冬。

 運命の『運輸審議会』を二日後に控えた、嵐の前の静けさ。

 東京モノレール本社には、ここ数ヶ月で初めての「活気」が戻っていた。

「……聞いたか! 大蔵省主計局に、特捜部が入ったぞ!!」

「例の主計官と事務次官が、揃って任意同行されたらしい!! ロッキード事件の別件だ!!」

 社長室でその一報を聞いたモノレール社長は、震える手で受話器を置いた。

 大蔵省。自分たちの拡張予算を一蹴し、京急側に付いていた最強の障壁。そのトップたちが、審議会直前にスキャンダルで失脚したのだ。

「……天は、我々を見捨てていなかった! 大蔵省が機能不全に陥っている今なら、審議委員の半分以上を占める『技術派』と『国鉄OB』たちを説得できる!! 審議会の中盤まで押し切れば、京急の乗り入れは阻止できるぞ!!」

 モノレール陣営は、祝杯を上げる勢いで、最後の大逆転に向けたロビー活動へと走り出した。

 彼らの目には、もう「大蔵省という死神」の姿は見えていなかった。

 一方。

 虎ノ門、東京地検特捜部の取調室。

 そこには、硬い椅子に座り、無数の書類を突きつけられている大蔵省主計官・桜田の姿があった。

「……桜田主計官。京浜急行および相鉄からの接待、ならびに不明瞭な資金の流れについて、徹底的に洗わせてもらう。……明日の朝まで、ここから出すわけにはいかない」

 検事が鋭い視線で睨みつけるが、桜田は眉一つ動かさない。

 彼は、事務次官が隣の部屋で取り乱しているのを知りながら、悠然と脚を組み、不敵な笑みを浮かべた。

「……検事さん。君たちの仕事は『法律の番人』かもしれないが、私の仕事は『国家の番人』だ。……明日、私がここを出て、予定通り運輸省の審議会へ向かう。……それが日本という国家の、最も正しい『予算案』なんだよ」

「……何を言っている! 貴様は犯罪の疑いがあるんだぞ!」

「……へーき、へーき。君たちが握っているのは『疑惑』だが、私が握っているのは『明日、誰が飯を食えるか』という現実だ」

 桜田は取調室の時計を見上げ、まるでお茶会を待つような穏やかさで言い放った。

「……あと十数時間もすれば、君たちの上の連中から電話が来る。……『桜田を今すぐ出せ』とな。……それまで、ゆっくり休ませてもらうよ。明日は羽田の葬式……いや、新しい鉄路の誕生を祝わなきゃならんのでね」

 同じ頃。

 品川の京急本社では、五代専務と相鉄の川島社長が、静かにチェスボードを眺めていた。

「……モノレールの連中、大蔵省の連行を聞いて、勝利を確信しているようですね」

 川島が、駒を一つ進める。

「……泳がせておきましょう。審議会の中盤まで、彼らに『夢』を見せてやるんです。……希望が高ければ高いほど、叩き落とされた時の絶望は深くなりますから」

「……ああ。あいつ(桜田)は、必ず現れる。……特捜部の檻なんて、あの怪物を閉じ込めておける場所じゃねえよ」

 運命の運輸審議会まで、あと二日。

 偽りの福音に踊るモノレールと、檻の中で静かに牙を研ぐ死神。

 盤面は、最悪の形(50対50)で、決戦の審議会へと向かって収束していく。

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