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第192話 『羽田聖戦編(16) 大蔵(おおくら)の傲慢と、消える1200年の栄光』

 昭和54年、初冬。

 運命の『運輸審議会』まで、あと僅か――。

 赤坂、料亭『黒金』。

 部屋に入った瞬間、五代専務と川島社長を待っていたのは、むせ返るような「権力」の匂いだった。

「……五代さん。君のところの『赤い電車』は、いい。何がいいかって、我々から一円もカネを強請ねだらない。そこが、最高にいい」

 座敷の最上座で、高価なナプキンで口元を拭いながら、冷徹な目で二人を見下ろす男。

 大蔵省主計局・主計官。のちに「大蔵省最後の事務次官」の椅子に座り、そして日本中を震撼させるスキャンダルの渦中で、その1200年の歴史を終わらせることになる男――**桜田(仮名)**である。

「……恐縮です、桜田先生。我々は地べたを這う野良犬ですので。お上の懐を汚すような真似はいたしません」

 五代が、これ以上ないほど低い姿勢で膝をつく。

 桜田は、傍らで「極めて際どい衣装」で酌をする女性の腰に手を回しながら、鼻で笑った。

「……モノレールの連中が、泣きついてきたよ。『技術者の誇り』だの『羽田の未来』だの……反吐が出る。あいつらは、自分たちが使っているカネが『打ち出の小槌』から出ているとでも思っているのか?」

 桜田は、テーブルに置かれたモノレールの拡張計画書コピーに、手に持ったタバコの灰を落とした。

「……カネというのは、支配の道具だ。我々大蔵省が『出す』と言えば石コロがダイヤに変わり、『出さない』と言えば、どんなに立派な鉄路もゴミ溜めになる。……五代さん、わかるか? 日本という国は、法律で作られているんじゃない。我々の『予算案』という名の台本で動いているんだ」

 川島社長が、静かに桐の箱(裏金)を差し出す。

 桜田は中身を確かめもせず、ただ女性の耳元で卑猥な言葉を囁きながら、独り言のように続けた。

「……最近、省内で若手のバカどもが抜かしおる。……いつか、大蔵省の名前が変わる日が来るのではないか、と。行政改革だか何だか知らんが……笑わせるな」

 桜田の目が、狂気的な自負でギラリと光る。

「……『大蔵』の名は、飛鳥時代から続く、この国の背骨だ。これがもし、ただの財布番のような『財務省』なんて安っぽい名前に格下げされる日が来るとしたら……それは、日本が滅びる時だ。そして、私はそんな日は絶対に来させない。……我々は神だ。神が、ノーパンでしゃぶしゃぶを食おうが、何をしようが、誰が裁けるというのだ?」

 のちに彼がその「ノーパン」という言葉と共に、特捜部の手によって引きずり下ろされ、1200年の『大蔵』の看板を自らヘシ折ることになるなど、この時の彼は1ミリも疑っていない。

 今、この瞬間、彼は間違いなく世界の中心にいた。

「……運輸審議会当日、私は審議委員の横に立つ。……そして、モノレールの息の根を止める。

 『国の予算はゼロだ。死にたければ、勝手に死ね』。……そう、一言宣告してやる。……それで満足か、野良犬ども?」

「……最高の、御信託でございます」

 五代と川島は、座布団に頭を擦り付けながら、暗闇の中で互いにニヤリと笑った。

 運命の運輸審議会まで、あと僅か――。

 昭和の絶頂に酔いしれる「傲慢な神」の力を借りて、京急・相鉄連合は、天空の城を奈落の底へと突き落とす最終兵器(予算ゼロ宣告)を手に入れたのである。

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