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第191話 『羽田聖戦編(15) 蜘蛛の巣の帝王と、毛細血管の勝利』

 昭和54年、初冬。

 国鉄のストライキで浜松町駅が完全に機能停止する中、東京モノレールの社長は、誰もいない社長室で巨大な鉄道路線図を睨みつけていた。

「……フン。マスコミは京急を誉めそやしているが、奴らだって羽田から『新宿』や『渋谷』には行けないじゃないか! 品川から先、浅草方面に抜けるだけで、西側の巨大ターミナルへのアクセスは我々と同じく弱いはずだ!」

 社長は、自分たちと同じ弱点を見つけ、すがるような声で叫んだ。

 しかし、傍らに立つ若手幹部が、血の気の引いた顔でその「路線図」を指差した。

「……社長、違います。京急は……『地下鉄(毛細血管)』と繋がっているんです」

「地下鉄だと?」

「はい。現在、浜松町から国鉄(山手線)に乗れない客たちは、京急の赤い電車に乗って『新橋』や『日本橋』『東銀座』の地下まで運ばれています。そこから……営団地下鉄(東京メトロ)の銀座線や日比谷線、都営地下鉄に乗り換えて、国鉄を一切使わずに、東京の隅々まで散らばっているんです……!!」

 若手幹部の震える指が、路線図の複雑に絡み合った「カラフルな地下鉄の線」をなぞる。

 京急は、自らの線路で新宿へ行く必要などなかった。客を東京の中心部にある「地下鉄の蜘蛛の巣」のド真ん中へ放り込みさえすれば、あとは無数の地下ネットワークが、客を勝手に目的地へと運んでくれるのだ。

 国鉄に100%依存していた行き止まりのモノレールとは、インフラとしての「接続力レジリエンス」が根本から違ったのである。

 同じ頃。

 品川の地下ホームから、超満員の客を乗せて都営浅草線へと突入していく京急の車両を見送りながら、五代専務は葉巻の煙を吐き出した。

「……インフラってのはな、自分の足で全部の場所に行く必要はねえんだよ。

 一番美味いところ(羽田〜都心)だけを太いパイプでぶち抜いて、あとは『他人のふんどし(地下鉄網)』で客を隅々までバラまく。……これが一番賢くて、一番儲かるインフラの形だ」

 五代は、懐から『羽田乗り入れ認可申請書』を取り出し、愛おしそうに撫でた。

「……さあて。世論も、客の動線も、完全にウチの赤い電車が制圧した。……モノレール陣営には、もう『国策の意地』しか残っちゃいねえ」

 そして場面は、静かに赤坂の高級料亭の奥座敷へ。

 五代専務と相鉄・川島社長が待つその部屋に、ついにあの男が不敵な笑みを浮かべて現れた。

「……いやあ、五代専務。京急さんの電車は、ストライキの時でもよく動いて素晴らしいですね。……で? 私をこんな『いいお店』に呼んだということは、例の羽田の件……」

 男の名は、大蔵省主計局・主計官(課長級)。

 のちに平成の世で、大蔵省を揺るがす過剰接待汚職のド真ん中に立つことになる、若きエリート官僚である。彼はパリッとした高級スーツに身を包みながらも、その瞳の奥には、民間企業からの「極上の接待」と「黒いカネ」を求める俗悪な欲望が、ギラギラととぐろを巻いていた。

「……大蔵省カネの力で、モノレールの息の根を止めてほしい、と?」

 運命の運輸審議会まで、あと僅か――。

 国家予算という最強の死神が、ついに赤坂のテーブルにその姿を現したのである。

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