第190話 『羽田聖戦編(14) 最後まで詰まった赤い筒と、空洞の終着駅』
昭和54年、初冬。
国鉄の巨大ストライキによって、山手線が完全に息の根を止めた東京。
東京モノレールの起点・浜松町駅は、完全な「袋小路」と化していた。
奇跡的にタクシーで浜松町まで辿り着いた数少ない乗客たちも、駅の構造に絶望していた。
「……おい! モノレールは動いてるのに、どうして乗らないんだ!?」
整備班長が改札口で叫ぶが、サラリーマンたちは首を横に振った。
「……乗っても意味ねえんだよ。羽田から帰ってくる奴はいいが、これから羽田に行こうにも、山手線が動いてないから『浜松町まで行けない』んだ。……ここは、東京のド真ん中じゃねえからな」
そう。東京モノレールは、巨大な国鉄のネットワークがあって初めて成立する「空洞の筒」だった。
親分が倒れた今、浜松町から東京駅や新宿駅へ向かう手段はなく、乗客の動線は完全に途切れてしまっていたのだ。
一方、その頃。
京浜急行電鉄・品川駅の地下ホーム。
「……さあ乗った乗った!! 国鉄が止まってても関係ねえ!! ウチの赤い電車は、このまま地下鉄(都営浅草線)に直通して、新橋・日本橋・浅草まで乗り換えなしでぶっ飛んでいくぜェ!!」
五代専務の怒号が、地下空間に響き渡る。
京急の最大の武器。それは、私鉄でありながらいち早く東京都心の地下鉄ネットワークと手を結び、**「乗客を都心の中枢まで直接送り届ける(最後までチョコたっぷり)」**という、圧倒的な利便性であった。
羽田からの客を満載した京急の1000形は、品川駅で止まることなく、そのまま地下の暗闇へと滑り込んでいく。
国鉄のストライキで地上(山手線)が完全に死沈している中、京急と地下鉄の連携ルートだけが、東京のド真ん中を貫く「唯一の動脈」として力強く脈打っていた。
翌日の新聞。
ストライキの混乱を伝える一面の隅に、経済評論家の冷酷なコラムが掲載された。
『孤立する浜松町、直結する京急。羽田アクセスの”真の終着駅”はどこか?』
「……東京モノレールは、国鉄という親鳥からエサをもらわなければ生きていけない雛鳥に過ぎない。対して京急は、自らの足で都心の地下鉄網と接続し、乗客を最後まで目的地へ運ぶ力を持っている。……次回の運輸審議会で問われるべきは、この『インフラとしての自己完結能力』の差ではないだろうか」
モノレールの社長は、誰もいない社長室でそのコラムを読み、ついに手から新聞を滑り落とした。
現場の技術力でも負け、資金力でも負け、そして最後は「路線の地理的構造」という、絶対に覆せない現実によって、トドメを刺されたのだ。
審議会まで、あとわずか。
中身の詰まっていない空洞のインフラ(モノレール)は、ついに自立する力すら失い、ただ審議会という処刑台へと運ばれるのを待つだけの存在となった。




