第189話 『羽田聖戦編(13) 止まる大動脈と、誰も来ない改札口』
昭和54年、初冬。
拡張計画の青写真を大蔵省の影にゴミ箱へ捨てられ、絶望に暮れる東京モノレール陣営。
しかし、現場の技術者たちだけは諦めていなかった。「俺たちにできるのは、安全な車両を動かして、客を羽田へ運ぶことだけだ」。彼らは油にまみれながら、今日も完璧に整備された車両を浜松町駅のホームへと送り出していた。
だが、その日の朝。
東京モノレールの起点である「浜松町駅」のコンコースには、恐ろしいほどの静寂が広がっていた。
「……は、班長。発車時刻なのに、お客さんが一人も来ません……」
ホームに立つ若手駅員が、信じられないものを見るような目で改札口を見下ろしている。
モノレールの乗客の9割は、山手線や京浜東北線など「国鉄」を乗り継いで浜松町へやってくる。
しかし今日、その大動脈が、完全に心肺停止していた。
『国労・動労、全国規模のストライキ決行! 首都圏の国鉄は全線ストップ!』
巨大すぎる組織と累積赤字に喘ぐ国鉄は、労働組合との泥沼の労使対立に陥っていた。彼らは「スト権奪還」や「賃上げ」を要求し、容赦なく電車を止める。
親分(国鉄)が倒れれば、その末端にあるモノレールには、客の血液が一滴も流れ込んでこないのだ。
「……バカな。俺たちは、一睡もせずにタイヤを替えて、完璧なダイヤを準備したんだぞ……! なのに、乗せる客が、一人もここまで来れないなんて……!!」
整備班長は、誰も乗っていない空っぽのモノレールの車壁を殴りつけ、声を殺して泣いた。
技術がいくら完璧でも、インフラの「接続」を絶たれれば、ただの鉄の箱に成り下がる。
一方、その頃。
国鉄のストライキなどどこ吹く風の、私鉄・京浜急行電鉄。
「……おうおう! 国鉄のストライキ様々だぜ! 品川駅のバスターミナルから、羽田行きの振替客が腐るほど押し寄せてきやがる!!」
品川駅のホームでは、五代専務がメガホンを片手に、怒号のような指示を飛ばしていた。
「……野郎ども! 予備の車両(1000形)を全部出せ! 限界まで客を詰め込んで、羽田へピストン輸送しろ!! 国鉄とモノレールに見捨てられた客に、俺たち赤い電車の『絶対的な機動力』を骨の髄まで叩き込んでやれェ!!」
京急は私鉄であり、国鉄のストライキの影響を受けない。
品川から羽田(天空橋)へ向かう京急の車内は、スーツケースを抱えたビジネスマンたちで超満員となっていた。彼らは口々に「やっぱり京急が動いてくれて助かった」「モノレールは国鉄が止まると使い物にならないな」と囁き合っている。
誰もいない浜松町駅で、静かに発車ベルだけが鳴り響くモノレール。
超満員の客を乗せて、東京湾沿いを爆走していく京急の赤い弾丸。
インフラの勝敗は、技術の優劣ではなく「どんな時でも客を運べるか」という、あまりにも残酷な現実によって、世間の目に決定づけられようとしていた。




