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第188話 『羽田聖戦編(12) 穢れなき技術と、踏みにじられる設計図』

 昭和54年、初冬。

 徹夜で仕上げられた東京モノレールの「起死回生の拡張計画書(青写真)」。

 社長はそれを抱きしめるようにして、霞が関・運輸省の「技術局長室」を訪れていた。

 この技術局長は、かつて国鉄の車両設計に携わっていた、省内でも数少ない「純粋なエンジニア出身」の官僚であった。ロッキードの接待汚職にまみれた他の幹部たちとは違い、彼は政治ではなく「技術の優劣と安全性」だけでインフラを評価する、モノレール陣営にとって最後の良心だった。

「……局長! 見てください。我が社の現場の技術者たちが、不眠不休で引いた図面です! 橋脚の強度計算から、タイヤの摩耗を減らすための軌道のカント(傾き)の再調整、そして待避線の新設によるダイヤの高密度化……! 我々の技術(アルウェーグ式)は、まだ死んでいません!!」

 技術局長は、分厚い眼鏡の奥の目を細め、無言でその青写真を一枚一枚、食い入るように見つめた。

 図面の端々には、現場の整備士や設計者たちが書き込んだ、泥臭くも精緻な計算式と、「絶対に客を安全に運ぶ」という執念のメモがびっしりと残されていた。

「……素晴らしい」

 技術局長は、思わず感嘆の声を漏らした。

「……よくぞ、ここまで限られた条件の中で、これほど緻密なリカバリープランを組み上げた。現場の人間が、どれほどこの車両を愛し、知恵を絞り尽くしたかが伝わってくる。……社長、御社の技術者たちは、日本の誇りだ」

 社長の目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 ようやく、報われた。現場の努力が、純粋な技術への祈りが、国の中枢に届いたのだ。

 ――しかし。

 技術局長が「この図面なら、審議会で私も全力で擁護しよう」と立ち上がりかけた、その瞬間だった。

 ガチャリ。

 局長室のドアが開き、省内の予算を握る「官房長(大蔵省の息がかかったヒラメ官僚)」が、冷たい顔で入ってきた。

「……おやおや、技術局長。そんな『紙くず』を見て、何をご熱心に?」

「紙くずとはなんだ! これはモノレールの技術者たちが魂を込めた……」

「ええ、ええ。技術的には立派なんでしょう。しかしね」

 官房長は、冷酷な笑みを浮かべ、一枚の通達書を局長のデスクに叩きつけた。

「……先ほど、大蔵省の主計局から『内示』がありました。

 次年度以降、モノレールの拡張に関する予算は【一円たりとも認めない】とのことです。……技術的に可能だろうが不可能だろうが、カネ(予算)がない以上、その図面はただの落書きですよ」

「な、なんだと!? なぜ大蔵省が、我々の技術的評価を待たずに予算を……!」

「……さあ? 京急さんあたりが、大蔵省の『あのお方』を、よほど気持ちよく接待したんじゃないですかね」

 官房長は鼻で笑い、社長から青写真を無造作に奪い取ると、ゴミ箱の上で手を離した。

 バサリ。

 何万時間という技術者たちの血と汗の結晶が、無情にもゴミ箱の底へ落ちていく。

「……社長さん。インフラってのは、ネジと計算式で動いてるんじゃないんですよ。政治とカネで動いてるんです。……せいぜい、審議会では『立派な夢物語』を語ってくださいな」

 技術局長は悔しさに唇を噛み切り、社長はゴミ箱に落ちた図面を見つめたまま、声もなく泣き崩れた。

 技術者たちは何も悪くない。ただ、彼らの純粋すぎる祈りは、昭和の暗黒という底なし沼には、あまりにも無力だったのだ。

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