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第187話 『羽田聖戦編(11) 幻の青写真と、哀しき徹夜軍団』

 昭和54年、初冬。

 運命の『運輸審議会』まで、残すところあと二週間。

 深夜の東京モノレール本社・大会議室には、紫煙と、すえたような汗と安コーヒーの匂いが充満していた。

「……ここだ! 昭和島と整備場駅の間に『待避線(すれ違い設備)』を増設すれば、理論上、運転本数は今の1.5倍に増やせる!! そうすれば、ジャンボジェット時代の乗客もさばき切れるはずだ!!」

「社長! それならいっそ、羽田の地下まで橋脚を伸ばす『新駅案』も盛り込みましょう! 京急の地下トンネル案に対抗するには、我々も拡張計画ビジョンを見せるしかありません!!」

 ワイシャツを腕まくりし、ネクタイを緩めたモノレールの社長と数名の幹部たちが、巨大な羽田周辺の地図(青写真)を囲み、血走った目で赤ペンを走らせていた。

 世間からのバッシング、銀行の融資打ち切り、そして親分(国鉄・日立)からの見捨て。

 すべての外堀を埋められた彼らに残された唯一の武器は、運輸審議会で提出するこの**「起死回生の巨大拡張計画書」**だけだった。

「……いいぞ。この図面なら、運輸省の保守派の連中も納得するはずだ。我々はまだ終わっていない。空の特権階級の意地を見せてやるんだ……!!」

 社長の震える声に、徹夜明けの幹部たちが力強く頷く。

 それは、インフラマンとしての誇りを懸けた、涙ぐましいまでの企業努力の結晶であった。

 ――しかし。

 彼らは、まったく気づいていなかった。

 社長が力強く赤ペンで「待避線建設予定地」と丸で囲んだ、橋脚の真下にあるスクラップ工場跡地。

 「新駅建設予定地」として線を引いた、空港の隅にある泥地。

 そのすべての土地の登記簿が、すでに数週間前、「相鉄グループ」のダミー会社の手に渡っているという絶望的な事実に。

 さらに彼らは、審議会を突破した後の「莫大な建設予算(数百億円)」を前提に事業計画を組んでいたが、その予算の蛇口を握る大蔵省の若きエリート課長が、すでに赤坂の裏座敷で**「モノレールの補助金はゼロにする」**という京急側との密約(接待)を交わし終えていることなど、知る由もなかった。

 同時刻。

 品川の京急本社・役員応接室。

 五代専務と相鉄の川島社長は、深夜にもかかわらず、最高級のブランデーを傾けていた。

「……今頃、モノレールの連中、審議会に向けて必死こいて『拡張計画』でもデッチ上げてる頃ですかねェ?」

 五代が、窓の外の暗闇に向かって皮肉気に笑う。

「……ええ。無駄な徹夜をさせて、本当に申し訳ないことをしましたよ」

 川島が、くぐもった声で上品に笑い返す。

「……彼らが図面に引いた『未来への線』は、すべて私が買った『相鉄の私有地』の上を走っています。……一歩でも立ち入れば、容赦なく不法侵入で警察を呼びますよ」

「……ククク。インフラ屋にとって、実行不可能な図面(青写真)なんて、ただの便所紙以下だ。……さあて、審議会の本番で、あの紙切れを抱きしめたまま公開処刑される天空の城のシロアリどものツラが、今から楽しみで仕方ねえぜ」

 夜明けの光が、東京湾を白々と照らし始める。

 モノレールの会議室の机の上には、決して実現することのない「幻の青写真」が、彼らの最後の希望として、痛々しいほどに輝いていた。

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