表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

186/251

第186話 『羽田聖戦編(10) 赤坂の夜と、寝返る有識者』

 昭和54年、初冬。

 運命の『運輸審議会』まで、あと数週間。

 東京モノレールの社長は、丸の内の冷たい風に吹かれた後、最後の「防御線」を固めるべく奔走していた。

 運輸審議会は、運輸省の官僚だけで決まるものではない。大学教授や財界の重鎮など、数名の「有識者委員」による多数決(答申)が絶対の効力を持つ。

「……国鉄も銀行も駄目なら、委員の先生方に直接『モノレールの優位性』を訴え、票を固めるしかない!」

 社長は、かつてモノレール開業時に「未来の交通機関」と絶賛してくれた高名な大学教授(審議会委員長)の自宅へ、分厚い手土産を持参して日参していた。

 しかし。

 その夜、赤坂の超高級料亭『松ヶ枝』の奥座敷では、すでにインフラの地殻変動が起きていた。

「……いやはや、五代専務。そして川島社長。まさかこのような素晴らしい席にお招きいただけるとは」

 上座で上機嫌に杯を干しているのは、他でもない、その「高名な大学教授(審議会委員長)」であった。

 五代は、見事なトラフグの刺身を箸で乱暴にすくい上げながら、ニヤリと笑った。

「……先生。来月の審議会、大変な役回りですねェ。ロッキードで揺れる運輸省の泥カブリ……。変に『天空の城』を擁護すれば、先生の清廉潔白なアカデミズムの経歴に、特捜部の泥が跳ねるかもしれませんぜ」

「うっ……」

 教授の手がピタリと止まる。五代の言葉は、急所を的確にえぐっていた。

 すかさず、隣に座る相鉄の川島社長が、極めて上品な笑みを浮かべて銚子を傾けた。

「……先生。我が相鉄グループが現在、神奈川県央に開発中の巨大ニュータウン。そこの『都市交通計画』の最高顧問として、ぜひ先生のお力(お名前)をお借りしたいのです。……もちろん、顧問料としては、大学の年間予算に匹敵する額を用意しておりますが」

 脅し(特捜部の影)と、甘い蜜(合法的な巨額顧問料)。

 地べたを這う野良犬たちの、完璧な「アメとムチ」であった。

「……し、しかし……私は長年、モノレールの推進派として論文を……。今さら京急の羽田乗り入れに賛成のハンコを捺せば、学者のプライドが……」

 額に脂汗を浮かべる教授に対し、五代は冷酷に言い放った。

「……プライドォ? 先生、時代は変わったんですよ。

 強風で止まり、赤字を垂れ流し、銀行にも見捨てられたポンコツを擁護するのが『学者』ですか?

 それとも、標準軌の高速鉄道(京急)で、都心から羽田まで大量の客を安全に運ぶのが『未来の交通』ですかねェ?」

「…………ッ!!」

「……答えは出てるはずだ。先生のその高名な頭脳で、一番『安全な道』を選んでくだせえよ」

 五代は、教授の前に、白紙の『京急乗り入れ賛成票ダミー』を滑らせた。

 数日後。

 モノレールの社長が再び教授の自宅を訪ねると、門前払いを食らった。インターホン越しに聞こえたのは「私は学者として、中立の立場で審議に臨む」という、冷ややかな声だけだった。

 モノレール陣営が必死に数えようとしていた「票」は、審議会が開かれる前から、すでに京急と相鉄の泥沼の中で、音もなく溶け落ちていたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ