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第185話 『羽田聖戦編(9) 沈みゆく巨象と、冷徹なる造物主』

 昭和54年、初冬。

 銀行に融資を断られ、いよいよゴムタイヤの購入資金すら底をつき始めた東京モノレール社長。

 彼は最後の希望を胸に、東京・丸の内にある巨大なビルへ足を踏み入れた。

 日本国有鉄道(国鉄)本社。

 かつてモノレールの開業を後押しし、起点である「浜松町駅」という一等地を与えてくれた絶対的な後ろ盾(親分)である。

「……頼む!! 国鉄の力で、運輸省に圧力をかけてくれ!! 京急の羽田乗り入れなど許せば、浜松町から客が消え、おたくの山手線の運賃収入にも響くんだぞ!!」

 社長は、国鉄の総裁室で、かつての先輩である国鉄幹部たちに土下座せんばかりに懇願した。

 しかし、重厚なデスクに座る国鉄幹部の顔は、モノレール社長以上に青ざめ、そして死んでいた。

「……すまん。……我々には今、君たちを助ける『カネ』も『政治力』も、何一つ残っていないんだ」

「な、なにを馬鹿な!! 天下の国鉄だろうが!!」

「……天下だと? 笑わせるな」

 幹部は、デスクの上に積まれた異常な高さの書類の山を自嘲気味に叩いた。

「……現在の国鉄の累積赤字は『数兆円』規模だ。おまけに明日からまた、巨大な労働組合(国労・動労)が『ストライキ』を起こして全国の列車を止める。……我々はもう、自分たちの巨大すぎる身体インフラを維持することすらできず、内部から腐り落ちる寸前なのだ!! ロッキードに怯える運輸省に、口出しできる余裕などあるものか!!」

 昭和50年代後半の国鉄は、まさに「沈みゆく巨象」。

 自らの借金と労働争議で身動きが取れず、数年後の「分割民営化(JR誕生)」という解体の運命に向けて、ただ死を待つだけの状態だった。

 親分は、すでに瀕死の重傷を負っていたのだ。

 社長は絶望のまま国鉄本社を後にし、公衆電話から震える手で最後の番号を回した。

 生みの親であり、車両のすべてを握る絶対の造物主、日立製作所である。

「……もしもし! タイヤの納品を急いでくれ! 支払いは運輸審議会の後に必ず……!」

『……申し訳ありません、社長』

 電話口の日立の営業担当の声は、極めて事務的で、冷徹な響きを持っていた。

『……我々は「メーカー」です。政治には関与しませんが、「現金」のない所へモノを納めることは、企業としてできません。……それに』

「……それに、なんだ!?」

『……京急電鉄の五代専務から、次期主力車両(1000形・800形)の大量発注の打診をいただいておりましてね。我々としては、羽田にどちらが乗り入れようと、「電車を買ってくれるお客様」を平等に大切にするだけです。……お支払いが確認できるまで、部品の出荷は停止いたします』

 ツー、ツー、ツー……。

 冷たい電子音が、社長の脳髄に響き渡った。

 政治(運輸省)に見捨てられ。

 血液(銀行)を止められ。

 親分(国鉄)は自らの赤字で溺れ。

 そして造物主(日立)からは「ビジネスの非情さ」を突きつけられた。

 社長は、丸の内の冷たい風が吹き荒れる交差点で、完全に立ち尽くした。

 空飛ぶモノレールを支えていたすべての柱が、へし折られた瞬間だった。

 そして、無情にも季節は進む。

 運命の『運輸審議会・公聴会』まで、あと3日。

 天空の城は、一切の武器も防具も持たぬ丸裸のまま、京急と相鉄が待ち受ける「公開処刑の場」へと引きずり出されようとしていた。

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