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第184話 『羽田聖戦編(8) 凍りつく融資と、剥がされる金メッキ』

 昭和54年、初冬。

 東京・丸の内。日本経済の中心地にそびえ立つ、巨大メガバンクの応接室。

 分厚い絨毯と、重厚な革張りのソファ。そこは、現場の泥や油の匂いなど一切届かない、数字と信用だけが支配する「無菌室」であった。

 東京モノレールの財務担当役員・大橋は、額に冷汗を浮かべながら、向かいに座る銀行の融資部長に頭を下げていた。

「……部長。そこを何とかお願いできませんか。現場の車両整備(ゴムタイヤの交換等)が限界に来ております。来月の『運輸審議会』を乗り切るためにも、当面のつなぎ融資として、あと5億円だけで結構ですから……!」

 大橋の声は、ほとんど懇願だった。

 しかし、融資部長は銀縁眼鏡の奥で感情のない目を細め、出された最高級の玉露には一切手をつかずに、静かに首を横に振った。

「……大橋常務。我が行としても、長年『国策インフラ』として羽田を担ってこられた御社との関係は、大変重視しております。……しかし、時代が変わりました」

「じ、時代……?」

「ええ。……これまでは、御社の背後に『運輸省』という絶対の保証人がおりました。少々赤字が出ようとも、国が羽田のアクセスを独占させてくれる限り、我々も安心して融資できた。……ですが現在、その『保証人たち』は、ロッキードの件で特捜部に日参されている真っ最中だ」

 融資部長は、冷たい指先でテーブルの上の書類をトントンと叩いた。

「……来月の『運輸審議会』。我々のシンクタンクの分析では、京急電鉄への羽田乗り入れ免許が下りる確率は『極めて高い』と出ております。……独占権を失い、京急という強力なライバルと価格競争になった場合、コスト高のモノレールが生き残れるという『合理的な数字エビデンス』を、御社は提示できますか?」

「そ、それは……! 我々には、空を走るというブランドが……!」

「ブランドでは、ゴムタイヤは買えませんし、利息も払えませんよ」

 ピシャリと放たれたその一言に、大橋は完全に言葉を失った。

 インフラ企業における最大の強みとは、技術でもブランドでもない。**「国に守られた独占的地位」**である。その金メッキが剥がれた瞬間、彼らはただの「維持費が異常に高い、不完全な乗り物」に過ぎないのだ。

「……本日のところは、お引き取りください。新規の融資は、運輸審議会の結果が出るまで『完全凍結』とさせていただきます」

 丸の内の冷たい風の中へ放り出された大橋は、よろめくように黒塗りの役員車に乗り込んだ。

 カネがない。

 タイヤが買えない。現場が回らない。

 政治ロッキードが崩れ、世論(京急の逝っとけダイヤ)に叩かれ、そしてついに、血液(銀行の融資)まで完全に止められた。

 その頃。

 丸の内の同じメガバンクの、さらに上層階にある「特別VIP応接室」。

 そこでは、相鉄のドン・川島社長が、頭取を相手に満面の笑みで最高級のワイングラスを傾けていた。

「……いやぁ、頭取。我が相鉄グループは、神奈川県央の不動産開発が絶好調でしてね。余剰資金の『数百億円』、そちらの定期預金に回させていただきますよ」

「これはこれは川島社長! 毎度ありがとうございます! いやぁ、相鉄さんのような『堅実で無借金に近いインフラ企業』様は、我々銀行にとって神様のような存在です!」

 川島は、窓の向こう――羽田の方角を見つめながら、心の中で暗く笑った。

(……沈みゆく泥船モノレールからカネを止め、勝ち馬(相鉄・京急連合)に媚びを売る。……これが資本主義の、一番美しい『更地』の作り方だ)

 運輸審議会まで、あとわずか。

 首に巻かれた真綿は、ついにモノレール陣営の「呼吸キャッシュフロー」を完全に停止させたのである。

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