第182話 『羽田聖戦編(6) 買われる泥地と、塞がれる逃げ道』
昭和54年、初冬。
世論に見放され、政治のパトロンたちにも扉を閉ざされた東京モノレール。
孤立無援の社長室で、幹部たちが青ざめた顔で一つの書類を囲んでいた。
「……社長。来月開かれる『運輸審議会』……そこで、我々の羽田独占路線の存廃と、京急の乗り入れ免許の可否が問われます!!」
「わかっている! 特捜部の影に怯える運輸省の連中が、我々を切り捨てるための『公開処刑の場』だ……!!」
社長は、震える手で頭を抱えた。
運輸審議会。それは、日本の交通インフラにおける絶対的な最高裁。そこで「モノレールは不要、京急に免許を下ろす」という答申が出れば、すべてが終わる。
「……ならば、審議会で我々の『生存能力』を証明するしかない! 輸送力を上げるための『新駅の建設』と『待避線の増設』プランを大至急デッチ上げろ!! 我々にはまだ成長の余地があると言い張るんだ!!」
それは、溺れる者が掴んだ一本の藁だった。
モノレール陣営は、羽田周辺の未利用地を使った「起死回生の拡張計画」を審議会に提出し、なんとか延命を図ろうと目論んだ。
だが。
その藁すらも、すでに地べたを這う野良犬(相鉄)の顎に噛み砕かれていた。
同じ頃。羽田空港周辺の、薄汚れたスクラップ工場や雑木林が点在するエリア。
相鉄の現場監督・高見と、経理部の佐藤が、冷たい海風の中で地図を広げていた。
「……佐藤。モノレールの連中が『待避線』を作るなら、橋脚の真下にあるこのスクラップ工場と、あの泥地の所有権が絶対に必要になるな?」
「ええ、高見さん。……ですから、先週のうちに『相鉄不動産』のダミー会社を通じて、周辺の地上げ(買収)はすべて完了しております。相場の3倍の現金を積みましたから、地主たちは喜んでハンコを捺しましたよ」
佐藤は、眼鏡の奥で冷酷に笑い、バインダーを閉じた。
「……モノレールの連中が、運輸審議会でどんなに立派な『拡張計画の青写真』を広げようとも……その土地はすでに、すべて我々相鉄のものです。彼らは未来永劫、軌道を1ミリたりとも拡張することはできません」
高見は、頭上のモノレールの橋脚を見上げ、哀れむように息を吐いた。
「……川島のドンも、えげつねえ真似をする。天空の城の真下を、全部『相鉄の私有地』で囲っちまうとはな。これじゃあ、完全な籠城戦(兵糧攻め)だ」
品川の京急本社。
五代専務の元に、相鉄から「羽田周辺の要所、完全制圧」の一報が届く。
「……ククク。ハハハハハ!!!」
五代の凶悪な笑い声が、執務室に響き渡った。
「……よくやった相鉄。これで、モノレールは一切の拡張も改善もできない『ただのポンコツの鉄くず』に成り下がった。……言い訳の余地は、完全にゼロだ!!」
五代は、デスクの上に置かれた『京急・乗り入れ認可申請書』を指で弾いた。
「……さあ、震えて待ってろよ、エリートども。来月の『運輸審議会』で、てめえらの息の根を完全に止めてやる!!」
世論、政治、そして地理。
すべての外堀を埋め尽くされた天空の城は、もはや逃げ場のない完全な密室と化していた。
羽田強奪・運輸審議会へ向けた、絶望のカウントダウンが加速する。




