表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

162/251

第162話 『日常:VIP編(4) 沈黙の守護者と、不可欠な共犯』

 昭和54年、初夏。

 箱根山頂の独立国家『ハコネ・スカイ・ヴィレッジ』。第3層『迎賓館』の最奥、川島社長の執務室。

 そこには、昨夜の密談を終えたばかりの国務大臣が、安堵の表情で最高級の葉巻を燻らせていた。

「……ふぅ。つくづく感心するよ、川島くん。この『密室』だけは、何物にも代えがたい」

 大臣は、窓の外(実際には厚い岩盤を映す高精細なモニター)を見つめながら呟いた。

「赤坂の料亭も、海外の大使館も、もはや信じられん。だがここだけは、物理的に特捜部もマスコミも入り込めない。……この『絶対の沈黙』こそが、私にとっての生命維持装置だ」

 川島は、一言も脅しの言葉を口にしない。ただ、恭しく、大臣のグラスにブランデーを注ぎ足しただけだ。

「……光栄でございます、先生。先生のようなお方が、心置きなく『国造り』に専念できるよう、我々はインフラを磨き続けております。……我々の役割は、先生の『沈黙』を、この岩盤の中に永遠に埋葬し、誰にも暴かせないことです」

 川島は、机の上に一枚の書類を置いた。

 それは、神奈川県内の大規模な国有地を、相鉄が「防災拠点」として格安で一括借り上げするための申請書だった。

「……ただ、先生。この『絶対の聖域』を維持するためには、我々相鉄も、有事に備えてさらなる拠点を地上に確保し、盤石な物流網を築かねばなりません。……これは先生の、ひいてはこの国の『沈黙の盾』をより強固にするための、いわば防衛費のようなものでございます」

 大臣は書類に目を落とし、ふふ、と笑った。

 恐喝されているという感覚は微塵もない。むしろ、「相鉄が強くなればなるほど、自分の汚職も秘密もより深い闇に隠される」という、絶対的な安心感(共依存)だけが胸を満たしていた。

「……なるほど。相鉄のレールが神奈川を覆い尽くせば、私の秘密を運ぶ『闇のデリバリー』もより安全になるというわけか。……よかろう」

 大臣は、自らの意思で万年筆を手に取った。

「……こんな土地の認可など、私の安全に比べれば、ただの**『はした金(必要経費)』**だ。……川島くん、相鉄をさらに巨大にしろ。君たちが強大になればなるほど、私もまた、誰にも脅かされない場所で永遠に君臨できるのだからな」

 サラサラと、国家の血肉が相鉄の「私物」へと変わる音が、密室に響く。

 これは「強要」ではない。自分の立場を盤石にするための、権力者による「投資」だった。

「……ありがとうございます、先生。……これからも先生というお方を、我々のレールの『特等席』でお守りし続けることを、お約束いたします」

 大臣が地下アプト式軌道の奥へと、満足げに去っていく。

 その背中を見送りながら、現場監督の高見が、司令室の影から現れた。

「……恐れ入ったぜ、社長。脅しもしねえのに、あいつ、自分から進んで国を切り売りしやがった」

「……当然だ。彼らは誰よりも臆病で、誰よりも『自分だけを信じている』のだからな」

 川島は、サインのされた書類を恭しく懐に仕舞い込んだ。

「……我々のインフラを、彼らにとって『手放せぬ盾』にしてしまえば、彼らは自分の身を守るために、喜んで我々の金庫に利権を投げ入れ続ける。……敵を作るなど、三流のすることだよ。高見」

 大衆の幸福。成金の見栄。そして、VIPの保身。

 箱根の山頂に築かれた巨大な要塞は、日本という国家の「業」を燃料にして、音もなく、しかし確実に加速し続けていた。

 この『ハコネ・スカイ・ヴィレッジ』という名の共犯関係から降りられる者は、もうこの国のどこにも存在しなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ