第161話 『日常:VIP編(3) 地図にない物流(デリバリー)と、闇のハブ駅』
昭和54年、初夏。
箱根山頂の独立国家『ハコネ・スカイ・ヴィレッジ』の地下深く。
第3層『迎賓館』のさらに下層、岩盤をくり抜いて造られた「非公開」のプラットホームには、一台の無銘の貨物列車が停車していた。
窓一つない、鈍い銀色のコンテナ。牽引するのは、相鉄が誇る最新鋭の電気機関車。
だが、この列車が走るのは、小田急や東急、ましてや京急の路線ではない。
先日、防衛庁長官が「自分の金ではないから」と、サイン一つで相鉄に管理権を明け渡した**「厚木・座間・相模原を結ぶ、米軍・自衛隊共用の極秘地下バイパス」**である。
「……高見さん。荷主の顔ぶれを見ましたか? 震えが止まりませんよ」
司令室でモニターを監視していた若手社員が、顔を青くして呟いた。
そこには、日本の政治・経済・そして裏社会までも掌握する、本物の「フィクサー」たちの名が連なっていた。
「……バカ野郎。名前なんか見るんじゃねえ。俺たちが運んでいるのは『モノ』じゃねえ。国家の『沈黙』そのものだ」
現場監督の高見が、タバコの煙を吐き出しながら、モニターに映る「闇のハブ駅」を指差した。
相模原の地下、厚いコンクリートの隔壁に守られたその駅は、地上ではただの「基地の防空壕」として処理されている。だが、その実態は、箱根の地下要塞と直結する**「国家の禁忌専用の物流デリバリー・センター」**だった。
ガチャリ、とコンテナの扉が開く。
運び出されるのは、武器商人との裏取引で得た「出所不明の金塊」、選挙資金として消えるはずの「記号のない旧紙幣」、そして……。
かつてのスキャンダルを揉み消すために回収された「証拠物件」の数々。
これらは、地上の道路や一般の貨物鉄道で運ぶにはリスクが高すぎる。
いつ特捜部の検問に遭うか、ライバル派閥の襲撃を受けるか分からないからだ。
だが、相鉄が管理する「地図にない軍用線」を使えば、厚木基地から箱根の地下金庫まで、一度も太陽の光を浴びることなく、完全に「不可視」の状態でデリバリーが可能となる。
「……ふふふ。これが、本物のVIPが欲しがる『物流』だ」
司令室の奥で、相鉄のドン・川島が満足げに葉巻を燻らせた。
「第2層の成金どもは、カウンタックで風を切って走るのが贅沢だと思っている。……だが、本物の権力者たちは、一歩も動かずに『不都合な真実』を闇から闇へ葬り去ることこそが、最大の贅沢だと知っているのだ」
そこへ、一人の老政治家が、地下アプト式軌道を通ってお忍びでやってきた。
彼は昨日、相鉄の「密室」を利用して海外のロビイストと会談した男だ。
「……川島くん。例の『荷物』は、無事に座間の倉庫に届いたかね」
「ご安心ください、先生。先ほど、弊社の『特別便』が相模原のハブを通過いたしました。明朝には、先生の私邸の地下車庫へ、自衛隊の演習物資を装ってお届けいたします」
川島が静かに書類を差し出す。
それは現金での請求書ではない。
相鉄が現在計画している「海老名・大和周辺の、かつて軍用地だった広大な遊休地の、民間払い下げと再開発認可」を求める極秘申請書だった。
「……ほう。あそこの土地を、相鉄の街にするつもりか。……相変わらず、タダでは動かない男だな」
老政治家は苦笑いした。
だが、彼は一瞬の躊躇もなく、その数千億円の資産価値を持つ「国の土地」を、サイン一つで川島に譲り渡した。
「……構わんよ。あんな不毛な空き地、相鉄にくれてやったところで、私の『個人の財布』からは一円も減らん。……それよりも、あの『不都合な金塊』を特捜部の目から隠し通せたことの方が、私にとっては数倍の価値がある」
老政治家の目が、腐り切った権力者の光を放つ。
「……安心を買うための、ほんの**『はした金(必要経費)』**だ。受け取りたまえ」
「……御意に。毎度、ありがとうございます」
川島は、国家の血肉(土地)を切り取った書類を恭しく受け取った。
第1層、大衆の小銭。
第2層、成金の大金。
そして第3層、国家の利権。
相鉄が造り上げた「闇の物流」は、権力者たちの弱みを「物理的なレール」で繋ぎ止め、彼らを一生、相鉄というインフラから逃げられない「共犯者」へと仕立て上げていった。
神奈川の地下を這う地図にないレールは、今日も音もなく、国家の禁忌という最も重たい貨物を載せて、箱根の要塞へと流れ込んでいく。
「……高見。次の『デリバリー』の準備をしろ。……今度は、さらにヤバい『人間』が、このハブ駅を使いたがっているぞ」
川島社長のえげつない笑みが、窓のない司令室に響き渡った。




