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第四十三話 「夜花と虹の橋」

 

 しばらく宿で仮眠をとったあと、約束通りリズの手伝いをしに行くことにした。

 完全にやらかしたんだけど、どこでやってるか聞くの忘れてた。

 道すがら散歩してるっぽいエルフにリズのことを尋ねると先ほど牧場の近くで見かけたそうなので、礼を言って牧場に向かう。

 いまのエルフもかなりの美形だった。道中ちらほら他のエルフとすれ違うが、誰もかれもやっぱり美形。――じゅるり。たまりませんな。

 つか、気になってたんだがエルフってどうやって子作りしてんだ? エルフの見た目は誰もが女の容姿をしていて男のエルフには一度もお目にかかれていない。だとすると、エルフには女性しかいないということになるのか? パコパコして子供を作るわけではないとしたら、人の繁殖とは違った形で種を繋いでいる可能性もある。生物の中には単体で子供を作る単為生殖というものがあると、いつだったかレイちゃんに教えてもらったことあったけど、エルフもそういう仕組みなのかもしれない。

 ……いやでも、そうなるとリズの存在が説明つかなくなる。レイちゃんはリズをハーフエルフだと言った。つまり、人とエルフが交わったということの証明だ。

 ……うん、俺にもチャンスあるな! 最近ご無沙汰過ぎて腰の振り方を忘れちまいそうだったから、熱い夜を過ごしたいものだ……。

 グヘヘ、とあやしい妄想を繰り広げているとあっという間に牧場に着いた。

 柵を越え牛舎のような建物に近付くと、血の臭いが鼻を突く。中の様子を窺ってみると、ちょうどリズが肉を捌いている所だった。


「お疲れさん。うまいもんだな」


「ああ、マサヒロか。いつもやっていることだからな。嫌でも慣れる」


「こいつの肉を宴ん時に使うんだよな。楽しみだぜ」


「一汗かくとさらに旨く感じるぞ。ちょっと捌いてみるか?」


「お、やるやる。ちょっくら手洗ってくるわ」


 手を洗い、リズの下に戻り専用の包丁を受け取る。見よう見まねで捌いてみるがこれがかなり難しい。

 リズに指示をしてもらいながらやっとこさ再生する猪セーフリームニルの肉を捌ききることに成功するが、残ったのは切り分けられた肉と骨だけになったしまった猪の亡骸だけ。


「なあ、リズ。こいつはいつになったら再生するんだ?」


「ん? 明日だが。なんだ、すぐ再生すると思ってたのか?」


「おう、見る見るうちに復活するもんだと思ってたんだが、違うのか。ま、それならしゃあねえやな。明日まで辛抱しとくかい。出発する前にでもチラッと見に来るわ」


「……やっぱり明日にはもう行ってしまうのだな」


「おうよ。明日からは止まることがない戦乱に身を投じる。だから気ままに騒げるのは今日で最後だ。派手に騒がせてもらうからよろしくな」


「……」


 リズがなんとも言えない顔をしてしまった。


「そう暗い顔すんな、リズ。楽しむときは楽しむ。メリハリしっかりしとけよ」


「……ああ。わかったよ。――さて、メインの肉も捌いたし、あとやることはもうない」


「調理の方はどうすんだ?」


「城から陛下専属の料理人が来てくれるから、あちらに任せる。マサヒロはもう少しぶらぶらしてくるといい」


「あぁんもうリズちゃんいけず~! 僕とお喋りしてよ~」


「き、気持ち悪い声を出すな! 私はこれからちょっと城に行くしかないんだ。陛下に呼ばれていてな。ピサータもいま城にいるらしいぞ」


「ピサもいんのか。じゃあ、女だけの秘密のお話に首突っ込むのも悪いし、そこら辺ぷらぷらしとくわ」


「別に秘密の話をするわけではないのだが……。まぁいい。宴は中央の広場で開くから、暗くなり始めたら集まってくれ」


「はいよ。了解」


 リズは城に向かい、俺は城下町を散策しながら時間を潰した。


 しばらくすると夜の帳が下り、城下に暖かな明かりが灯り出した。町にも賑わいが溢れ出し、俺の横を楽しげな声を上げエルフの子供たちが走り過ぎて行く。宴の始まりが近付いていた。

 中央の広場に移動する途中、すぐにばったりとオルガに出くわした。行き先は一緒なので並んで歩く。


「よう、オルガ。楽しみだな」


「ですな! 町で聞いたのですが、この地特有の酒があるとか。ヨダレが止まりませんな」


「らしいな。山羊から搾れるとか言ってたが、どんな味するのかいまから楽しみだ」


 そんな話をしていると、すぐに中央の広場に到着し、その煌びやかな宴の席に驚かされた。

 たくさんのテーブルが置かれ、その上には見たこともないめずらしい料理が並ぶ。さっきリズと一緒に捌いた猪セーフリームニルの肉もこんがりと焼け、香草の良い香りが立ち込めている。テーブルの間を蜜酒が搾れるという山羊ヘイズルーンが行き交い、準備は万端のようだ。

 俺とオルガは近場のテーブルに適当に座り、ピサの到着を待つことにした。

 そういや、リズやグローリエンの姿も見当たらないし、三人とも一緒に来るのだろうか?

 なんてことを考えながら、オルガと好きな女のタイプについて熱い議論を交わしていると遠くで黄色い歓声が巻き起こった。

 なんだなんだとそちらに視線を向けると、エルフが群がっていて、段々とその黄色い歓声が近付いてくる。次第にエルフたちの人混みが割れてゆき、歓声が向けられていた人物が俺たちの前に姿を現す。その正体は言わずもがな、ピサとリズとグローリエンの三人であった。

 相変わらず綺麗な三人だが、俺はその出で立ちに驚きを隠せない。

 ピサは鎧姿でもないし、リズもさっきまでの軽装でもないし、グローリエンも高そうなドレスを着ているわけでもないからだ。

 その服は見たこともない珍しい衣装だった。

 綺麗な柄の生地を一枚だけ羽織り、それを腰の帯だけで留めてある。エルフの民族衣装がなにかだろうか。

 俺はお綺麗な衣装を身に纏ったピサに素直に感想を述べた。


「よう、ピサ。ちょっと見ない間にずいぶんおめかししたみたいだな」


「でへへ〜。すごいでしょコレ。グローリエンが貸してくれたの。なんでも、東の島国にこういう衣装があるみたい」


「へえ。なんつーか、風情があるっていうのか? なんか良い感じだな。似合ってるぞ」


「でしょでしょ! あ、それとリズちゃんの衣装も可愛いから見てあげて」


「や! わ、私はいい……!」


「ダメですぅ! ほら、私の後ろに隠れてないで、前に出て」


 ピサの背中から前に引っ張り出され、俺に全身を見られるリズは辱めを受けたように顔を真っ赤にしている。


「わ、私は聞いてなかった! 城に着いたら陛下とピサータに無理矢理着せられて……!」


 こいつななにを恥ずかしがってるんだ?

 ぶっちゃけ三人の中で一番似合ってる。

 スレンダーな身体のラインが色気を感じさせ、頭の上に纏められた髪も涼しげで、その雪のように白い純白のうなじも美しい。


「リズも似合ってるぞ。綺麗だ」


「なっ?! にゃ、にゃにを言うマシャヒロ?! そんにゃことは聞いてない!」


 リズの慌てふためきようが面白い。

 さらにその後ろからグローリエンも俺の前にやってくる。


「グローリエンも似合ってるぞ」


「あら、ありがとうございます。こういう趣向も良いかと思いまして用意しましたが、正解だったみたいですね」


「ばっちりだ。――うし! とりあえずは揃ったな。始めようぜグローリエン!」


「ええ、そうですね。折角の料理も冷めてしまいますから。では、これより外から帰りし方たちの歓迎と同盟を結んだことを祝した宴を執り行いたいと思います。楽器隊、演奏を」


 どこから現れたのか、様々な楽器を携えたエルフたちが出てきてグローリエンの指示通り、宴の開始を告げる旋律を奏で出した。

 出したのだが……。


 なんか想像してたのと違う。

 その旋律はあまりにも優雅で煌びやかな王族や貴族なんかが好みそうな小洒落た音色だ。

 さながら、晩餐会の装い。


 いやね、郷に入っては郷に従えと昔の人は言ったけれども、これでは騒ぐに騒げない雰囲気だ。

 ピサは聞き慣れているのか、普通に耳を傾けその音色を楽しんでいる。

 だがしかし、オルガは場違いな酒の席に来てしまったかのようにキョロキョロと視線が泳いでいる。

 ……奇しくも、今回ばかりはオルガと同じ気持ちな俺は椅子を倒しながら、楽器隊に歩み寄り、太鼓に似た楽器を持つエルフからそれを奪う。

 俺の奇怪な行動にリズも慌てて止めに入る。


「コラ、マサヒロ! どういうつもりだ! 陛下が用意して下さった折角の演奏を!」


「なぁに。ちっとばかし、俺たち流の宴っつーのを披露してやろうと思ってな。ピサ! オルガ! 暴れる用意はできてるな?」


 オルガは目を輝かせ、ピサは呆れたように笑っていた。

 そして、俺は太鼓を叩き、陽気なリズムを刻む。


「オルガ! 好きに踊れ! ピサは楽しげな歌でも頼むわ! いくぞ!」


 待ってましたと言わんばかりにオルガ十八番のゴリラダンスを披露し、エルフの子供たちからは熱烈な歓声を浴びている。

 ピサの歌声は大人のエルフたちすら魅了するほどに美しかった。

 次第に、晩餐会のような雰囲気を醸していた宴の場に変化が生まれ出す。

 足でリズムを刻み、ピサの歌に合わせて合いの手を入れるエルフが増えてきた。

 俺は太鼓を持ち主に戻し、俺が奏でた演奏をするように伝えるとその場を離れ、リズの手を取った。


「な、なにをする!」


「仕上げだよ。いくぞ、リズ。ついてこい!」


 時を同じくして楽器隊から、俺が奏でた曲が演奏され始める。俺はリズの腰を抱き、軽快なステップを刻む。最初は戸惑いがちだったリズも興が乗ってきたのか、次第に笑顔になり、楽しそうに踊ってくれる。

 この国アールヴの人気者リズが楽しげに踊っているとあらば、大人しく貴婦人のようにお淑やかなエルフたちも我先にと俺とリズの周りで、踊り、そして高らかに歌う。

 装いは、いつもの宴にと瞬く間に変わり、改めて最高に愉快な時間へとなっていったのだった。


 ひとしきり開幕の熱狂のまま陽気に騒ぎ、場がある程度を温まったあたりで、俺たちは一旦テーブルに腰を落ち着ける。ただ、オルガだけは俺にこっそりと耳打ちし、ブラッドにも料理と酒を持っていきますと言ってその場を離れる。俺はそっとしといてやった方がいいと思ったが、武人同士なら分かり合えることもあるかもしれない。なんにしろ、なるようにしかならないので、オルガには好きなようにさせることにした。


 ちょっとだけ、しんみりした感情も周囲のエルフたちにより霧散していく。周りでは、普段慎ましく穏やかな生活からの反動かエルフたちはまだ楽しそうに踊ったり、歌ったりと興奮が冷めやらないようにどんちゃん騒ぎをしていた。

 これも、隣に座り頰を上気させるリズの頑張りのおかげだな。肩を叩き、リズに声を掛けてやる。


「リズ、ナイスアドリブだった!」


「びっくりしたぞ! 急な事は苦手なんだ!」


「でも、リズが頑張ってくれたからご覧の通り、最高の夜になりそうだぞ」


「あう……。ダメだ。この男に私の常識は通用しない……」


 リズがぶつぶつとお小言を漏らしているが、俺はふと気付き、リズに内緒話するように耳打ちする。


「リズ、見てみな。グローリエンの方」


 リズはちらりとグローリエンを見やる。

 グローリエンは、歌や踊りに合わせ手拍子をし、心の底から楽しんでいるのが見て取れた。


「……ふ、ふん! 陛下が許しているのなら、これ以上なにも言わないわ。でも、急なフリにはもう付き合わないぞ」


「わーったわーった。つか、俺たちまだ乾杯すらしてねぇだろ? とりあえず乾杯しようぜ」


「そうだな。ヘイズルーンを連れてこよう。搾りたての蜜酒は最高だぞ」


 リズは近くを徘徊していた山羊を引っ張ってきて、テーブルに座る全員分の酒を用意した。

 ピサは酒と聞いて心配なのか、キノコを探す豚ちゃんのようにクンクンと匂いを嗅いでいる。

 全員がコップを持ったのを確認し、俺はグローリエンに替わり乾杯の音頭をとった。


「周りはすでにどんちゃん騒ぎだが、改めて乾杯しようや。――そうだな、んじゃ、我らに勝利をってな感じで、乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 ぐびりと一息で蜜酒を飲み干し、舌で味わう。

 蜜酒というくらいだから確かに甘いが、くどい甘さではないしこれは飲みやすい。なにより、リズの言う通り美味かった。


「あ、これ私でも飲めるかも。ていうか、普通に美味しい!」


 ピサもお気に召したようだ。


 蜜酒に続いて、セーフリームニルの猪肉を実食してみる。

 香草の香りが食欲をそそらせ、見た目にも色鮮やかだ。一口分切り取り、口に運ぶ。ジュワリと肉汁が溢れ、旨味が口一杯に広がる。

 新鮮だし、血抜きもしっかりやったから臭みもほとんどない。独特な風味がまたクセになる。


「うまい! リズ、これまじでイケるわ」


「ふふっ。そうだろうとも。それに、自分で捌いたから美味さも一塩だ」


「違ぇねえ」


 香草焼きや蜜酒以外の料理もどれもうまくて、それらに舌鼓をうちつつ、四人での談笑を楽しんだ。しばらくすると、ピサは頰をほんのり染め、目はトロンと明らかに酔っている様子。


「おい、ピサ。大丈夫か? 飲み過ぎんなよ。飲みやすいとは言えれっきとした酒なんだからな」


「わかってる〜。むっ! マサヒロ! 私のコップの蜜酒がなくなっているよ! お酌をしなさい!」


 不慣れなアルコールにちょっと酔いが回り過ぎているようだ。

 近くにいた給仕のようなエルフを呼び止め、水を持ってきてもらうようお願いし、来るまでの間ピサを落ち着かせる。


「こりゃマサヒロ〜! 早く注ぎなさい! 王様の命令であるぞ〜」


 とは言いつつも、瞼が閉じたり開いたりで眠気も限界そうに見える。水来る前に眠っちまいそうだと思っていると、予想通り、ピサがコテンとテーブルに突っ伏し寝息を立て始めてしまった。

 若干遅れて水を持ってきてくれたエルフに礼を言いながら毛布もお願いした。すぐ毛布を持ってきてくれ、それをピサに掛けてやる。


「悪いなグローリエン。ピサは酒苦手なんだが、蜜酒が相当気に入ったみたいで飲み過ぎちまったようだ」


「かまいませんよ。可愛いらしい寝顔で私も癒されますから。……あぁ、でもちょっと残念かもしれませんね」


「残念?」


「ええ。実は特別な趣向を凝らしたモノがあって、それを是非お見せしたかったのですが……」


「あ、そうなの? またまたグローリエンも粋だね〜。寝ちまったもんはしょうがねえし、せっかくだから見せてくれよ。つか、一体なにを見せてくれるんだ?」


「もしかしたら、音で起きるかもしれませんし、もう始めてしまうのもありかしら……。ええ、そうね、始めてしまいましょう。コホン。マサヒロ卿、それはご覧になってからのお楽しみということで」


 グローリエンは立ち上がり、段取りを進ませるために席を一旦離れた。


「よう、リズ。グローリエンは一体なにをするつもりなんだ?」


 リズはコップを傾け蜜酒を飲みながらこちらに視線を寄越す。

 陶器のように真っ白な肌がほんのり染まり、左右で違う色をした瞳がじんわり濡れてかなり色っぽい。どうやらリズも少し酔っ払っているようだ。


「陛下が仰ってただろ、見てからのお楽しみにって。……ふふっ。でも、少しだけなら教えてやる。マサヒロは夜に咲く花を見たことがあるか?」


「夜に咲く花? いや、どうだろうな……。花はあんまり詳しくねえから、見たことあるかもしれねえし、ねえかもしれねえ」


「予言しよう。マサヒロは絶対、驚く。そら、もう始まるみたいだ。空を見上げて」


 空を見上げると、なんの変哲も無い夜空が広がるばかり。リズに再度質問しようとすると、頬を手で挟まれ無理矢理上を向かされる。


「ダメだ。空を見て。このまま」


 よくわからんが大人しくそのまま夜空を見上げていると、ゴゴゴッ! と大地が地響きを上げ、震えだした。

 動こうとするが、それでもリズは上を向かせたまま俺を離さない。


「大丈夫。だから、そのまま……」


 すると、城のほうからなにかが爆発したような音が聞こえ、同時にヒュ〜という音と光が空に昇って行く。

 光は上まで昇るとそのまま弾け、大輪の花を夜空に描いた。


「夜空に咲く花。我々は『夜花(よるばな)』と呼んでいる。祭事などの時にだけ特別に打ち上げるのだが、今回は特例のようだ」


 色とりどりの花びらを咲かせ、夜空いっぱいに火の花が輝いた。


「すっげえ……。こんな綺麗な花は見たことがねえ」


「ふふっ。その顔が見たかった」


「洒落たおもてなししてくれるねえ。――おっ、また打ち上がったぞ! 今度は赤だ! まじですげえ……。でも、あれだな、すぐ光が消えちまうからずっと見ときたいのに、見ていられないってのは惜しい」


「一瞬の輝きだからこそ、儚く、美しくあるものもある」


「詩人みてえなこと言うんだな、リズ。なかなか才能あるんじゃ……」


 リズのほうを向くと鼻と鼻がくっつきそうなほど近くにリズの顔があった。

 びっくりして身を引こうとするが、彼女の瞳が俺を射抜き、後退を制止させる。戸惑い、理解できない感情、様々な思いがリズの表情から滲んでいる。どうしたらいいかわからない、けれども、本能は自然とその方向に向かう。

 濡れた瞳、艶めかしく照らされた唇。どちらからともなく、ゆっくり吸い込まれように近付く二人の距離。

 あと、十センチ。あと、五センチ。あと……。


「うにゅぅ……? うるさいなぁ。なんの音マサヒロ〜?」


 途端に我に帰り、身体を離す。ピサの寝惚けた声により、現実へと戻された。


「ピ、ピサータ! お、起きたようだな。空を見上げてみろ。すごいものが見られるぞ」


 リズは先程とは打って変わり普段通りにしていた。

 俺は頭をぽりぽりと掻いて、ため息をつく。柄にもなく雰囲気にあてられちまったようだな。……ま、お互い酒のせいってことにしとくか。


「うわぁ……。なにあれ! 空に花が! それにすごい音! お腹にびりびりくるね!」


 すっかり目を覚ましたピサが興奮した様子で夜花を見上げていた。

 夜花がドーンドーンと空に咲くのを眺めていると、席を外していたグローリエンが戻ってくる。


「いかがですか? ピサータ、マサヒロ卿。お気に召したかしら?」


「すっごく綺麗だよ! グローリエン!」

「だな。最高にイカしたもてなしだ」


「満足していただけたようでなによりです。……あら? リズ、顔どうしたの? 真っ赤よ?」


 ガタッとリズがイスを後ろに倒し、あわあわしながら返す。


「ひゃっ?! べ、別になんともありません! あ、そう! お酒です! 今日は飲み過ぎてしまって! ちょっと酔いを醒ましてきます!」


 慌ただしくリズは走って行ってしまった。

 グローリエンはクスクス笑いながら、俺に優しげな眼差しを向けてくる。


「ったく。あんたも人が悪いぜグローリエン。どうせ、千里眼とか言うので覗いてたんだろ? 自分の部下とは言え、盗み見は感心しないぜ」


「いーえ。これも重要なことです。あの子のお婿さん探しなのでこちらも真剣なのです」


「……そうかい。ま、期待に添えるかはわからんが、探すくらいなら引き受けてやる」


「ええ、そうしていただければ幸いですね」


「……言っとくが、こっから先覗きは厳禁だ。絶対だぞ? フリじゃねえからな?」


「ええ、わかっていますとも」


 ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべいるグローリエンはどうも信用ならないが、見られた所で変なことするつもりはないからいいんだけど。

 夜花を見ていたはずのピサもテーブルに突っ伏し再び睡眠を再開していた。

 時の神殿では立派な振る舞いをしていたけど、やっぱりまだまだ子供だな。俺はピサの頭をくしゃりと撫でてやる。


「うにゅ……。にゃむにゃむ……」


 よく寝てやがる。


「グローリエン。悪いけど、ピサのこと見といてくれ。俺が遅くなるようだったら宿に送ってもらえると助かる」


「全て承知しました。ごゆっくりと」


 不気味なほどの笑顔で送り出され、俺はリズを探し歩く。歩き続け、宴の喧騒が届かない牧場の方まで来ると、目的の人物を発見。

 膝を抱え、ポーッと夜空に咲く夜花を眺めていた。

 俺はわざとらしく大きく咳払いをすると、ビクッと身体を硬直させ、恐る恐るのご様子でリズは振り返る。


「よっ。光がない場所の方が、夜花が綺麗に見えるな」


「あ、ああ。そうだな」


 気まずそうなリズ。まだまだウブな生娘だ。


「なんだリズ。さっきの気にしてんのか? お互い酔ってただけだよ。一晩寝れば全部泡沫の夢ってやつさ」


「……マサヒロだって詩人のようではないか。似合わない」


「時には詩人、時には手品師。男ってのは女を口説く時には色んな顔を使い分けるもんなんだよ」


「それって……最低だ」


 クスクスと呆れたようにリズは笑う。

 はぁ、と息を吐き夜花を見上げながらリズが語り始める。


「なんだか、胸の鼓動が落ち着かないんだ。こんな気持ち初めてで、不思議な気分。私、マサヒロのこともっと知ってみたい」


「……そうかい。あんまり昔話をするのは好きじゃねえんだが、リズの頼みなら聞いてやらんこともないな」


「ああ、よろしく頼むよ」



 遠くで夜花の咲く音が聞こえる。大きな音に遮られて聞き漏らさないように、身体を寄せ耳を傾ける彼女。

 話は遅くまで続き、宴の準備の疲労、たくさん蜜酒を飲んで酔っ払ってしまった二人は、自分の寝床に帰るのも億劫になり、獣の匂いと牧草の匂いが染み付いた牛舎の藁をベッド替わりにさらに遅くまで語らい、そして眠りについた。


 翌朝。

 俺は頬にキスをされ、睡眠から呼び戻される。徐々に意識を覚醒させると追い打ちをかけるように、キスが激しさを増す。


「……おいおいリズ。朝から激しいな。もっと嘗め回してくれ。そんで、段々と下の方に……。って、リズ、お前口が少し臭うぞ」


 目を開けリズを見ると、なんとそこには豚ちゃんが俺の顔を嘗め回す姿があった。


「おえええええ! やめろこの豚やろう! くせえんだよ!」


 豚の顔を払いのけ、起き上がり周囲を見渡すがリズの姿はもうなかった。

 その時、はらりと何かが地面に落ちる。どうやらリズが残した書き置きのようだ。

 内容は、いろいろ準備があるから先に戻っている、と書かれていた。まあ、女は特に朝の支度に時間を割くからな。……と、見逃しそうになったが、書き置きの下の方に追伸があるのを発見。俺はそれを読み思い出す。宿に戻る前にセーフリームニルがどうなったか確かめなきゃな。昨日、捌いたあとに目印として、足首に邪魔にならない程度の紐を括り付けといたんだった。牛舎の中をキョロキョロ見回すと、なんと驚き。足首から紐を生やしたセーフリームニルを発見したのだ。あいつが昨日捌いたやつか。リズの言う通り、肉が再生し捌く前となんら変わらない姿を完全に取り戻していた。

 ……世界は広い。俺の知らない神秘が世界には星のように存在していることを改めて思い知らされた。

 って、感慨に耽ってる俺もあんまりゆっくりしてる場合じゃねえな。宿に戻って、ピサとオルガに出立の準備をさせねば。ブラッドの野郎もそろそろ答えを出す頃だろう。

 藁をはたき落としながら立ち上がり、身体の関節をぐっと伸ばす。慌ただしい一日の始まりだ。牛舎を出て宿に向かった。


 宿に戻ると、ピサもオルガもすでに起きていて鎧を装備し荷物もきっちり竜車に積み込まれていた。


「ようよう、準備万端だなお二人さん。俺、今日発つこと言ってたっけか?」


「おはよ、マサヒロ。ていうか、私がびっくりしたよ今! マサヒロも同じこと考えてたんだね」


「あぁ、なるほど。ピサの指示か。やっぱそうだよな。やる事は決まってんだ。あとは進むだけってな感じだよな」


「うん! グローリエンには昨日のうちに伝えといたから。見送りに来てくれるみたいだよ」


「そりゃありがたい。ちゃんと礼を言っときたかったからな」


「そうだね。――ところでマサヒロ。昨日はどこに行ってたのかな? リズちゃんの姿も見えなかったみたいだけど」


 言葉の端に棘がありますよ! ピサータさん!

 はっきり言っておくが、やましいことはなにもしてない。けれども、説明したところで焼け石に水だろうから、とりあえず口笛を吹いて誤魔化し、グローリエンの到着までなんとかしのぎきることにした。

 なんとか持ちこたえることに成功し、たくさんのエルフを連れたグローリエンが宿の前に集った。


「うっす、グローリエン。昨日は最高の宴ありがとな」


「おはようございます、マサヒロ卿。いーえ、私の方こそとても楽しい時間を過ごせました。ありがとう」


「ピサから聞いてるだろうが、すぐにでもここを発つからよ。別れの挨拶をしておきたかったんだ」


「伺っております。私もお別れと餞別を渡すためにきましたから」


「餞別? いや、悪いよ。これ以上良くしてもらっちゃ」


「マサヒロ卿。時に厚意を断るのは失礼に値しますよ。ここは遠慮せず、受け取ってやってください」


「……だな。悪かった。遠慮なく餞別はいただくとするよ。と、その前にもう少し待たせてくれ。一人遅刻してる阿呆がいる」


 遠くから、ザッザッと足音が近付いてくる。

 見送るために集まってくれていたエルフたちの波が割れてゆき、待ち人が姿を見せた。

 普段は身だしなみに人一倍気を使い小綺麗に、そして騎士然とした佇まいをしていたはずの男ブラッドが、無精髭を生やし目は無気力で、まるで亡霊のようになっていた。その姿に安らぎの剣聖と呼ばれた男の見る影はない。


 俺は一歩前に出て、ブラッドの前に立ちはだかる。


「答えは見つかったか、ブラッドレイ=ザン・クーパー」


 ブラッドが鞘から剣を抜き放ちその場に緊張が走るが、間に入ろうとしたオルガや護衛のエルフたちを手を横にかざし制止させる。

 なんの気力も湧かないのか、虚ろな目をしたまま俺の前に膝を付き、剣を差し出してくる。言葉を待った。


「……私は、一介の騎士。武名を轟かせ、国民を守ることができれば満足でした。しかし、守るべきものを守れず、武名を轟かせることができるかもしれないエルフの力を私は使う勇気と気概がない……。これすなわち騎士として、死したも同然。その在り方を完全に見失ってしまった私はもう、これ以上剣を振るうことはできません」


 絞り出すようにブラッドが吐いた言葉は、最後まで騎士の本懐だった。

 俺は剣を受け取り、差し出されたブラッドの首を見定める。ちらりと後ろを振り向くと、ピサが天を指さしていた。蒼穹に鎮座するは我らが太陽。


 在り方を見失ったなら、お前の価値は俺とピサが決めてやる。剣を振るう理由を見つけられないのなら我らが(つるぎ)となればいい。

 俺はブラッド目掛け剣を振り下ろす。


 静寂の後、流れるは一筋の涙。


「お前の中に蔓延る呪いはここで断ち切った。いまよりお前は我が剣、我が友だ。一人じぇねえ。共に、世界を救うぞ」


「うぐぅ……! 仰せのままに! 我が主よ!」


 ひとしきり泣き叫んだブラッドは、憑き物が落ちたように普段の彼へと戻った。

 そのだらしないツラを綺麗にしてこいと、宿の湯を借り身だしなみを整えさせ、改めてグローリエンの前に集まった。

 俺が別れの挨拶を切り出そうとすると、ブラッドが進み出てグローリエンの前に跪く。


「グローリエン女王陛下! 先日の数々の非礼、大変申し訳ありませんでした。本来であれば自ら首を刎ねそれを謝罪とさせて頂くのですが、私にはやらねばならぬことができてしまいました。どうか、世界を救うその日まで! お見逃し頂けないでしょうか!」


 グローリエンは両手で口を押さえ、涙をボロボロと流した。


「良いのです。良いのですよブラッド殿。あなたが命を絶つ理由など、この世には一分もありません。あなたは精一杯生き抜いてください。それが私があなたに望む唯一のことなのですから」


「もったいないお言葉。感謝致します」


 ブラッドは首を垂れたまま、グローリエンはブラッドを慈しむように肩に手を置いた。

 俺は大きく一本締めのようにその場を締める。


「万事よし! ここに、真の同盟は完成した。あとは、それぞれ成すことを成すとしよう」


 今度こそホントに出立しようとした矢先、またしてもそれを遮られる。


「待て待てー! その出立待てー!」


 次から次へとなんだと声の主に視線を向けると、そこには鎧を纏ったリズが走ってくる姿があった。非常に嫌な予感をヒシヒシと感じやがる、グローリエンなんかそりゃあもう妖しい笑みを浮かべちゃったりなんかして……。


「すまない! 準備に手間取った。さあ、行こうか」


「こらこらリズさん? 僕たちピクニックに行くわけじゃないのよ。戦争しに行くの。おわかり?」


「理解している。マサヒロは昨日言ったな。戦い抜け、と。私もこの戦争の当事者と言っても過言ではないはずだ。だから、戦いに参加する」


「言ったけど、そういう意味じゃ……。おい、グローリエン。お前からもなんとか……」


 あっ、ダメだ。グローリエンは知らぬ存ぜぬを突き通すってツラしてやがる。

 お空綺麗だなぁと思考放棄している間にも、リズは仲間のエルフたちと涙ながらに別れの挨拶を交わしていた。

 これで、やっぱり着いてくんなとか言ったら俺完全に悪者じゃねえか。責任を擦り付けるために、甘えるワンちゃんのようにピサに縋ろうとするが――。


「リズちゃんもきてくれるの? うれしい! ねえ、リズって呼んでもいい?」


「あ、ああ。かまわない。よろしく頼むな、ピサータ」


 もう白目です、僕。いやね、別にリズが来ることはダメじゃないんすわ。むしろ嬉しいさ。でもなぁ。リズとイチャイチャした後のピサが怖い。そうなった時を思い浮かべるだけで、胃がキリキリしてくる。


「なんだマサヒロ。私が一緒にいちゃダメなのか?」


 ふくれっ面のリズが俺を小突いてくる。その少女のような態度に俺もがっくり肩を落とし、腹を決めた。


「ド阿呆。これからどう開発してやろうか悩ましいぜ! って思ってただけだよ」


「お前は日の出てるうちからそういうことを……! そういうのはだな、せめて夜に……ではなくて! 改めてマサヒロの隊に挨拶を。名はリズ=ホズ。得意なのは弓だ。弓なら誰にも負けない自信がある。よろしく頼む。マサヒロ、ピサータ、ファヴ、ゴリラ、ブ、ブラッド殿」


「ああ、よろしくな。つか、ブラッドまだビビられてんぞお前。ちゃんと和解しとけよ」

「よろしくねー! リズ!」

「ゴリラじゃねえ! オルガだ!」

「あはは……。よろしく頼みます、ホズ殿」


 結果として、湿っぽくはならず最後まで笑いの絶えない別れとなりそうで良かった。

 今度こそ本当に出発の時間。

 グローリエンはピサに歩み寄り、手を差し伸べる。ピサもそれに応えた。


「あなたに太陽の加護があらんことを。なにかわからないことがあれば、リズかマサヒロ卿によく話を聞いてください」


「ありがとうグローリエン。必ず、またここに遊びに来るからね」


 手を離し、ピサは身を引く。グローリエンがリズを手招いている。近くまでリズが歩み寄ると、ガバッとリズを抱きしめた。


「へ、陛下?」


「必ず、生きて帰りなさい。これは命令ではありません。私の純粋な気持ちです。わかりましたね?」


 リズもグローリエンの背中に手を回し、そっと抱き返す。


「はい。心得ました。陛下もお元気で」


 最後に俺も歩み寄り、手を差し伸べる。


「ハグしてくれてもいいんだぜ」


「あら、それがお好みだったかしら。でも、リズの婚約者にそういうことするのは憚られるので、握手だけにしておきます」


「だな。さっきから背中に感じる視線がピリついてやがる。下手なことはしねえほうがいいようだ」


「はい。さて、それでは先程話した餞別を受け取っていただきましょう。マサヒロ卿は帰路はどうするつもりでしたか?」


「どうって……。来た道を引き返すだけだが。孔雀の丘を越え、薔薇の庭園を掻い潜って、霧の谷を速攻で駆け抜ける。だってそうする他ないだろ?」


「いーえ。他にも方法はあります。これがその一つ」


 グローリエンはどこからか、腕の中に納まる程の白銀の竪琴を取り出しそれをポロンと指で弾く。すると、地面から赤色の帯が生え、それが空の彼方まで伸びていく。同じようにまたポロンと音を奏でると今度は青色の帯が赤色の帯に寄り添うように伸びていく。その調子で七度同じことを繰り返し、あっという間に七色でできた虹が出現したのだ。


「最後に虹を見せてくれたのか? こんなに近くで見られるもんなんだな。驚きだわ」


「マサヒロ卿。これはただの虹ではありません。その上を歩くことができる魔法の虹なのです」


「まじで? 嘘だろ?」


 半信半疑で、ピサに虹に乗っかってみ? と視線を投げかけると、嬉々として虹に飛び乗るピサ。


「マサヒロこれすごい! 乗れるよ! 虹の上歩いてる! こんな綺麗な橋渡るの、私はじめてー!」


 きゃっきゃっとピサが飛び跳ね、大興奮のご様子。どうやら虹の橋はガチのようだ。


「これは天を駆けることができる虹の橋。頭の中に行きたい場所を思い描き、竪琴を奏でることでその場所まで虹の橋が架かります。いまこの虹は天空の町エルインガングに繋がっていますので、難所を越えずとも安全に帰ることが可能です」


「まじでか! そりゃあ大助かりだ! 帰り道のこと考えるとホントしんどかったからよ」


「僅かでも助力になれれば私としても喜ばしいです。この先、竪琴の力も必要になってくることあるかと思います。なので、竪琴ごと貰ってください」


「え? こんな便利なもん貰っていいのか? 流石に悪いような……」


「厚意を無碍にしては……」


「わかったわかった! 貰う。ありがたく貰ってくよ。後から返せとか言っても返さねえからな」


「結構です。あなた方の力になるのなら、私も本望ですので」


 ふう、と息を吐き竪琴を受け取る。


「んじゃ、俺らは行くわ」


「はい、マサヒロ卿にも太陽の加護があらんことを」


 もう一度キツく握手を交わし、俺は踵を返し仲間たちの下に向かい歩き始める。


「いくぞ、お前ら。シャノンたちが首長くして待ってるかもしれねえ」


 竜車に乗り込み、手綱を叩く。

 虹の橋を確かに踏みしめ彼方にあるエルインガングを目指し進み始める。後ろでは、グローリエンたちがいつまでも大きく手を振り、別れを惜しんでくれていた。

 幻想的で、それでいてどこか懐かしさを覚える幻の都アールヴ。素晴らしい国だった。世界を救った後に、また立ち寄らせてもらうとしよう。


 俺たちは聖域の果て、楽園の都アールヴを後にするのだった。








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