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第四十二話 「往く者の孤独と責務」

 

 連合締結、戦士の魂剣の授受を終えた俺たちは、色々な疲れもあり、休ませてもらうことにした。ブラッドの様子も心配だ……。

 グローリエンも城に戻るそうなので、一緒に神殿の外に向かう。歩きながら、少し戸惑いがちにグローリエンが提案をしてくる。


「今宵、宴の席でも開こうかと思っているのですが、いかがでしょう?」


 ちょっとした衝突があったとは言え、これから手を取り合い協力していく仲間からの誘いだ。無碍にするわけにもいくまい。


「開いてくれるっつーなら、ありがたく参加するぜ。こちらとしても同盟結んだエルフたちと親睦深めたいしな」


「良かった。宴の席は城下町で開きますので、準備ができ次第迎えをやりますからそれまでは宿で休むなり、城下町を見るなり自由にして下さい」


 ちなみに最初は断崖に連なる城に部屋を用意すると言われたが、どうも城は馴染まないというか、かたっ苦しいのが性に合わない。貧乏暮らしのその日暮らしが染み付いちまってるようだ。

 というわけで、城への招待だけは丁重にお断りさせていただいた。

 グローリエンは気を利かせて城下町での宴を用意してくれるようだし、それまで俺はのんびりと宿で仮眠をとらせてもらうとしよう。

 そんな話をしていると、壁画の部屋を通り過ぎ神殿の外に着いた。

 外にはファヴが日なたを浴びて気持ち良さそうに昼寝をしている姿とオルガが剣の素振りをしている姿があった。

 ブラッドの姿が見えない……。


「オルガ、留守番ご苦労。ブラッドはどうした?」


「はい……。ブラッド殿はあの後すぐに目を覚ましたのですが、ふらふらとどこかに歩いて行ってしまいました。止めるべきだとは思ったのですが……」


「いや、かまわん。一人にさせてやろう。つか、あいつはもう一緒には戦ってくれねえかもしれねえな……」


 善か悪か。許すのか許せないのか。

 人の心はどちらかに綺麗に分けられるものではない。俺だって心中定からぬ状況だ。知らされた真実はそれほどに重く、受け入れ難いものだった。消化するには、時間が足りなさ過ぎる。


 俺としてはブラッドに着いてきて欲しいとは思う。だが、ブラッドの気持ちも理解できる。こればっかりは本人の意思を尊重してやらねばならない。

 俺たちがしてやれることは、ただ待ってやることだけ……。


 ……と、いけねえ。グローリエンがまた申し訳なさそうな顔しちまってる。


「悪いグローリエン。ここまでで大丈夫だ。宴期待してるから、パァーッと楽しもうぜ」


「……ええ、そうですね。では、私は一旦戻ります。後ほど」


 グローリエンは一人城に歩き始めると護衛らしきエルフが辺りから湧いてきてあっという間に周囲を固め、そのまま歩き去って行った。

 さて、俺たちはどうするか。


「少佐。差し支えなければ中でなにがあったかお聞かせ願えませんか?」


「あぁ……そうだな。オルガにも話しとくか」


 俺は神殿の中で聞いた事を猿でもわかるようにざっくり簡単に説明してやった。

 オルガは真剣な表情で話に耳を傾け、最後まで静かに聞いていた。


「どうだいオルガ? お前はどう思った?」


 オルガはぼーっと空を見上げ逡巡し、答える。


「ワシは一介の騎士に過ぎませぬ。事態の巨大さ故に語るすべを持ち合わせておりませんのでなんとも言えないのですが、敢えて言うのならば一つだけ。見事なる戦士の魂に負けぬよう戦うのみであります」


 これはこれでオルガらしい……か。

 懐から煙草を取り出し火を付ける。深く肺に吸い込み、大きく紫煙吐き出す。


「いまから自由時間にする。各々夜の宴まで好きに休め。ほい、じゃあ解散」


 湿っぽいっつーわけでもないが、やっぱりエルインガングの人やミルドラードの人が生け贄のようにされてきたことは簡単に消化できるものではない。

 それぞれのやり方、それぞれの時間で飲み込んでもらうしかない……。それは、俺自身も含めて。

 

 ――少し、一人で歩きたい。


 寝ているファヴを起こしてやり、手綱を引っ張りあてもなく歩き始める。

 あてもなくとぼとぼ歩き続ける。俺の様子に心配そうな鳴き声を上げながら頭を擦り付けてくるファヴ。


「別になんてことねえよ。心配すんなファヴ。……つか、それよりも、だ」


 俺は立ち止まり、振り返る。

 すると、咄嗟に物陰に隠れる何者か。まあ、誰かはわかってるけど。


「なんか用かリズ? もう案内は終わってるぞ」


 気まずそうに物陰から姿を現わすリズ。

 黙ったままなので、どうした? と眉を寄せ表情で尋ねる。


「用はない……。けど……あの……」


 歯切れの悪い答えだな。

 大方の予想はつく。戦士の魂剣についてだろう。


「とりあえずどっかに座ろうぜ。立ち話もなんだろ」


「うん……。じゃなくて、ああ!」


 変な奴だ……。

 近くに流れる小川のほとりに腰を下ろし、ぼーっと流れる水を見つめる。


「マサヒロ……」


「ん? おう、なんだ?」


「私たちを……恨む?」


 リズの表情は、捨てられた子犬のように怯えていた。


「別に。つか、リズもグローリエンのやってきたことに加担してきたのか? そもそもお前は賛成したのか?」


「賛成したというか、私が産まれる前から決まってたことだったから、それが当たり前なんだと思っていた。……言い訳がましいな。私は率先して陛下の力になっていたんだ。戦士候補が霧や薔薇、丘をちゃんと通過できるようにサポートをするのが私の役目だった。私が嘆きの霧谷にいたのはそういう理由からよ」


 合点がいった。

 明らかに誘引の魔法にかかっていない人間が、黄金竜ファフニールを連れて歩いていたら警戒して当たり前だし、侵入者だと勘違いして攻撃してきたことも道理が通っている。


「大義のためとは言え、私たちがやってきたことは悪いことだわ。……わかってる。背負う覚悟だってしてきた。でも、でもね……実際に人側の気持ちにぶつかって、わからなくなってしまったの……」


 ブラッドの慟哭は、その恐怖以上にリズの心に違う衝撃を与えていた。

 目の当たりにしてこそわかるモノもあったわけだ。頭の中で処理してきたことは所詮、自分に都合のいい言い訳。リズは初めて現実を直視した。

 あまりにも深く、重い業。

 俺は考えた。ここで慰めの言葉を掛けるのはリズのためにもならないし、魂剣に宿る魂たちへの侮辱となる。

 俺は考えたが、頭が足りなさ過ぎて適切な言葉を見つけられなかった。

 ――それならば、馬鹿なりに正直に話す他ない。


「……そもそも俺は当事者ってわけでもないからな。剣に宿ることになった魂たちに親族がいたわけでもねえし、ダチがいたわけでもねえ。恨む資格事態俺にはねえんだ。俺はお前らを恨んじゃいない」


「でも……! ひどいことしてる最低な奴らって思ったんじゃないの?」


 俺は煙草に火をつけ、紫煙を吐き出しながら、自分の記憶に向き合う。

 血生臭い昔話を思い出すなんて、俺も案外歳食ったもんだ。乾いたため息を漏らしながらリズに答える。


「俺は人を殺したことがある。一人じゃない。何人も、何人もだ」


「……え?」


「外の世界では戦争っつーか、国同士で争ってんだ。俺もその戦いに昔参加してた。その時に、人を殺してる。この手で、剣で、敵を斬り殺した」


「……」


「世が世なら俺は殺人犯だ。でも、いまは戦国。上げた首の数だけ褒められる。狂ってると思うか?」


「わからない……。でも、怖い……と思った」


「だよなぁ。怖い。怖いよ。……別によ、人を殺すことを正当化するつもりはねえよ。悪いことは悪いことだ。しかしよ、だからって俺が斬り殺した奴を見過ごしたらどうなると思う? 今度はそいつが俺が大切に思ってる奴を殺すかもしれない」


「つまり、守るために敵を殺した?」


「間違っちゃいないが、ちょっと違う。結局の所、戦争が続く限り人は死ぬ。たくさん死ぬんだ。始まっちまった以上泣こうが喚こうがその現実だけは変わらねえ。なら、どうすれば一番良いのか。リズはどうすればいいと思う?」


 リズは顎に手を当て考え込む。しばしの思考のあと探るように答えた。


「戦争を、早く終わらせる?」


「大正解。まさにその通りだ。戦争とは悪そのもの。最初からそんなこと始めなければいいじゃんとか思うかもしれねえけど、でもそれは人にとって当たり前の営みであり、嫌でも切り離せない習性みたいなもんなんだ。戦争はなくならない。厳しい時代だが、泣き言言ったって誰も助けてくれねえし、自分でなんとかしなきゃなんねえ。うまいこと立ち回って生きていかなきゃなんねえんだ。……時には、非道なことも必要なことだって絶対出てきちまう。最短で戦争を終わらせるためにはな。だから、グローリエンが今回選択した行いは必要悪なんだと思う、ことにした。それしか手がなさそうだし、他のいい案も俺の脳みそじゃあ到底思い浮かばねえからな。正しい選択なのか、間違った選択なのかなんて、終わってみなきゃわからねぇし、昔の奴らだって最善を尽くすために、心血注いで戦士の魂剣を作り出すことにしたんだろうしよ。つか、俺らからしたらアークガルドが悪に見えるけど、奴らからしたら俺たちが悪だからな。正義の在り方なんざ、立場によってコロッコロ変わるのさ。そこに真の正義を求めること事態が間違ってる。要は、勝って証明しなきゃならねえ。先人たちの、糧になっていった戦士たちの思いを背負い、思い描いた未来を叶えてやらねえとよ。負けちまったら、怨まれて祟られちまいそうだしな」


「またそうやって。変なところでふざける」


「まっ、これが俺だ。……なんつーかよ、気に病むなとかは言えねえし、そうはなるな、リズ。その痛み、忘れるな。そんで、誇れ。先人たちや戦士たちの思いを悲劇で終わらせるな。必ず、胸を張りあんたらの思いは間違ってなかったと言えるように戦い抜け」


「……うん」


 無言で小川を二人して見つめ続けた。

 しばらくして、リズが尻の土をはたきながら立ち上がる。


「困らせるようなことを言ってすまなかった。私は戻るよ。宴の準備もあるしな。マサヒロは宿でゆっくり休むといい」


「ああ、そうさせてもらうわ。遅くなるけど、準備手伝いに行くからよ」


「でも、陛下が客人扱いしているし……」


「再生する肉に興味があるんだよ」


「……そうか。わかった。では、あとでな」


「おう」


 リズは走り去っていった。表情からいくらか険しさは抜け落ちていたし、多少はその懺悔にも似た問いかけに対して、適切な返事はできていたと思いたい。


(マサヒロくんもすっかり風格出てきちゃってるね〜。なんかお姉さん複雑〜)


「なんだよ、茶化しにきたのか? レイちゃん。いまはつき合ってやらんぞ」


(さっきは相手してあげてたのに贔屓だ贔屓だ!)


「……なあ、レイちゃん。お前は知ってたのか? 呪いの正体」


 俺の真剣な問いにレイちゃんもふざけた態度を引っ込めた。


(知ってたわけじゃないけど、なんとなくは勘付いてた。魔法を使えない人に言っても意味わからないだろうけど、痕跡って言えばなんとなくわかるかな? それがあったから)


「違うッ! そうじゃない、そうじゃないんだ……俺が本当に聞きたいのは。……お前は、戦士の魂剣がどういう風に作られてきたか知ってたかってことを……ッ!!」


 荒々しく地面を蹴りつけ立ち上がりながら、レイちゃんに詰め寄る。

 レイちゃんは、悲しそうな顔をしていた。


「……悪い。感情的になっちまった。まじですまん……。完全に八つ当たりだな。ダッセェ」


(べっつに〜。マサヒロくんを支えるのも知識の指輪たる私の役目なのだ。どんとこいよ! 相棒!)


「……バーカ。俺の相棒はファヴだよ」


(あ、ひどーい! 私、泣いちゃうからね?!)


「嘘つけ」


 本当こいつのこういう所には救われる。

 多少、心のざわつきも落ち着けることができはしたが、ぽろぽろと胸にわだかまる気持ちを零してしまう。


「……さっきの聞いてたろ? 説教臭えったらないぜ。自分でも笑っちまいそうなくらい。……まじで。環境が、世界が目まぐるしく変わっていっちまっていつ間にやら、俺が人を助ける立場になってた。いまや、シルフヘイムの将校で生き残ってて、なおかつ一番上の階級は恐らく俺になる。本格的に戦闘が始まれば、俺が最高司令官だ。俺が、この指一つ振るうだけで大勢死ぬ。敵も、そして味方も」


(うん、そうだね。それが上に立つ者が背負う宿命みたいなものだね)


「すこし、怖い。いんや、カッコつけてもしゃあねえやな。超怖え。見ろよ、手が震えてんだろ」


 震える左手を右手で押さえようとするが、右手もぶるっちまってて意味をなさねえ。

 そんな俺の震える手に、レイちゃんが手を重ねる。


(怖いなら……逃げてもいいよ?)


 なんて甘美で、妖しい誘いだろうか。俺の心は激しく揺さぶられる。

 俯いていた顔を上げ、すがるようにレイちゃんの顔を見た。


(……なんて私は言わない。私は、知ってる。マサヒロくんに夢があること。あなたの夢はその程度の恐怖で絶対に止められないものであることを、私は知ってるよ。あなたがこの先、英雄へと駆け上がる中、いつでも付いて回る、英雄故の孤独と責務。軍人ではない私にはよく分からないけど、それは想像を絶する重圧だと聞くわ。手の一つや二つ震えることもあるでしょうね。でも、手の震えがなんだって言うの?! 怖がることは弱いことじゃない! 怖いってことは痛みを理解できるってことなの。あなたは痛みを感じ、それでも前に進まなきゃならない。痛くて痛くて、限界だっ! って逃げ出したくなるかもしれない。それでも、あなたならきっと倒れない。挫けない。あなたはそういう人だって、私は知ってるよ)


 ただ真っ直ぐ。ただただ真っ直ぐに俺の瞳を直視するレイちゃんの瞳は、自信に満ち溢れていた。俺自身でさえ、自分をそこまで信じることはできないというのに、なぜそんなにも俺を信じられるのか。

 それに、レイちゃんの言う俺の姿はあまりにも理想で、格好良くて、まるでそれは……。 

 

「それが……英雄っやつなのか?」


(さぁ? そこらへんは人それぞれなんじゃない? 人を殺すことが大好きな奴だっているし、そんな頭おかしい奴からしたら、楽しく英雄になりました! とか言い出しかねないからね。あなたはあなたらしい、道を歩めばいい。無様だろうと、臆病だろうと自分の歩む道だけは信じて進まなきゃ。それが、英雄への第一歩であ〜る)


 夢を叶えるのは楽しいことばかりではない。

 キラキラした英雄譚の裏には、語られない血生臭い歴史が確かに存在する。上澄みの綺麗で格好良いだけの部分を掬いとって……、それが英雄の本当の姿なのか? そもそも英雄とは一体なんなのか?

 

 その答えを、俺はすでに知っていた。


「俺の手がたくさんの死を生み出し、怨嗟の声を呼ぶことになるかもしれない。恨まれることも腐るほどあるだろう。……それでも、俺は手をかざし征く道を切り開かなくちゃならねぇ。俺が作った道を希望の光で照らして後からついてくる人を導いてやんねえと。バルログの時にレイちゃんが言ってた言葉。いまならわかる気がする英雄っつーのは、希望であり光であらなければならない。人々の夢や願いを束ね、背負いながら道を往く者を人は『英雄』と呼ぶんだな」


(うん、そうだね。どう、マサヒロくん? 最っ高に滾るでしょ?)


「ああ。最っ高に燃えるよ。まさに俺が思い描く理想だ」


(私もたくさんサポートするからさ、絶対叶えよっ)


「あったりめえよ! つか、俺の夢はすでに俺だけの夢でもねえしな。絶対に叶えるって約束があんだよ」


 腰にぶら下がる『友との誓いと約束の剣(グラム・リディル)』に触れる。

 聖騎士に憧れ、聖騎士を夢見た俺は、それを叶え新たな舞台へと上がろうとしている。伝説に謳われること必至の英雄たちの舞台へ。

 やっと、お前の横に並べた気がするよ、シグルズ。


 俺が日和っちまわねえように、しっかり見とけよ。

 拳を合わせるように、コツンと『友との誓いと約束の剣』に触れ、俺は宿へと歩き始めるのだった。








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