第四十一話 「戦士の魂剣」
「着いてきてください」
神々の黄昏や黄昏の魔物について話してくれると言ったグローリエンが神殿の奥へと歩き始めたので、俺たちも立ち上がり後に続いた。
歩きながら、グローリエンはぽつぽつと話し始める。
「始まりは神々の些細ないざこざからでした。いまとなってはなにが原因だったのか知る者はいません。いざこざは次第に激しさを増してゆき、しまいには戦争へと発展していくことになります。神同士の戦いは熾烈を極めました。豊かな大地は荒れ果て、水は枯れ、たくさんの命が失われていった。ですが、その戦いも永遠には続きません。一方の神が、凶悪な魔物を生み出すことに成功したからです。凶悪な魔物の登場により、一気に形勢は傾き始めます。その、凶悪な魔物たちこそ『フェンリル』『ヨルムンガンド』『ヘル』。その三匹を率い、さらにあなた方もご存じの魔神バルログなどの魔物も加え、一方の神々たちは力尽きた。そこで戦いは終結した。するはずだった……。しかし、そこで三匹の魔物たちは止まらなかった。敵を倒しても、行進をやめなかったのです。あまりに強大すぎた、力の暴走です」
ぶるりと身体が震える。
止めることのできない暴力装置。手綱を制御できなければ、それはすなわち敵だけではなく、自らにも降りかかる。
「そうです。案の定、生み出した側でさえ、その魔物たちにより滅ぼされてしまった……」
皆、無言。言葉を発することができない……。
「結局の所、神は双方滅び、共倒れとなりました。残されたのは負の遺産。三匹の魔物たちは主人を失った後も暴れ回り、豊かな大地であったはずのこの大陸は終わろうとしていた。沈もうとしていた。しかし、そのような絶望的な状況の中、最後まで諦めない者がいました。それが、あなた方と同じ種族、人間の一人です。黄昏の魔物に立ち向かうべく、その人物を中心に人々は結束し、その集団は村を作り、やがて町になり、最後は国を築くまでになります。国ができたとなれば代表たる人物が必要になってきますね。最初に立ち上がった人物は次第に『王』と呼ばれるようにまでなりました。――もう、お気付きかと思いますが、その人物こそ世界に夜明けをもたらし、真新しい時代を築いた最古にしてもっとも偉大な王、『夜明けの王』その人なのです」
脚色され過剰に伝承されてきたと思っていた伝説の存在が、実在の人物だったのは素直に驚きだし、同じ人間という種族として誇らしくある。
「それからは夜明けの王を中心に、さまざまな工夫を凝らし黄昏の魔物に対抗するすべを探しました。その途中、たくさんの尊い命が散っていった。……それでも人間は挑み続けることをやめなかった。不撓不屈、旭日昇天を掲げ、絶対に諦めようとはしなかったのです。そんな姿に、感銘を受け心打たれた者たちがいた。ただ滅びゆく世界を傍観しているしかできずにいた者たちが、徐々に人間の下に集まり出したのです。それは、我々エルフであり、地底の住人ドワーフであり、魔界の森のケットシーたちなどです。種族の壁を越え、知恵を出し合い、そしてついに、英知は成った。それこそが、ヘイムダルの角笛です」
「もしかして……ッ! 三匹の怪物たちを角笛の中に閉じ込めることができた?」
「はい、その通りです。暗雲立ち込める、暗い暗い夜の時代が晴れ平和な世界を取り戻した瞬間でした。それからは、皆恐怖を忘れ安寧の日々を送ることができるようになった。……なったはずだった」
グローリエンは言葉を詰まらせながら、ようやく話を続ける。
「……しかし、その平和も長くは続かなかった……。不測の事態が、起きてしまったのです」
「一体……なにがあったっていうんですか?」
「封印に成功したと思われた角笛でさえ黄昏の魔物を完璧に封じきることができていなかったということです」
「嘘だろ……。まじかよ……」
「マサヒロ! 無礼な言葉遣いになってる! 気を付けなさい」
リズに窘められてしまった。
「良いのですリズ。話を続けます。完璧な封印を施せなかった故に、黄昏の魔物は角笛を奏でることによって這い出てくるようになってしまったのです」
「ちょ、ちょっと待ってください。頭がこんがらがってわけがわからなくなってきました。つか、おかしくないですかい? それだと、何回も同じ大戦が繰り返されている事と矛盾してきませんか?」
這い出てきてしまうのなら、世界はとっくに滅んでいるはずだ。でも、俺たちは最近まで暢気に生きてきた。明らかに矛盾が生じてしまう。
「角笛もまた、強大な力を秘めているからです。せめぎあいが起こっているのですよ、角笛の中で。角笛を奏でたからと言って黄昏の魔物は常に封印から解放されているわけではありません。現界していられる時間は限られます。現界時間は角笛所持者の精神力に依存すると考えられていて、いままでの所持者だと短い者で三時間、もっとも長い者で二十四時間の現界が確認されています。その時間を越えると、角笛の中に再び封じられ、丸々一日は黄昏の魔物を召喚できなくなります」
な、なるほど。永遠に出ずっぱりってわけでもないのか。
もしかすると、アークガルドが設けた降伏の猶予とやらは余裕からではなく、その冷却期間に関係している可能性もある。
この情報は、きっとこちらの強みになる。シャノンを交えて、すぐにでも作戦会議を開きたい。かなり戦略に幅ができるはずだ。
「危惧しなければいけないのはそれだけではありません」
「と言うと?」
「角笛所持者の心が持つかどうかです。やはり、黄昏の魔物の脅威を一番理解できるのもその力の担い手です。あまりにも強大な能力を有してしまうが故の自制心が生まれ、自分でも気付かないうちに抑えこもうとするのが普通の感情というものです。いままでの所持者もそうでした。しかし、それすらも黄昏の魔物たちは許しません。邪悪な感情は滲み出し、徐々に所持者を蝕み、果ては黄昏の傀儡にさせられる。そうなると……」
「角笛を手に入れた者は自我を壊され、魔物は自由を手に入れる?」
ピサがポツリと呟き、グローリエンはそれに小さく頷いた。
「なんだよそれ。危険すぎるだろ。そんなもんを俺に手に入れさせようとしてたのかよ」
俺は虚空に言葉を吐く。
もちろん本当に虚空に言葉を吐いたわけではない。ふよふよ浮いて、悪びれた様子もないレイちゃんと目が合った。
(え? なにその目? まさか疑ってる? この私を?)
いつになくキツい口調のレイちゃん。機嫌を損ねたように見える。
「マサヒロ卿。あなたには様々なものが見えていて、それぞれの情報を吟味咀嚼し、取捨選択の連続で世界は虚偽や欺瞞に満ちているかもしれませんが、絶対なことがただ一つだけあります。それは彼女。彼女だけはなにがあっても裏切らない、安心して信頼を寄せて問題ない人物です。エルフが女王の名に於いてそれは保障できます。まあ、多少幼稚で秘密主義な所はありますが、彼女は良い子です」
……だよな。
ちょっとでも疑っちまった自分が馬鹿らしい。
いままで散々助けてくれた。それにレイちゃんは底抜けにお人好し。そんな奴が俺をどうこうしようなんて、ありえない。
俺は手を合わせレイちゃんに謝罪した。
(別に怒ってないです~。それに私はマサヒロくんの疑い深い所は悪くないと思ってるし。マサヒロくんはそのままでいいのだ)
まだ少し頬を膨らませて拗ねているが、本気で怒っているわけではなさそうなので安心だ。
「話を戻しましょう。故に、角笛を手に入れた者がどのような目的、意志があったとしても最終的には邪悪に染まり、暴走を始めてしまうということです」
「女王陛下、一つお聞きしても?」
今度はブラッドだ。
「ええ、なんでしょう」
「その邪悪を御しきることは不可能なのでしょうか?」
グローリエンは顎に手を当て逡巡したが、すぐに首を横に振る。
「絶対に不可能とは言い切れません。過去に御しきれた者がいないというだけですので」
「なるほど。ありがとうございます」
ブラッドの危惧もよく分かる。
仮に邪悪を御し、手足のように自在に黄昏の魔物を操れたとしたら、それはまさに魔王。いや、『黄昏の王』と呼ぶべきか。完全無欠の覇者となり得ただろうが、ま、グローリエンの話ではいままで誰も成し遂げなかった、いわば神さえできなかった神業を超えた神業のようなもの。可能性はゼロと断定して問題ないだろう。
「しかし、そうなると期限の一年っつーのも鵜呑みにできねえな」
「そうだね……。一年も邪悪にさらされて精神を保ってられるかわからないから。私たち、もっと急がないと」
「ピサ。そう気負うな。焦っても仕方ないぞ」
「わかってる。……けど、やっぱり焦っちゃうよね。たはは……」
話の途中でグローリエンは足を止めた。いつの間にか廊下ではなく、広間に出てきたようだ。どうやら、神殿の奥に着いたらしい。
その空間は、静謐に包まれ、あまりにも清らかだった。
なにより目を奪うのはその部屋が祀っている、静謐で清らかな空間にあまりにも不釣り合いな品。戦の必需品、剣と鎧。剣の方はお世辞にも素晴らしい武器というわけではなく、所々欠け、錆も目立つ。対照的に鎧は俺がいま着ている夜明けの鎧よりも豪奢な鎧。俺はその輝きを良く知っている。それは、黄金竜ファフニールの鱗の輝き。黄金の鎧だった。
「どうぞ、近くへ寄って見てみてください」
「は、はい……」
俺は恐る恐る近付き注視する。
黄金の鎧は美しく、完璧な造形。が、その胸の部分。ちょうど心臓の部分に深く深淵のように暗く黒い亀裂が走っていたのだ。
「これは……?」
「かつて、竜佐が纏っていた伝説の鎧。この世でもっとも気高く頑強で、なにより美しい最高の鎧。あなたのお連れしている黄金竜の鱗をふんだんに使い、最高の腕を持つドワーフ『ヴィーランド』により鍛え上げられた、まさに竜佐の英雄に相応しい伝説の防具です」
「これが、竜佐の……」
竜佐の英雄……。ガキの頃から耳にたこができるくらい聞いた世界で一番偉大で有名な英雄。実在していたということは伝承からして明らかだったが、まさか伝説にあいまみえることになるとは夢にも思わなんだ。
俺はその鎧にそっと触れてみる。
すると、触れた指先から思考のような、脳みその中をまさぐられたような感覚が走り、咄嗟に手を引っ込めた。いま、頭の中に自分の記憶ではない光景が広がった。なんだ、この気持ち悪い感覚は……?
「ぐっ?!」
次の瞬間、強烈な嘔吐感がせり上がってくる。
口を押さえ後ろにたたらを踏みながら後ずさる。
「マサヒロ?! 大丈夫? ねえ、大丈夫!!」
「だ、大丈夫だ。ちょっと気分悪くなっただけだから。っツ! 頭がキンキンしやがる。いまのは……なんだったんだ」
「マサヒロ卿、あなたは、垣間見たのです。流れ込んできた思考の中で対峙していたはずです。あなたが倒すべき相手。そして、最高の鎧に昏き傷を刻み、死に至る一撃を加えた怪物を」
確かに、俺は見た。
相手は二人。片一方は男。おそらく普通の人間。もう一方は女の容姿をしていた……が、実体は理解が及ばない遥か高みにいる存在。超越者。禍々しい黒い風を纏い、辺りに死を撒き散らす絶対的怪物。
間違いない。俺が見たのは角笛の所持者とそいつが操る三柱が一体。死の神ヘル。
胸がズグリと抉れたように痛んだ。
「痛っ…! さっきからなんなんだ! グローリエン! この痛みは……!」
「ごめんなさい。まさか、そこまで色濃く過去を覗いてしまうとは思いませんでした。痛みは、しばらくすれば消えてなくなりますのでご安心を」
「あんたは、俺にこれを見せてどうするつもりなんだ……?」
「一つは敵の強大さを自らの目で見極めて欲しかった。これから我々が立ち向かわなければならない相手の理不尽なまでの強さを一端でも触れて欲しかった。そして、改めて問いたいのです。マサヒロ卿に、人間に、黄昏の魔物に立ち向かう勇気があるのか」
「ま、待ってくれ! そんなこと、俺の一存で決めるわけには……」
話している途中で、ピサが肩を組んでくる。
「私が一番信頼してる騎士が言うなら、どんな答えだろうと私に異論はないよ。それとも王様として命令しようか? 道を切りひらいてって」
つくづく……、じゃじゃ馬なお姫様だな、ピサ姫さんはよぉ。
俺が答える前から確信してやがる。
「しゃらくせえ……。ピサ、俺を誰だと思ってやがる? 死の王を倒し、魔神すらも屠っちまう俺がここで引くわけがねえだろ。やるぜ! ピサ、お前が征く道を俺が切りひらいてやる」
ピサと顔を合わせ、笑いあった。
「あらあら、仲がよろしいのね。これでは、リズが入り込む余地はないかもしれないわ」
「は、……え? や、陛下! 冗談はおやめてください! 私はマサヒロとはそういった関係ではありませんので!」
「え、でも契りは交わしてたわよね? 私は見てましたよ」
「ぐっ!? し、しかし、あれは事故で正式なものでは……」
「では、リズ。あなたはエルフの掟を反故にするというのね」
「ッ〜!! 陛下! もう許してください! お戯れが過ぎます」
「ふふっ。リズはからかいがいがあるんですもの」
コホンと咳払いをし、真剣な表情で俺たちに向き直るグローリエン。
「マサヒロ卿。それからピサータ姫。改めて問います。これからたくさんの人が死にます。大切な仲間を失います。時には誰かの生を踏み越え、生きなければならない場面がいくつもあるでしょう。いっそ自らが死んでなにもかも終わらせたいと思う日が来るでしょう。それでも、立ち止まらない、戦い抜くという覚悟はありますか?」
「「もちろん!!」」
グローリエンはひとしきり俺とピサの瞳を覗き込んだあと、目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「良いでしょう。それでは、いまより人間とエルフの同盟を結びましょう。約束を果たす時です」
そう言いながら、いまや王という立場になったピサに歩み寄り、誓いの握手の手を差し伸べた。少し緊張した様子でピサはその手を握る。
「よろしくお願い致します。グローリエン陛下」
「ピサータ。我々は仲間です。親愛を込めてグローリエンと呼んでください」
「わかりました! グローリエン、これから一緒に戦おう!」
「はい」
ここに人とエルフの連合が成った。
これで勝利へと一歩近付けた訳だが、肝心なのは黄昏の魔物を打倒するためのプロセス。
「グローリエン、こっからが本題だ。俺たちは黄昏の魔物を倒す手段を求めてここまできたんだ。神すら滅ぼす怪物を、黄昏の魔物を倒せる算段は存在するのか?」
「その前に黄昏の魔物を知ることから始めましょうか。敵を知り、己を知ることが勝利への一歩です。まず巨狼『フェンリル』。強力な顎と爪、その巨体から生み出される圧倒的な力。ですが、フェンリルの一番の強みはなんと言っても一日で千里を駆けるその速さにあります。戦場を駆け巡るフェンリルはまさに無敵です。――では、ここで問題です。素早い敵を倒すにはどうすれば良いでしょうか?」
スッとブラッドが手を挙げる。
「そのような敵は、動きを封じ、止まった所を一気に差し切るのが最適かと」
「正解です。素早い敵は拘束し、動きを封じたあとで仕留めきる」
「でも、フェンリルは速さだけじゃないんだろ? 動きを封じるとしたら鋼鉄製の鎖かなんかが適してると思うが、そんなんで拘束できるようなやわな奴じゃないだろ?」
「まさにその通りです。過去に何度か鎖での拘束を試みたのですが、どれほどに頑強な鎖でもことごとくが容易く千切られてしまいました」
「じゃあ、どうするのグローリエン?」
「硬い頑丈なものがダメなら、次は柔らかく柔軟性にとんだものです。我々は試行錯誤を凝らし、各地から様々な原料を探し集め、絶対に千切れない魔法の拘束具を作り出すことに成功しました。その拘束具の名を「魔法の紐」と言います」
「絶対に千切れない……。完璧だ。それならフェンリルを仕留められる。で、その拘束具はここにあるのか?」
「いえ、現在は失われており、この時代でも同じ物を作成しなければなりません」
「原料はいまでも調達できるものか?」
「困難を極めますが、入手することはできます。必要な原料は六つ。『猫の足音』『女の髭』『岩の根』『熊の腱』『魚の息』『鳥の唾液』になります」
「どれもこれもピンとこねえな。ちなみにピサは髭生えてねえか?」
すかさずスパーンと頭を叩かれた。痛い……。
「ま、まぁその六つを探し出せばいいんだな。で、それはどこにあるんだ?」
「それはマサヒロ卿も知っている場所ですよ。なにか共通するものを感じませんか? 猫、岩、それから六という数」
ふむ? なんかあったっけか?
俺が頭を捻っていると、隣から「あっ」と声が上がった。
「もしかしてグローリエン……、『禁断の地』と関係してる?」
グローリエンは微笑み頷く。
「正解ですピサータ。それぞれの原料は人が禁断の地と呼んでいる六つの土地で手に入ります。魔界の森には猫の足音。宝花の園には岩の根。夢幻河では魚の息。腐敗砂漠では熊の腱。孤独の塔では鳥の唾液。そして、終天霊峰では女の髭。そのすべて集め、ドワーフたちにより錬金させ、完成するのが『魔法の紐』なのです」
まさかまさかの禁断の地が鍵になってるとは……。
いや、逆に納得だな。そんな見たことも聞いたこともない幻の原料を集めるなら未開の地以外ありえねえ。とりあえずやるべきことは理解できた。
「とくれば、俺たちはそれを集めにいかにゃならんな」
「そうだね。でも、一個一個集めてたら時間掛かりすぎちゃうし、やる時は手分けしないとね」
「どちらにせよ人手が足りねえな。シャノン達と合流してから決めよう。とりあえず簡単ではないだろうがフェンリルの対策はなんとかなりそうだな。次はヨルムンガンドだ。遠目から見たが、あのデカさはそれだけで脅威だな。這っただけで国が滅んじまう」
「マサヒロ卿の言う通り、ヨルムンガンドは存在そのものが脅威になります。剣で斬りつけたところで蚊ほども意味はないでしょう。まさに動く要塞。彼の大蛇が通り過ぎた後にはなにも残りません」
「でも、攻略の糸口はあるんだろ?」
「はい。唯一にして最大の弱点がヨルムンガンドには存在します。それは、ここです」
グローリエンは自分の額を指で示す。
「ヨルムンガンドの額には過去に竜佐が負わせた古傷があります。その傷をとある武器で叩けば、ヨルムンガンドを倒すことができます」
「とある武器? それもまた作らなきゃなんねえやつか?」
「いえ、その武器はいまも現存し、とある国の騎士が所有しています。その武器の名を『雷槌ミョルニル』。過去から未来までの間にこれより優れた武器は存在しないと言われるほどの最強の一振りです」
「ミョルニルだと?」
まさかの答えだった。
俺は、知っている。その戦槌の名前と所有者を。いや、知っているだけではない。その威力を直に感じたことがある。
あの時だ。俺がかつて所属していた小隊を壊滅させた騎士が振り回していた武器。あれこそがミョルニル。そして、その武器を操るっているのはアークガルドが誇る双翼の竜虎が一翼。オージン大佐と唯一肩を並べる大将軍。大陸に轟く勇名、その名もギルガハート・トールギル。
夢と仲間たちを粉々に砕き、辛酸と恐怖を俺に与えた仇敵だった。
トールギル大佐が所有しているということは、それを奪わなければいけないということ。いつかは戦うことになると思っていたが、衝突は思ったよりも早い。
ブルっと身体が震えた。過去のトラウマからか、いや、武者震いだと信じたい。
思考が深くなっていると、ピサが深刻そうに呟く。
「忘れてたわけじゃないけど、私たちが倒さなきゃいけないのは黄昏の魔物だけじゃないんだよね。アークガルドの軍にも勝たなきゃならない。どのみち早いか遅いかだよね。まとめて相手するよりも相手の戦力的・精神的支柱のトールギル将軍を倒して、その槌を奪うのは案外悪くない手かも……」
ピサの言う通りだ。
倒すべき敵はなにも黄昏の魔物だけではない。決戦のXデーまでになるべくアークガルドの軍を削っておくのもやらなきゃならないことだ。
過去の傷がどうとか、俺にあの化物みたいな男を倒せるのかとか尻込みしてたってしょうがねえ。
奴を倒し、過去の自分を超える。そして、ヨルムンガンドを唯一殺せる武器『ミョルニル』を手に入れる。――決まりだ。
「……万事問題ねえ。やるぞ。トールギルをぶっ倒して、軍も削り、ミョルニルも奪う」
「そうこなくちゃ!」
「やりましょう。マサヒロ殿」
そうだ。俺には心強い仲間ができた。恐れることなど微塵もない。
「ただ、角笛所持者もその弱点については対策をしてくるはずですので、最後はヨルムンガンドの体表での白兵戦になると思いますが……」
「問題ない、グローリエン。――ブラッド! 戦場は、天地を破壊し尽くす魔物の体表、敵は最強のアークガルド軍! それに挑む気分はどうだ?」
「どうということもなく。やることはいつも同じです。ただ敵を斬り伏せるのみ」
ブラッドの瞳がギラギラと揺らぎ、いまにも発火しそうな程に気が燃え上がっている。敵は強ければ強いほど、それを倒したものは称えられ、後世に名を残すことができる。騎士にとってこれほどの活躍の場はこれから先ないかもしれない。その機会を与えられるとなれば、滾らない男などいないはずだ。
「……なるほど。こちらもまた強き者が集っている。問題なさそうで安心です。
グローリエンもこちらの士気が高いことを理解し、安心してくれたようだ。
「これで残りはヘルのみだ! グローリエン! ヘルの攻略法を!」
「……」
あれ?
さっきまでスラスラと面白いほどに黄昏の魔物対策を施してくれていたグローリエンが言葉を詰まらせている。
不吉な沈黙……。
「疑問に思ったはずです。なぜ、そこまで対抗策がありながらいまだ、その歴史が繰り返されているか」
頭の片隅に芽生えた疑問は確かにあった。でも、それは触れてしまってはすべてが無に帰すような気がして知らず知らずのうちに片隅のさらに奥に追いやってしまった疑問。
「過去にも角笛所持者を追い詰めたことは何度もあった。何度も。何度も何度も。ですが……最後に立ち塞がるのはいつも死の神ヘルでした。ヘルの特性はご存知ですか?」
ピサが返す。
「絵本で読んだことがある。確か、『生者の右手、死者の左手』。彼女は生命を自在に操れるとか……」
「はい……。その認識で間違いありません。生命を操り、生と死を超越した存在がヘルなのです。故に、ヘルには死ぬという概念が存在しない。つまり、倒す方法がないのです」
「じょ、冗談だろ? じゃあ、最初から負け戦ってことかよ?」
「違います! それは断じて違いますよマサヒロ卿! 負け戦などではない! 勝つために! 先人たちは血を流し、またその血を繋いできた! 先人たちの行いが無駄だったとはさせないためにも必ず勝ちます」
「でもよ、具体的な案はないんだろ?」
「……ヘルを倒す方法はありません。しかし、詰まる所私たちが真に達成しなければならないのは、角笛所持者を倒すことです。所持者を倒せば、ヘルも消えるのです」
角笛所持者を倒せば……。
「そのための分断です。黄昏の魔物が集結していてはどのような対策をしようと我々は叶わない。フェンリルを魔法の紐で動きを止め、ヨルムンガンドの弱点を叩き、残りのヘルと所持者を叩く。そして、角笛所持者までの道を切り開くためなにが有効か考えた末に辿り着いた答えがこれです」
グローリエンはおもむろに祀られている黄金の鎧の横にある、古ぼけた剣をとった。
「結局のところ、戦とは物量。数の力で勝つ。これが我々先人たちが導き出した結論。フェンリルとヨルムンガンドを分断させるにはこちらの兵力をほぼ使い切らなくては不可能です。ヘルに割ける人員はごくわずか。なにより、生あるものがいくら立ち向かおうとヘルの前では無意味に等しい。ならば、生も死も乗り越えた求道者たちを動員させるのが道理」
グローリエンは舞うように剣の切っ先を走らせる。
すると、空間が歪みその場に裂け目のようなものが現れ、そこから人が出てきたのだ。
「この剣は名を『戦士の魂剣』。この剣には万を超える戦士の魂が宿っています。一振りすれば百の戦士が召喚され、二振りすれば千の戦士が召喚される。角笛所持者の虚を突き、物量で角笛所持者とヘルを引き剥がす。引き剥がせればあとはこちらのものです。相手はただの人。倒すことは不可能ではなくなる」
まじかよ……。戦士を召喚、しかも万を超す大軍勢……。ヘイムダルの角笛とまではいかないまでも、この世の理を無視したとんでもない道具だ。……恐ろしさすら感じる。
ただ、グローリエンの言う通り、瞬く間に万の軍勢が現れたとしたら、それこそ完全なる虚を突くことができる。まさに一撃必殺。不死のヘルにはこの手段しかないのではないかと思える。
「これをあなたに授けます。受け取っていただけますか?」
「えっ? 俺? いいのかグローリエン? 俺が使っちまっても?」
「はい。然るべき人物に託すことは以前から決まっていましたので。ただし、使うのは最後の最後。ヘルと対峙したときのみと約束してください。これは我々の切り札です。手の内を晒すことだけは絶対に避けなければなりません」
「……だな。そこらへんは俺も弁えてるつもりだ。よし、では、ありがたくその剣頂戴させてもらうぜ」
「はい。どうぞ」
グローリエンの持つ剣に触れてみる。
熱い……ッ。この熱は単純に温度が高いとかじゃあもちろんない。魂だけになっても感じる、この剣に宿った一人一人の息遣い……。悲願をひしひしと感じる。「黄昏の魔物を倒す」。その一心が剣から熱い息吹となって俺に語り掛けてきたのだ。
「お待ちください」
剣を受け取ろうとした直後、殺気の籠った声が神殿に響いた。
「グローリエン女王陛下。失礼を承知で発言させていただく。嘘偽りなく、私の質問に答えていただきたい」
ブラッドが乱暴に一歩前に進み出る。
誰にも口は挟ませない。それほどの気迫を放っていた。
「先ほどの召喚で見せていただいた戦士。あの戦士が纏っていた鎧はミルドラードの鎧ではありませんでしたか?」
グローリエンはブラッドの突き刺さるような視線に真っ直ぐ向き合いながら、頷いた。
「っ! では、もう一つ。あの戦士たちはどこから調達したものですか?」
流石に俺も思い至った。
天空の町に蔓延る呪い……。いままでたくさんのミルドラードの男が失踪していた。彼らは霧の向こう。すなわちいま俺たちがいる聖域、アールヴにいたのではないだろうか?
すかさずブラッドに飛び掛かり、身体を押さえつける。それでも止まらないブラッド。引きずられながらグローリエンに迫っていく。
「ならば、あの戦士。いや、剣に宿る魂達は何者か!!」
「……エルインガング、およびこの国の男性を集め、その剣に魂を封じました」
聞きたくなかった言葉だった。
あまりにも残酷な結末。
エルインガングの少女、ミミは言った。父は霧に消え、母はそれを探しに行って同じく霧に消えた、と。ミミは天涯孤独だと。ミミだけではない。たくさんの女たちが最愛の人を失い、悲しみ暮れてきた。
その原因を生み出していたのがグローリエンだった……。信じられない。信じたくない。
「貴様ァ! あの町の女たちがッッ! いままでどのような気持ちで過ごしてきたと思うッッッッ!! どれほどの涙が流れたかッ! 貴様はそれを……ッ!」
すかさずリズが動く。ブラッドとグローリエンの間に割って入る。
「待て! これには事情が……ッ!」
「除けッ! 小娘! たたっ斬るぞ!」
あまりの殺気にリズは身体をビクリと震わせ、尻もちをついてしまう。
それにとんでもない力だ。必死に抑えているがこのままではすぐにでもグローリエンに斬りかかっていきそうな程ブラッドは猛り狂っている。このままではまずい。
「ピサ! オルガを呼んで来い! 走れ!!」
「わかった!」
それまで持つかどうか……。
ピサが踵を返し、走り出そうとするとなにかにはじかれピサが盛大に後ろにひっくり返る。
なんとそこにはオルガの姿があった。
「姫様、失礼しました! 急いでいたもので!」
「オルガ……! ブラッドをッ!」
「状況把握しました少佐! 行動を開始します!」
オルガはブラッドに体当たりを食らわし、倒れこんだところ一瞬で後ろに回り込み、首を締め上げる。
「は、離せええええッ! 無念を……ッ! 愛する民たちの笑顔を奪った……ッ! 悪魔たちを……ッ! ぐうっ……ッ!?」
糸が切れた人形のように動かなくなるブラッド。オルガに締め落とされたようだ。
「ただならぬ殺気を感じたので駆けつけましたが、間に合って良かったです。ワシはブラッド殿を連れ外に出ています。見張っていますので、話を続けてくだされ」
「助かったぜオルガ。ブラッドのこと頼むわ」
「お任せを」
オルガは気絶したブラッドを抱え外に出て行った。
俺はスッ転んでいるピサを起き上がらせ、続いて腰抜かしてるリズを立ち上がらせる。
別に無理して立ち上がらせなくても良かったのだが、どうにも頭の中が整理出来ずなんでもいいから時間をかけて、グローリエンへの問いを引き延ばしたかった。
でも、立ち上がらせるなんて所詮はなんてことない動作だ。その時はすぐにやってくる。
「……グローリエン。納得がいくように説明をしてくれ」
その問いを遮るようにリズが答える。
「マサヒロ違う! 陛下だって苦渋の決断で……ッ!」
「リズ! 良いのです。これは立案者の一人である私が受け止めなければいけない事柄です。最初から説明します」
グローリエンはポツリポツリと話し始めた。
ヘルに対抗するための作戦が煮詰まっていたこと。その時に、人の世界より一人の男がアールヴに辿り着いたこと。その男が作戦会議に加わり、人の魂を剣に宿し、最強の軍勢を作り出すことが立案されたこと。
いままでの歴史を聞いた男はひどく衝撃を受け、絶望の未来に打ちのめされた。しかし、男は思ったそうだ。自分の子供らはどうなる? 同じように絶望し、生を、夢を、明日を諦めてしまうのではないだろうか? そんな世界は断じて、受け入れられない。
未来ある子供たちが笑って過ごせる世界をプレゼントしてやりたい。夢も抱けず、滅びへと向かう生を受け入れさせるのはあまりにも悲しい。
ならば、自らや親らにその命を捧げてもらい来ないはずの未来を見せてやろうではないか。明日への帰還を我らが叶えようではないか。
そうして始まったのが、『戦士の魂剣』制作のきっかけなのだという。
「それからあなた方もご存知の、天空の町に蔓延る呪い、誘いの魔法でアールヴに呼び寄せ契約をし、魂剣の糧になっていただいていました。もちろん無理強いはしていません。繰り返される歴史を話し、子孫たちに輝く未来を渡すために協力してほしい、と。……ずるい言い方だと思います。良心に訴えかけ糧になるように仕向けたのですから。先ほどの騎士殿に斬られても仕方がないことをしてきたという自覚と償う覚悟があります」
「なりません! 陛下ッ!」
リズの言葉は聞こえないと言わんばかりにグローリエンは言葉を続ける。
「ただ、いまはまだ待ってほしい。勝利を掴み、夜明けを迎えるその日まで! その後はどうなっても構いません! どうか、それまでは……っ」
俺個人の意見としてはただ胸糞悪い話だった。
同じような境遇のミミに寄り過ぎた考えだとは思うが、やはりこの行いを許せない。
しかし、個人ではなく軍の指揮官として、いま起こっている大いなる戦争の勝利までの道筋を描くならば話は違ってくる。間違いなくグローリエンとその男、恐らく初代ミルドラード王が導き出したものは正解にもっとも近いはずだ。断腸の思いで決断に至ったのも容易に想像できる。一方的に責めるのはどこか間違っているような気がした……。
俺がいま、グローリエンらのやり方は汚い、卑怯だと突っぱねた所で、アークガルドには勝てないだろう。すなわち世界の滅びを意味する。
ここまでやってきたことはすべて無駄に終わり、北で走り回っているシャノンたちの任務もなんの意味もなくなる。
明日を信じ、懸命に日々を乗り切っている民たちの顔が浮かぶ。俺がここで「胸糞悪いもんなんか使わねえ」と投げ出せば、そのなにもかもが消え失せてしまうだろう。
俺は……どうすればいい。
「私の意見を言ってもいいかな?」
静寂を破り、ピサが平時と変わらない声で発言する。
誰も反応しなかったので、ピサはそのまま続けた。
「私はその剣を使うよ。誰に恨まれようとも」
「ピサお前……、いいのか?」
「うん。確かにね、グローリエンたちのやってきたことは褒められることではない。けど、だったらなにが正解だったんだろう? どうすれば誰も悲しまず、平和に解決ができたんだろう? ……そんなこと、無理だってわかるよね。綺麗事では未来を掴めない。善だろうと悪だろうと私は、使うよ」
ぞくりと胸が震える。
愛民は煩わさるべきなり。大局を見据え、己の感情を殺し、なにが最善なのかを導き出す将の資質。勝つために、大事な物を捨てることができる鋼の心。勝利のためには愛民の一部など一顧だにしない。
ここにきて、ピサの芽が大きく花開き始める。その恐ろしい才は、まさに天下の帰趨を見据える王そのものだ。
ピサの堂々たるその姿に俺も落ち着きを取り戻す。
内心穏やかではないが、ピサの言っていること絶対的に正しい。それにいま俺が戦士の魂剣を突っぱねた所で魂が、過去の悲しみがなくなるわけじゃない。……賽は、俺が生まれるずっと前から投げられていたのだ。
後ろめたさ、悔しさ、自らの無力さ……。なにもかも取るに足らない小事。見据えるはピサが考える明日の未来。
迷いは消えた。
「グローリエン」
「はい」
「善だろうが、悪だろうが、俺は全部受け入れる。その剣の力も」
「はい」
グローリエンは貴人を相手にするようにうやうやしく首を垂れ、戦士の魂剣を差し出した。
ピサに最後に視線を投げかけると、凛とした表情でただ頷いた。
「グローリエン! この剣と万の軍勢、王が征く道を切り開く者として、ありがたくッ! 頂戴するッ!」




