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第四十話  「楽園郷土」

 

 久遠孔雀の丘を越えると、続いてうっそうと茂る深い森が見え始めた。あれがエルフの都の入口。『清浄の森』なのだとリズは言った。リズの案内に従い、その森の中に踏み入っていく。

 魔界の森とは違い、緑の強い香りが鼻をくすぐる。木々の高さはそれほどでもないのだが、その太さがすごい。『神樹ミストルティン』とまではいかずとも、それはそれは立派な大樹たちが視界いっぱいに広がっている。素人目ではあるが、樹齢数百年はありそうだ。

 その大樹は、この地が長い間戦火にさらされていない証左に他ならない。伐採された形跡もいまの所見当たらない。

 やはり、ここは聖域。人が一切手を付けていない秘境。エルフという幻の種族と都がこの先にあるという事を予感させる立派な木々がずっと先まで続いていた。

 豊かな森を眺めつつしばらく進み、大樹の合間を抜けると進む道の先に切れ間が見える。視界が大きく開け、その先を一望できる小高くなった場所に出た。視界の先には、俺たちが追い求めた幻の都の姿が、確かに存在していた。


 その都は周囲を切り立つ断崖絶壁に囲まれた守護の都だった。周囲を断崖に囲まれてはいるが不思議と閉塞感のようなものはなく、逆に開放的な印象を受ける。なにより注目しなければいけないのは、切り立つ崖に縫い合わせたように連なる巨城だ。その巨城には丸太のように太い蔓が幾重にも重なり、長年そこに鎮座していることがうかがえる。断崖一面に頑強そうな純白の城が悠然と佇む姿は荘厳の一言では片付けられない迫力があった。その城の中央にはこれまた度肝を抜かす天高くそびえる塔が伸びている。

 太古の自然と、文明が融合した幻想都市。それはまさに物語の世界に登場する伝説の都がそのまま具現化したような神秘だった。

 連なる純白の城から視線を下ろしていくと、盆地には大きく開けた平原が広がっており、そこには川や湖、木々をくり抜いて作られたであろう住居の数々、所々に目に付く住居より大きな何かの施設なようなものを確認できた。


「す、すごい……」


 ピサは信じられないものを見たという驚愕の声を上げる。しかし、その目は驚きと同時に輝いており、幻の都との邂逅を心から喜んでいるのがわかった。


「ようこそ。我が故郷、楽園の都『アールヴ』へ」


 リズは誇らしげに自分の生まれ育った国を紹介してくれる。


「アールヴ、か。……すんげえ都だ。どの国に行こうがこんな光景はお目にかかれねえ」


「そうだろう。私の、自慢だ。といっても他の国は事は知らないけれど……」


「こんだけすごけりゃ自慢したくもなるわな。まじですげえ……」


 この世に二つとない美しい眺めを見つめ続け、しばらくした後、思い出しながらリズに尋ねる。


「ところでリズ、早速で悪いがこの国の女王様にはあの城にいけば会えるのか?」


「ああ、そうだ。どうする? すぐに交渉にいくなら、城まで送ってやる」


「まじで? だったら頼むわ。話は早い方が良い」


「承知した。じゃあ、すぐ向かおう。はぐれないように着いてきてくれ」


 勝手知ったるという風にリズは自分の庭のように進み始めたので、俺たちも後に続く。

 小高い丘から盆地に降りてゆき、住居が並ぶ城下町に入るとリズを多くの仲間、エルフたちが出迎える。


「リズさまー! おかえりなさい!」

「リズさまいままでどこに行ってたのー? 心配しましたぁ」

「抱っこ抱っこ!」


 小さな子供のエルフたち八方を塞がれ、さながら子猫に母乳をせがまれる母猫のようなリズ。抱っこをせがんだ子を抱き上げ、皆に笑顔を振りまく。

 周りの大人のエルフたちはニコニコとその様子を見守っている。


「みんな、ただいま。ちょっと色々あってね。あっち、見てみて」


 エルフたちが俺たちに気付き、驚いたような顔をする。


「リズ様、あれは候補者の方たちをお連れしたのですか?」


 候補者?

 一人のエルフがリズにそう尋ねているが、なんの話だ?


「……いや、違うよ。あの人たちは、女王様にお話しがあってはるばるここまでやってきたの」


「そうでしたか。それでしたら、ちょうど良き時に来ましたね。いま、女王様は下に降りてきています。移動していなければまだ『時の神殿』にいるはずですよ」


「そう。タイミングが良くて助かったわ。城の階段上るのは骨が折れるから……。教えてくれてありがとう。じゃあ、私は案内するから。皆もお出迎えありがとう。遊んでおいで」


「えー! リズさまもいっしょににあそぼー!

「遊ぶのー!」

「抱っこ抱っこ!」


 リズは申し訳なさそうに、その場に屈み、子供たちに諭すように話す。


「ごめんね、済ませなきゃいけない用事があるの。あとで遊びにくるからそれまで皆で遊んでてね」


 ぎゃーぎゃー喚く子供たちを母親らしきエルフが首根っこ掴み引き離す。リズ様行ってくださいという風に目でうながし、リズもそれに頷いて俺たちの方を向く。


「思ったよりも早く会えるぞ。場所は時の神殿。城下町の中央にあるからすぐだ」


 再び歩みを再開し、子供たちに手を振りながらその場を後にする。

 ……リズってもしかして、結構えらい人? いや、えらいエルフですか?

 妙に落ち着かない心地で城下町の中央に歩いて行く。


 歩く最中、その町並みに懐かしさのようなものを感じた。煉瓦で舗装されていない草の道、いたる所に咲く色鮮やか花たち。町の家屋や装飾に人工物のたぐいは使用されていないようで、自然のままに、その場に生きる生命そのままに作られた町並み。

 たくさんのエルフたちとすれ違いながら、一つの施設を発見した。小高い丘から確認した内の一つだろう。

 というかそれは、俺たちの国で言う牧場そのものだ。

 柵の中には、牛や豚、鶏など馴染みの深い動物から見たこともない動物もチラホラと見受けられる。


「なにか珍しい?」


 立ち止まり柵の中を見ている俺にリズが話しかけてくる。


「おお、なんかめずらしい動物がいたからよ。牛とか豚は知ってるんだが、ちらほら見たことないのいるんだよ。あの猪っぽいのとか」


「あぁ、あれは猪で間違いないわよ。『セーフリームニル』って言うの」


「へー、初めて聞くなそんな動物。あれ飼ってるってことはやっぱり食うんだよな?」


「ええ、まあ、そうね」


「で、どうなのよ。味の方は」


 これでも料理人の端くれでもあるので、めずらしい動物の味にも興味が湧く。


「おいしいわよ。良かったら今夜振る舞ってあげるけど」


「まじで? 流石リズ! 良い嫁になるな」


「ば、馬鹿! そんなつもりじゃない」


「つっても、オルガがいるから一頭くらいぺろっと食っちまうぞ、奴は」


「その点については心配ない。セーフリームニルの肉はいくら食べても減らない」


「はっ? いやいや、食ったら減るだろ」


「あの猪の肉は捌いても、翌日には元通りに戻る」


「ま、まさかぁ……」


 冗談下手過ぎ! とツッコもうとしたが、リズはいたって真面目に答えているご様子。

 うそん。まじなの?


「まぁ説明するよりも実際に見た方が早い。今日の夕飯の仕込みはマサヒロも手伝え」


「お、おお。それくらいいいけどよ」


「他にもここにはマサヒロの国にはいない動物がいる。『ヘイズルーン』という山羊がそうだな。その山羊はお乳の代わりに蜜酒が出る。あれも絶品だ」


 再生する肉に続き、蜜酒を搾れる山羊まで登場とか……。ここはファンタジーの世界かなんかかよ……。ビビるわ。

 まっ、流石は幻の都と言ったところだろう。俺たちの興味を引くもので溢れている。俺の横で話を聞いていたピサも目をキラキラさせ、興奮した様子で物珍しい動物を観察していた。

 しばらくリズが動物たちを紹介してくれ、森の仲間達とのふれあいに心癒されていたが、ハッと思い出す。

 いけねえいけねえ。道草もいいが、早いとこ用事をすませねえと。


「悪いリズ。先の案内、再開してくれ」


「そうだな。了解した」


 足の裏に根が生えたようになってしまったピサを引きずりつつ、更に中央に進んでいく。

 リズはここだと人気者らしく、行き交うエルフ全員に声を掛けられていた。やっぱりお偉いさんとこのお嬢様なのかもしれない。

 ……そんな娘の耳を触っちまった俺は果たして無事に済むのだろうか……。ちょっぴり不安である。


 自然と調和した城下町を楽しみながらさらに進むと、先の方に大きな建物を見つけた。木をくり抜いて作られた建物の中にあって唯一石で建てられている神殿。あれがさっき言ってた『時の神殿』とやらで間違いなさそうだ。

 あの中に、エルフの女王がいる……。改めて気を引き締める。

 やっと辿り着いた。黄昏の魔物に対抗できるかもしれない力――。


「あれが『時の神殿』。我々エルフにとっては神聖な場所。言わなくてもわかっているだろうけど、くれぐれも失礼のないようにして」


「……わーってるよ。任しとけって」


「やっぱり不安だ……」


 リズの心配を尻目に、そのまま神殿の前まで到着。

 さて、ファヴまで中に連れてくわけにはイカンから、留守番を頼むか。適当に決めていいだろ。


「ピサ、オルガ! お前らは留守番だ。ファヴのことしっかり見ててくれ」


「えー! 私も行きたい! 中どんなか見てみたい!」


 ピサにとって生殺しもいいところだろうが、ちょっとテンション上がり過ぎだからここらで落ち着かせときたいのだが……。


「少佐、ここはワシ一人で大丈夫ですので、姫様も連れて行ってあげてください」


「ほらー! オルガさんもこう言ってるし、ねえ、いいでしょう~?」


 目がキラキラ所かギラギラし始めるピサ。こりゃ、ダメだと言っても無理矢理着いてきそうだ。

 俺が決めあぐねているとブラッドもすかさずピサのフォローに回り始める。


「マサヒロ殿、いいではないですか。ピサータ殿のお歳なら何事にも興味を引くものです」


 まあ、そこまで意固地になる必要もないので、別にいいんだけどよ。適当に決めただけだしな。


「ま、いいだろ。あんまりうろうろして大事な物とかに触んないようにな」


「マサヒロ子供扱いし過ぎ! そんなことしないよ」


 ……どうだかねえ~。

 俺たちの話が終わるのを律儀に待ってくれていたリズが、もういいか? と首を傾げ尋ねてきたので、大きくうなずき返事をすると、リズは神殿の中に入って行った。留守番のオルガにファヴを託し俺とピサとブラッドでリズのあとに続く。


 神殿の中は想像していたよりも広く、吹き抜けになっているため石造りの建物にしては解放感がある。しかし、解放感もあるのにどこか厳かな空気が漂っており、気を付けていなくても軽口を叩くことを控えさせるものがあった。特別な装飾などはなく、至ってシンプルな作り。窓が一つもないため、中は薄暗かったが所々に火が灯っており、ゆらゆらと揺れる炎が不思議な世界へいざなうように奥にまで続いている。

 奥に進もうとすると、ピサが「あっ!」と声を上げた。

 振り返りながらジト目でピサを視線で嗜める。


「ご、ごめん! で、でも上見て! 上!」


 お転婆お姫様が今度はなにを発見したんだと、上を見上げると俺も思わず声を漏らした。


「な、なんだよ……これ?」


 見上げた先には、天井いっぱいにひしめく壁画があった。

 小さな黄金の粒が他の小さな粒を率いているように描かれ、巨大な狼と蛇と争っている? 少し離れた場所には小さな粒が一つに黒い小さな粒が一つ。

 その壁画はまるで、戦いの記録のようだった。

 それが天井いっぱいに描かれている。同じような画だが、それぞれ微妙に違う箇所があり、色褪せ方にも差があるように見える。

 違う時代に描かれたものなのかもしれない。


「それは、かつてこの大陸で起きた大戦の記録なのです」


 突如現れた気配と声。

 隣にいたリズが咄嗟に地面に膝をつく。

 薄暗くなっている神殿の奥から影がゆらゆらと近付いてくる。

 揺らめく炎により徐々に明確に映り始め、俺たちの眼前に姿を現わした。

 一目見ただけでわかる。この感じはミルドラード王と謁見した時にも味わった感覚。

 この女がエルフの女王――。


 俺たち三人もリズに習い、膝をついた。

 それを確認してリズがエルフの女王に語りかける。


「女王陛下、リズです。先ほど帰りました」


「ええ、おかえりなさい」


「はい。それでこの者たちなのですが……」


「わかっています。すべて千里眼で見ていましたから」


「そ、それは失礼致しました」


「いいのよ、リズ。あとは私が話しますから」


「はい」


 女王は俺たちに向き直り、人懐っこい笑顔を向けながら慈愛のこもった声で語り掛けてきた。


「本当に……お久しぶりですね」


 ……ん? お久しぶり?

 誰かダチ? ってな感じで振り向きながらピサとブラッドを見てみるけどキョトンとしていて、同じように俺を見ている。

 頭の上にクエスチョンが浮かんでいると、指環がカタッと揺れ、呼ばれてもいないのにレイちゃんが現れた。


(ご無沙汰。久しぶりねアイナ)


「ええ、ユ」


(ストーップ! いまはレイで通してるから。そこんとこよろしく)


「あら、そうだったのですね。では、改めてレイ、お久しぶりね。元気そうでなによりです」


(あんた、相変わらずとろそうな喋り方してるわね)


「あら、そういうレイも幼稚な悪口は昔と変わっていないようよ。成長しないのね」


 一瞬、険悪な雰囲気になったかもと思ったが、ふいに二人が破顔し笑い合った。


(ぷっ、あはは!)

「ふふふっ」


 なにこれ……。どういうことなの。

 見えてる俺でも混乱するのに、レイちゃんが見えないピサとブラッド、リズは完全にキョトンです。そりゃそうだよな。女王が急に独り言ペラペラ話し出したら。


(マサヒロくん、このエラそうな女がエルフの女王、名をグローリエン=アイナノヴァ・アールヴ。ほら、マサヒロくんも挨拶なさい、一応)


 お、おう。


「で、では改めまして。女王陛下、お初にお目にかかります。わたくし、人の国より参りました、シルフヘイム王国少佐マサヒロであります。事前の約束もなく、突然の来訪、無礼をお許しください」


「……ええ、初めまして。そんなに畏まらずとも良いのですよ。それにこの国に訪れる方はめずらしいので、大変嬉しく思います。歓迎致しますよ」


「ありがとうございます。先ほど少しですが、城下町を見て回らせていただいたのですが、ここは素晴らしい国ですね。美しい自然、豊かな実り、流れる水の音、そしてなにより、こんなお綺麗な方が女王さまだとは」


「あらあら、まあまあ。お世辞がお上手なのね」


「いえ、心からの言葉です」


 実際にエルフの女王は美しかった。

 リズに負けず劣らず、人間離れした神秘の美しさ。その美しさに目を奪われていると、微笑みながら女王が言葉を発した。


「マサヒロ卿。あなたの目的はわかっているつもりです。『黄昏の魔物』。あの怪物たちに対抗する力を手に入れようと、遥々ここまでやってきた。そうですね?」


 ……嫌な汗が流れる。

 こちらの事情を事前に知ってやがった。やり辛そうな相手。


「あぁ……ごめんなさいね。他意はないのよ。警戒させてしまったかしら。だったら、はじめに言っておいたほうがいいわね。我々エルフは、あなた方人間に全面的に協力する準備があります」


 まるで思考を読んでいるかのように、先の先を取られちまう。

 ……苦手だ。


「……色々と聞きたいこともありますが、協力していただけるのは素直にありがたいです。ですが、無条件というわけではありませんよね」


「いえいえ。条件などありませんよ。勘違いを一つ正しておきましょう。『黄昏の魔物』が蘇ったことにより巻き起こる大戦『神々の黄昏(ラグナロク)』は人だけの問題ではないのです。この大陸に生きる者が立ち向かわなければならない、運命なのですよ」


 ……運命? 違和感が、ある。その言葉……。


 なんだよ、その言い方。そんな言い方、前からシルフヘイムが滅ぶって決まってたみたいじゃねーか。前から皆が死んじまうってわかってたみたいじゃねーかよ。


「う、運命ってなんなんですか! それじゃあ、この戦争は決まってみたいじゃないですか?!」


 ピサも俺と同じ感想を抱いたようだ。

 多少、失礼な物言いになっているのに気付いていないほど混乱しているのがうかがえる。


「あなたは……。お名前はなんというのですか?」


「あ、わ、私はシルフヘイム王国王女ピサータ・ピータ・シルフリオンです。教えてください! 運命って……、大戦『神々の黄昏』ってなんなんですか?! 私にはさっぱりわかりません。知っていることを! 知っていることがあるなら全部教えてください!」


 ピサはいまにも泣き出してしまうんじゃないかというほど真剣な声で叫んだ。

 その壊れそうなほどの少女を見ながら、女王は苦しげ言葉を吐いた。


「わかりました。『神々の黄昏』について。この大陸でなにが起こっているのか。私の知り得ることをすべて話しましょう」


 





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